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知らない声がうるさすぎる!  作者: ヒロヤス
2/15

2.共存するしかないみたい

「身体に異常はありませんね……」


診察を終えた医者は、困った顔をしてそう告げる。その結果に、リゼットは大きくうなだれてしまった。



***



あの後、商人を見送ったリゼットは真っ直ぐ自室に戻った。

本当に疲れて幻聴が聞こえてきたのかもしれない。そう思って、身体を休めることにしたのだ。


先ほどの発言を見ていた侍女たちは心配そうにしていたが「ちょっと寝れば治るから」と安心させ、ベッドに潜り込んだ。



結果、治らなかった。


寝起き早々、あの男の声が『あ、起きた。もう夜じゃん』と喋りかけてきて、思わず肩を落としてしまったのだ。



さすがに怖くなってきたリゼットは慌てて父親に相談した。

娘の異常事態を心配した父親は、すぐさまお抱えの医者を呼んだ。しかし身体に異常はなく、「疲れやストレスによる精神的理由の幻聴か、もしくは神の声か」なんて、そんな曖昧な診断結果を出されてしまう始末だった。


リゼット本人からすれば、どう考えてもどちらでもないと分かるのだが、家族はずっと心配していた。


出せる薬も無いので「しばらくはゆっくりお休みください」と医者に告げられてしまった。

母親が「お医者様もそうおっしゃっているから、ゆっくり休みなさいね」と優しく声をかけてくれる。


全員が部屋から出て行ったタイミングで、男の声がボソリと呟いた。


『えぇ……? 悪役令嬢に加えて、精神病まで患っちゃったの?』


誰が、悪役令嬢の精神病患者だ!

さすがの暴言に思わずリゼットが声を荒げた。


「あなたのことよ!」


そう天に向かって叫んだが、謎の男の声は全くの無反応だった。



***



数日間、謎の声と過ごして分かったことがある。


一、あれは自分にしか聞こえない声である、ということ。

家族、使用人たち、更には神官を呼びつけてまで訊ねたが、全員聞こえないという結果だった。


二、精神的ストレスからくる幻聴ではない、ということ。

過度な精神的負荷がかかるような出来事とは無縁であり、思い当たる節がない。あえて挙げるならお金の浪費だが、もう何年も続けてきた行為だ。今更症状に出るとは考えにくい。それにストレスであれば、幻聴以外の症状が出てもおかしくないはずである。


三、神の声ではない、ということ。

どの神官たちにも聞こえないというのが決定的ではあるが、敬愛すべき神の声がこんないい加減なやつとは思いたくなかった。物語に出てくる神様みたいに啓示も加護もひとつもなく、口を開けば己の感想しか言わない。この声を神として崇めれば、逆に何かしらの罰が当たるとしか思えなかった。


四、男はこの世のものではない、ということ。

謎の男はたまに知らない単語を使う。

先日もネックレスを見て『ミラーボールみたい』と知らない例えをしていた。色々気になって調べたのだが、そんな名前のものはどこの文献にも載っていなかった。

その単語以外にも、よく分からない単語や口調が度々出てくるので、この国の人間ではないか、もしくはこの世の人間ではないという考えに至った。


五、リゼットの声は全く届いていない、ということ。

何度か話しかけたが、返事が返ってくることは一度もなかった。リゼットが他者と話している会話は聞こえているらしく、時折口を挟んでくる。彼と意思疎通は出来ないようだ。


六、常に見ている訳ではない、ということ。

あまりにもずっと喋るので、一生監視されるのかと懸念したが、たまに声がしなくなるときがあった。お風呂上がりに自室へ戻ってきたタイミングで『あ、お風呂入ってたのか』と聞こえてきたことがあった。どうやらお風呂やトイレなど、見られたくない場面は見えていないようだ。

とはいえ、それ以外はほとんどの場面で声がするので、落ち着かないことには変わりない。



これだけ分かったとはいえ、知らないこともいっぱいある。

どんな顔をしているのか、年上なのか年下なのか、何者なのか、なぜ見ているのか、目的は何なのか。

せめて何て呼べばいいかぐらいは知りたいのだが、名乗りもしない。ただ一方的に喋るだけである。


こんな生活を続けていたら本当に気が狂ってしまう! と、危惧していたのだが……人間、慣れというのは恐ろしいものである。


「今日もいい天気ね」

『ほんと、庭の薔薇が映えるわぁ』


ひとり言に聞こえるような言葉をかけながら優雅にお茶が出来る程、馴染んでしまっていた。


よく回る舌だが危害を加えられることはない。そう気づいたリゼットは、この声と上手く付き合っていくことにした。


たまに間違えて反応してしまい、使用人たちに驚かれることもあるが、謎の声が聞こえるという奇病は周知の事実なので見て見ぬふりをしてくれる。


うららかな午後の日差しを浴びながら、今日も高級品の紅茶と高級菓子を堪能する。

あとでこの購入品も帳簿に記さないとな、などと考えているとメイドが声をかけた。


「お嬢様、お手紙が届いております」

「あら、どこから?」

「セオドア・ドローレンス様からです」


自分の婚約者の名前を耳にして顔をしかめる令嬢はリゼットぐらいだろう。


『え、それ誰?』


興味津々の声は無視しながら、渡された手紙の封を切る。


「いつもの顔合わせでしょ。今回もいつも通り用意してあげて」

「かしこまりました」


中身を読むと、業務的な文章で訪問する旨が書かれていた。

婚約者相手の手紙だというのに、色気もなければ花も贈り物もない。だが、いつものことなので、リゼットは気にも留めていない。


「お召し物はいかがいたしましょう?」

「そうね、新調しようかしら」

『え、新しい服買う程の人なの? もしかしてリゼットの男?』


あながち間違ってはいないが、勝手に関係性を想像し色めき立つ声に、ため息が漏れそうになる。

いつの間にか自分の名前を呼び捨てされていて訂正したかったが、そんな術もなく受け入れるしかなかった。


「せっかくの婚約者様ですもの。綺麗な方がお喜びになるわよね?」

「そ、そうですね」


皮肉たっぷりの言い回しにメイドは顔を引きつらせた。

そんな彼女とは裏腹に、声は『婚約者かぁ! リゼットに見合うイケメンかな』などと乙女の様に楽しんでいる。


この声も当日の私たちを見たらどう思うのかしら、なんてリゼットは考えながら、お茶の続きを始めたのだった。

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