11.きせかえ人形
『センス、最悪!』
彼のストレートな評価に、めずらしくリゼットも深く頷いて同意した。
王太子の誕生日パーティが迫ったある日、公爵家から荷物が届いた。
リゼットはすっかり忘れてしまっていたのだが、セオドアから約束通りドレスが贈られたのだ。
「お嬢様、ドレスが届きましたよ!」
『おっ! 俺も楽しみにしてたんだよなぁ』
ウキウキした様子でリゼットの部屋に箱を運ぶメイリー。声も同じように楽しそうである。
この中で全く興味がないのはリゼットだけのようだ。
「早く開けてみてくださいよ!」
『早く早くぅ! セオドアはリゼットにどんな服を着てもらいたいのかな?』
二人に急かされるので、添えられた手紙は一旦置き、箱に手を付けた。
そして中から出てきたのは、先日仕立て屋が見せてきたのと同じような、流行のデザインであるドレスだった。
「あっ……」
「……これ、かぁ」
メイリーは絶句し、リゼットも失笑が漏れる。そしてファッションにうるさい彼は、声だけなのに大暴れである。
『なんでこれ!? いや、流行を勉強してるのは良いことだけど! ちゃんとリゼットのこと考えて用意した!?』
リゼットはドレスを当てて鏡を見たが、なんだかドレスだけが浮いているようだった。
『黒はいいよ、黒は。ドレスにしてはアクが強いけど、リゼットには似合う色だよ? でもリボンもフリルもたっぷりって! ほぼゴスロリじゃん! 厚底ブーツ履いて蹴り飛ばしてやりたいわ!』
怒りが収まる様子はない。またリゼットの知らない単語で喋っているので全ては理解できないが、相当頭に来ていることは分かった。
添えられた手紙を開くとセオドアの直筆で“流行のものを用意させた。当日はこれを着てきてほしい”と書かれていた。
『誰が着るか!』と、リゼットが文句を言う前に、声が勝手にヒートアップしていた。
「お嬢様、仕立て屋から商品が届いております」
再び部屋の扉をノックされ、今度はメイドが声をかけた。持ってくるように指示すると、大量のドレスが次々と運び込まれた。
『やっぱりリゼットにはこっちだね!』
色とりどりのドレスにご満悦の様子だ。
納品されたマーメイド型のドレスは色違いなだけでなく、レースがついたものや細かい宝石できらびやかにしたもの、スリットの長さ、背面の開き具合など、少しずつデザインが違っていた。
「当日はどれをお召しになりますか?」
メイリーはひとつずつほつれがないか状態を確認しながらリゼットに訊ねた。
着る側は全く興味が無いので、何でもいいと言いたかったが声が黙っていなかった。
『黒! って言いたいところだけど、セオドアへの嫌味みたいになりそうだから、ここはやっぱり……一着ずつ着てみようか』
面倒くさいことを言い出した。だが、彼が決めてくれないとリゼットにはどれが似合うのかが分からない。しかしこの量を全て着る気力は無かった。
苦肉の策で、リゼットはメイリーに訊ねた。
「どれがいいかしら?」
すると、メイリーは大量のドレスを眺めながら首を捻らす。
「そうですねぇ……セオドア様が贈られた黒など、いかがでしょう?」
『えぇ? 黒かぁ。めちゃくちゃカッコいいけど当てつけになるでしょ』
「もしくは、青色とか」
『いい色なんだけど、前と変わり映えしないからなぁ』
「赤色も素敵ですね」
『思ったより色が派手だなぁ。これだと、パーティの主役になりそうじゃない?』
お互い会話をしているわけではないのに、メイリーと声の息の合ったやりとりに、リゼットは置いてけぼりだ。
これはもしかして、いや、もしかしなくてもあのパターンを期待されている。
ため息交じりにリゼットは口を開いた。
「……オススメしたものを着てみたいから手伝ってくれる?」
「かしこまりました!」
『やった! リゼットのファッションショー開幕だぁ!』
ウンザリしているリゼットに対し、メイリーと声は意気揚々としていた。
この後、読もうと思っていた本は明日に回すしかなさそうだ。
「それにしても良いんですか? セオドア様から贈られたドレスを無視しても」
メイリーはドレスを着せながら、リゼットにそんな質問を投げかけた。
リゼットはチラリと贈られたドレスを一瞥する。トルソーに丁寧に飾られたドレスは、送り主からの着ろというプレッシャーが感じられた。
「……でも、似合わなかったじゃない」
自分で言って悲しくなった。
一応、着用してみた。だが誰の目から見ても、似合わなかったのだ。
初めて婚約者から贈られたドレスが似合わないなど、期待していなかったとはいえ悲しくなる。落ち込むリゼットに対して、メイリーはかける言葉を探しているらしく、口をもごつかせている。
そんな中、声だけは威勢よく励ましてくれた。
『そんなの気にすんな! セオドアはセンスがないんだって! 服にセンスがない男って、世の中にたくさんいるんだから』
しかしその言葉は、リゼットの心もえぐっている。センスが無いのはリゼットもだからだ。しかも彼女は服だけでなく、あらゆることにセンスがない。だが声はそのことに気づいていない。
しかしリゼットの心の声は届いていないはずなのに、声は自信満々に言葉を続けた。
『大丈夫。俺がついてるから! ほら、鏡見てみな!』
「お嬢様、よくお似合いです」
メイリーに声をかけられて、鏡に映る自身を見る。
注文したドレスは、まるでリゼットのために用意していたデザインといわんばかりの出来前だった。
『ほら、俺の見立て、間違ってなかったでしょ?』
得意気な声に思わず笑みが零れてしまう。
そうだ、自分には彼がついている。
自分のことのように怒ってくれて、親身になってくれる。自分に足りないところを補ってくれる目利きの良さ。
少しの付き合いだが、とても信頼している。リゼットは改めてそう気づいた。
『さてと、次は緑色ね!』
感謝する暇もなく、すぐに別のものを着るよう催促してくる。この圧力だけは直してほしいところだなぁ、と考えてしまうのだった。