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エレーナはほくそ笑む

私は知っている。


「私なんか……」と自分を卑下し自信なさげに振る舞えば、大抵の者は私に同情して優しくなるということを。


ーーええ、もちろん。ただ自分を卑下するだけではダメ。

私の美しすぎない程度に美しい顔と、控えめな雰囲気がとっても大事。

そんな私がやるからこそ効果があるというものよ。


それが王国の第一王女として生まれながら、母親の身分が低く肩身の狭い思いをしてきた私の処世術。


私はそうやって王宮を生き抜き、ついには帝国の皇太子妃となるに至った。



『ニセモノ』だった妹エリビアが海へ身を投げたことには焦ったけれど、妹を憐れむ民衆の声も『運命の初恋』の壮大なロマンスを前にいずれ消えていった。


海の藻屑となって消えた妹。

物語の悪役の最期としては少し弱かった気がするけれど、まあ良しとしましょう。

結婚に至るまでの苦労を妹が背負ってくれたおかげですんなりと皇太子妃になれるのだから、感謝しなくてはね。



そうして帝国の皇太子の初恋相手として、『運命の初恋』のヒロインとして、熱狂的な歓迎を受けながら帝国にやってきた私。

船を降り、豪華絢爛な宮廷の奥へと進み、いよいよ『運命の初恋』の相手である皇太子との対面だ。


さあ、儚げに微笑まなくては。

恥ずかしそうに。

申し訳なさそうに。

少し俯いて頬を染めて。


けれどもしっかり気を引き締めて。

決して舞い上がっていることを悟られてはいけない。



ーー何故なら、私もまた『ニセモノ』なのだから。


+++++++


今回の話は思いがけない幸運だった。


私は、リイシャ離宮で『少年カルロ』に出会ったことなど無い。


けれど、王国で二十歳前後の『王女』と呼ばれる人物は私と妹だけだ。

そして妹が馬鹿正直に『初恋のエリーは自分ではない』と告白した以上、エリーは自動的に『私』だということになる。

たまたま私の子供時代の愛称がエリーだったことも幸運だった。


そう、これは降ってわいた幸運。

私はこのチャンスを生かして『初恋のエリー』として皇太子妃となるのだ。



妹の婚約者だった頃のジュリアス皇太子とは数回しか会ったことがないけれど、見目よく地位もある彼のことをずっと欲しいと思っていた。

こっそり妹の悪い噂を流してみたり、さりげなく色目を使ったり。

けれど、どんなに手を尽くしてもジュリアスの瞳には妹しか映っておらず、彼は私のことをろくに認識すらしていなかった。


それがまさかこんな形で手に入るとはね。

ようやく私にも運が巡ってきたのだわ。



静々と進み出て顔を上げた私を見たジュリアスの反応は鈍かった。

少年のように輝いていた彼の美しい瞳は、戸惑いに揺れている。

『初恋のエリーはこんな顔だっただろうか?』と逡巡している様子だ。


ええ、ええ。

そうでしょうとも。

何しろ別人ですからね。


けれど思春期を経て顔つきが変わるのは普通だし、人の記憶とは曖昧なもの。

それに確かに私の容姿は妹と比べたら華やかさに欠けるけど、一緒に過ごすうちに私の内面の魅力の虜になるのは目に見えている。




ーーそうできるだけの自信は、ある。



+++++++



「愛してる…エリー……」


ジュリアスと結婚して早2ヶ月。

ベッドの中で愛する夫が愛の言葉を囁く。

私たちは思い出話に花を咲かせながら、眠る時間さえ惜しむようにみつめ合う。


「白樺の木が何故白いのか2人で考えたことがあっただろう?オマエは妖精がクリームを塗って木を食べようとしたんじゃないかと言っていたな。あまりに真剣な顔で言うものだから、俺は必死で笑いを堪えていたんだぞ?」

「まあ、そんなことがありましたかしら?ふふふ……」


こんな調子で9割方ジュリアスがペラペラ話してくれるので、憶えのない思い出話に苦労することはない。


『初恋のエリー』とやらはずいぶん明朗で無邪気な少女だったらしい。

そこは妹のエリビアに似ている。

エリビアをエリーと勘違いをしたこともさもありなん。


一方、おしとやかな私との共通点は髪が亜麻色だということくらいだ。

でも問題はない。

9年も時間が経っているのだから。




「…………………」


微笑みながら相槌を打っていると、ジュリアスが急に押し黙った。


「……どうしました?ジュリアス」


「エリーは………いや、なんでもない。今夜はもう眠ろう」

「???……はい」


私は枕元の明かりを消すといつものように彼の腕の中に収まろうとした。


しかし、私の目に映ったのは背中を向けて眠る彼の姿だった。


ーー愛する妻に背を向けて眠るなんて……


もしかしてまだ私がエリーだという事が腑に落ちていないのかしら?

思っていたより手強いわね。



まあ、いいでしょう。

ゆっくりじっくりと、彼の記憶の中のエリーに勝る存在になればいいだけのこと。



帝国の美しい皇太子の妃になれた。

恵まれた立場で憎らしく笑っていた腹違いの妹を追いやることもできた。

賢く立ち回って、嫁ぎ先の民衆にも慕われ、夫の母ともうまくやっている。


私は今、誰もが羨む立場にいる。

欲しいものを手に入れた私。

光り輝く道を進んでいる私。


……焦ることはないわ。

急いては事を仕損じるっていうでしょ?



「おやすみなさい、ジュリアス……」


彼の背中にそっと寄り添って、私は瞳を閉じた。



読んでくださった方、ありがとうございます。


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