13.誕生パーティ
一人で会場に入るわけにはいかないので、外で待つリゼット。
先に会場へと入っていく招待客からチラチラと見られていたが、気にしても仕方ないので毅然とした態度で待っていた。
それから数分経って、やっと公爵家の馬車がやってきた。
降りてきたセオドアは辺りを見渡してリゼットを探す。やっと彼女を見つけた瞬間、目を見開いたあとすぐツカツカと怒った様子でリゼットの元にやってきた。
「なぜ俺が用意したドレスを着ていない?」
第一声がそれか、と頭に血が上る。がしかし、次に怒ったのはリゼットではなかった。
『はぁ? お前のセンスが悪いんだろ!』
「それに待たずに先に行くなど……」
『だったら迎えに来い!』
売り言葉に買い言葉だ。
やっとセオドアが来たと喜んだのに、一瞬で頭を抱える羽目になってしまった。
『ていうか、リゼットを不安にさせたことを謝れよ!』
確かに、何の連絡もなく待たされたことで不安だったのは事実だ。彼の言い分からして、現地集合の予定でなかったのだろう。
だが、もうすぐパーティが始まってしまう。
こんなところで喧嘩をしている場合では無い。
「……どうした?」
さすがに俯いて何も喋らないのが不思議に思ったのか、セオドアが窺うようにリゼットの顔を覗いた。
「……遅いから心配しましたの。何もなかったようで安心しましたわ」
出掛ける前に声がくれたアドバイスだ。目を少し潤ませ、小首をかしげて見つめる。こんなあざとい手段、使いたくは無かった。しかしこの場を収めるためだから仕方ない。
そのリゼットに「うっ……」と小さく呻くと、軽く咳払いをして腕を出した。
「悪かった……行こうか」
「はい」
リゼットの腸は煮えくり返ったままだが、まるで気にしていないと言わんばかりの貼りついた笑顔を見せてから、出された腕を組んだ。
文句は後で言おう。そう考えながら、パーティ会場へと足を進めた。
『すげぇ! 映画のセットみたい!』
会場に入ると声のテンションが上がっていた。なんだか似たような台詞を聞いたことがある気がする。
そんな彼とは打って変わり、先に入場していた貴族たちはリゼットとセオドアを見てヒソヒソと噂話をしていた。
「仲が悪いと聞いていましたが、ちがうみたいですね」
「いや、殿下の誕生パーティだから婚約者としての義務として来たんだろう?」
「また二人とも違う色のドレスですわね」
「揃いのものを着けているところなんて見たことないですわ」
リゼットの耳に届いた程度でこのぐらいだ。セオドアにも聞こえているはずだが、彼は公爵令息として堂々とした態度を貫いていた。
貴族というものは、どうしてここまで噂好きなのか。
リゼットは内心ため息をつきながらも、セオドアに倣って気にしない様子で歩みを進めた。
パーティ会場の中央付近までやってくると、交流のある貴族たちに声をかけられる。
この人は公爵家と親しい付き合いのある伯爵夫妻、あの人は公爵家とあまり仲良くない侯爵家当主、こっちはフェレーラ侯爵家に取り入ろうとしている伯爵家、など。
フェレーラ侯爵令嬢としてだけではなく、将来のドローレンス公爵夫人として色々な貴族たちを覚えなければいけない。
表情は穏やかな令嬢然とした顔だが、内心リゼットは頭をフル回転させていた。
『リゼットも大変だねぇ』
それを呑気そうに眺めている声。そんな声にツッコミを入れる暇すらない。
「国王陛下、王后殿下、王太子殿下のお成りです!」
その声に助かった、と安堵するリゼット。
セオドアの腕から手を離し、奥の入り口に向かって頭を下げる。
豪華な扉から現れたのは、この国の国王皇后夫妻。そして今日の主役の王太子であった。王族のオーラというものはいつ見ても圧倒されそうになる。
そんなことをしている間に、ドリンクが配られた。国の名産品であるワインだ。王太子殿下の好物のはずだ。
「本日は、我が息子イアンの誕生パーティに集まってくれて感謝する。楽しんでいってくれたまえ。乾杯」
国王の挨拶にグラスを掲げる出席者たち。
ワインは今日のために用意された最上級のものらしく、とても美味しかった。ただし、味を楽しんでいる暇はない。
「リゼット、いくぞ」
「はい」
セオドアに声をかけられて再び腕を組む。
王族たちに挨拶に行かなければならないからだ。王族の次に階級の高い公爵家のセオドアから挨拶リレーが始まる。
婚約者として一番緊張する場面でもあった。
「国王陛下、王后殿下、王太子殿下お目にかかります。イアン王太子殿下、本日はおめでとうございます」
「おめでとうございます」
セオドアと共に頭を下げるリゼット。
特に自ら挨拶の言葉を発しなくていいのは楽であるが、王族の視線にはずっと慣れない。
国王は二人の顔をみると、ニッコリと笑った。
「二人とも元気そうで何よりだ。仲良くやっているのか?」
「えぇ、おかげさまで」
「それは良かった」
貴族同士の噂も耳に入っているはずなのに、国王は特に触れずにそう頷いた。
「今日は来てくれてありがとう」
「あぁ、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます」
「仲良さそうで安心したよ。今度一緒にお茶でもしよう。ぜひリゼット嬢と一緒に遊びに来てくれ」
「……あぁ、そうしよう」
「ありがとうございます。とても光栄ですわ」
イアンとセオドアは従兄弟同士である。幼い頃から一緒に遊んだ時間も多く、仲が良い。
セオドアが婚約したとき、イアンは女っ気もなければ女性の扱いすら知っているのか分からない彼を、ずっと心配していた。何ならいまだに心配している。
だが今日、喧嘩せず一緒に自分の誕生日を祝いに来てくれた姿を見て安心したのだ。
誘いの言葉にセオドアは若干ためらいを見せたが、そこは目をつぶることにした。