14.ダンスの時間
「いつも娘がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
互いの両親たちのやりとりに、リゼットとセオドアは共に引きつった笑顔を浮かべていた。
今日のパーティにはドローレンス公爵夫妻もフェレーラ侯爵夫妻も参加している。顔を合わせれば交流することになる訳で。
リゼットとセオドアがよく喧嘩していることは両家とも知っているし、二人とも隠していない。だから、両家が見合わせた時、お互いに何を言われるのかヒヤヒヤしていた。
しかし意外なことに、両親の口からは文句のひとつも出なかった。
どうやら喧嘩するほど仲が良いと思っているらしい。第一、仲が悪くてもどうせ結婚するのだから親同士は仲良くしておこうとでも思っているのだろう。
だが、お互い後ろめたさがあるので、下手に会話に割り込むわけにもいかず、リゼットもセオドアも貼りついた笑顔で誤魔化すしか出来ないのだった。
『親ってのは、どこも一緒の会話なんだねぇ』
感慨深そうに頷く声。どうやら彼にも身に覚えがあるようだった。
曲が変わった。ダンスタイムだ。
場内の至るところで、未婚男性たちが年頃の令嬢たちに声をかけている。これを機にお近づきになりたい男女もいるらしく、会場中が浮き足立っているのが分かった。
「ほらほら、二人とも踊ってらっしゃい」
ドローレンス公爵夫人が、セオドアの背中を押した。
母親からの言葉を断る術はなく。彼はチラリとリゼットを見ると観念したように手を差し出した。
「……踊っていただけますか?」
「えぇ、喜んで」
リゼットもいつものことなので気にしない。
嫌々だろうと何だろうと、ダンスの一曲目はパートナーと踊るのがルールなのだ。
セオドアの手をとると、ホールの真ん中へと歩みを進めた。
リゼットはダンスが然程得意では無い。だが侯爵令嬢として徹底的にマナーを叩き込まれたから、ひと通りは踊れる。それにセオドアは公爵子息として慣れているから、キチンとリゼットをリードしてくれる。
リゼットはセオドア以外の相手から誘われることもないので、上手くなろうとも思っていない。公爵子息のものに手を出す馬鹿はいないし、リゼットも軽率な真似はしない。これが普通の令嬢なら、不特定多数と踊るために頑張ってダンスを練習するのだが、彼女には努力する理由がないのだ。
しかし、マーメイドドレスだからいつもより踊りづらい。それを悟られれば何を言われるか分からないのでバレないように必死でついて行く。もちろん顔には出さないように。
そんな彼女にセオドアは声をかけた。
「……どうして贈ったドレスを着なかった?」
だから踊りにくいんだ、と遠まわしに言われているのかと思ってドキッとしたが、そういえば会場に入る前から怒っていたなと思い出した。
「逆にお訊ねしますが、どうしてあのドレスをくださったんですか?」
「……婚約者としてドレスを贈るのは当たり前だろう」
「それは……ありがとうございます」
リゼットは、どうしてあのデザインのドレスなのかと訊ねたのだが、セオドアは突然ドレスを贈った理由を訊ねられたと捉えたようだ。
こういうすれ違いは珍しくない。リゼットも訂正すればいいのだが、面倒なので会話を続けない。二人とも会話が足りないからイマイチ意思疎通が出来てないのだが、改善する気もなかった。
「それで、なぜ――」
「そういえば本日はどうして遅れたんですか?」
「いやそれは……」
リゼットは『お前のセンスが悪いからだよ!』という声の気持ちを代弁する訳にはいかないので、話題を変えるためにセオドアの言葉に被せて質問を投げた。
「少しトラブルがあってな……すまなかった」
「いえ、こちらこそ入れ違いになってしまったようで申し訳ございません」
「君の弟に怒られたよ」
「えっ!? そ、そうですか……弟が失礼いたしました」
まさかのことに驚きが隠せない。メリルがセオドアに対して怒るなど思ってもみなかったし、第一メリルが怒るところなんてリゼットはほとんど見たことないからだ。
「いや、こちらが礼儀を欠いたのだ。謝る必要はない。それにしても、君の弟は、君のことが好きなんだな」
「どうでしょう? 私には、そんな素振り見せませんから」
自分のために怒った弟のことを考えると、可愛らしくて思わずクスリと笑ってしまった。
普段そんな事などしないくせに、照れ屋なんだから。
「……」
「あっ、失礼しました」
「いや……」
無言で見つめられていることに気づいたリゼットは慌てて顔を引き締める。
セオドアはそれを咎めることはしなかったが、ジッとリゼットを見つめていた。
「どうかされましたか?」
「君はどうして――」
さすがの熱視線に思わずリゼットが訊ねると、セオドアは質問をしようとした。しかしそのタイミングで、曲が終わった。そのまま会話を続ける訳にもいかず、お互いおじぎをして終わりだ。
先ほど言いかけた言葉は何だったのか、リゼットが訊こうと思った矢先、令嬢たちがすかさずセオドアに寄ってきた。
「セオドア様、次は私と踊っていただけませんか?」
「いえ、私とお願いします!」
こんな機会でしかセオドアと踊れないから、彼女たちはわらわらと群がる。
リゼットは質問するのを諦めて巻き込まれないように、すぐにその場を離れた。
「お疲れ、リゼット」
「あら、お兄様」
壁際に下がったタイミングで、リゼットの兄であるキースが彼女を労いながらドリンクを渡した。
ありがたく受け取りつつ、二人でセオドアを眺める。
「人気者の婚約者を持つと大変だな」
「もう慣れましたから」
平然とした様子のリゼットに、キースはクツクツと笑っている。
セオドアはモテる。それはもう、モテすぎる。
公爵家という肩書き、財力、顔の良さ、高身長、浮ついた噂もまるでない。恋愛小説の男主人公の如く、完璧な人間なのだ。
そのため、リゼットさえいなければ、と唇を噛みしめる令嬢も少なくない。
婚約者がいるのは知っているが、ちょっとでもチャンスがあれば。もしくは記念に。といった具合で、ダンスを申し込んだり話しかけたりするのだ。
昔からそんなことを目の前で繰り広げられれば、感情すら揺さぶられなくなる。そんなものだ。
「そういえば、ドレス贈ってもらってなかった?」
「お兄様までその話をするんですか」
一日中その話題に振り回されるのかと頭が痛くなる。
いつもは妹のことに無関心であるキースが知っているのも無理はない。ドレスが届いた日、フェレーラ家の中で持ち切りとなった話題だからだ。
「だってさ、贈った本人も期待したんじゃないの?」
「それはそうみたいですけど……」
「でもあのリボンだらけは、ちょっとリゼットには無理だよなぁ。ほら、あんな感じのやつじゃなかった?」
兄が指さした先には、ちょうど貰ったようなドレスを着ている令嬢がいた。
何気なく目で追ったが、その姿にリゼットは驚く。
あきらかにドレスのデザインが似すぎているからだ。
その女性が着ているのはピンク色だが、リボン数もフリルの位置も間違いなく同じに見える。
『え、色違いじゃん』
さすがの声も気づいたらしく、驚きの声を上げた。
さすがに目を疑いたくなった。
そんなこと、ありえないのだ。
ドレスは量産型ではない。同じ型紙で何着も作らない。
公爵令息がプレゼント用に作らせたものなど、まともな仕立て屋であれば、同じデザインのものを他人に販売しない。こういった社交場で被ると恥をかくからだ。パッと見で似たようなデザインのものでさえ売らないはずだ。
それなのに、彼女が着ているのは明らかに色違いの品。
しかもそのドレスを着用している人間は――
「カレン・ウェスカー伯爵令嬢……」
セオドアが気になっていると噂のあの令嬢であった。