10.最近の流行とは
テシリエの活動は順調らしい。
彼から届く報告書は、月に一度でいいといったのにもかかわらず、月に二度届いた。無理して書かなくてもいいといえば「お嬢様に手紙を書いているときにアイデアが思いつきやすいんです! 迷惑でなければ受け入れてくれませんか?」と言われてしまい、受け入れざるを得ない。返事は特にいらないというし、忙しさで暇がなくなるか、飽きるまで付き合ってあげよう、ということで納得したのだ。
なんだか変なペットを拾った気分だ。
成果を求めていない訳ではないが、これも金を使うための手段のひとつであるから、急いで売れてもらわなくてもいい。彼にはゆっくりと描き上げて満足のいく作品を作ってもらいたいところだ。
本日もいつものようにお茶をしていたら、執事に声をかけられた。
「お嬢様、ドローレンス様よりお手紙が届いております」
どうせ定期の顔合わせだろう。
最後に会ったのは、あの青いドレスを着た日だ。嫌なことを思い出し、リゼットは頭を振る。忘れたい過去である。
そういえば、パティスリーで聞いた内容の確認も本人にしていない。
噂がどれだけ広まっているのかは、人を使って調べてもらった。どうもウェスカー伯爵夫人と親交のある人たちを中心に広まっているようだ。
本当に事実だから広まったのか、嘘を流したのかはまだ判断がつかない。
もし悪意を持って嘘を流したのだとしたら、爵家を侮辱することになる。冗談では済まない話だ。命が惜しくない限りそんな下手な真似はしない。
だったら、本当にセオドア様とカレン嬢の仲が深いという可能性も……。
そこまで考えてリゼットは首を横に振った。
いくら不仲でもセオドアが公爵家として倫理に反するようなことをする人間ではないということは知っている。もし愛妾を持つつもりなら、正直に断りを入れてくるタイプの男だ。
「まぁ、いいわ。考えても埒が明かないし」
リゼットは手紙を受け取とると、慣れた手つきでペーパーナイフを使って封を切り、中を確認した。
驚いたことに、そこに書かれていたのはいつもの顔合わせの誘いではなかった。
今度開かれる、この国の王太子の誕生日パーティにパートナーとして一緒に参加しろ、という内容だったのだ。いわゆる婚約者の義務というやつだ。
「仕立て屋を呼んでおいて」
「かしこまりました」
メイリーはリゼットから渡された手紙を受け取ると、日取りを確認するために目を通した。すると、とある一文に気づいた。
「お嬢様……ここに、ドレスを贈ると書いてありますが」
「へっ?」
リゼットの口から令嬢らしからぬ声が出た。メイリーの指差す文章には、確かに“ドレスを届けさせるから受け取ってくれ”と書かれている。何度読み直してもそう書いてある。
恋人の女性宛に対しドレスを贈るのは、ままある話だ。特に一緒に参加するパーティのために贈られるものは、当日着て着用してきてほしいという意味である。その場合、男性の方も同色で揃えたりする。
しかしセオドアはそんなこと、今まで一度たりともしてこなかった。
だからリゼットは全く予想してなかったし、変な声が口から出たのだ。
なぜ、そんな突飛な真似をするのか。
「良かったですね、お嬢様」
『そうだよ、プレゼントなんて嬉しいね!』
リゼットの心情とは裏腹に喜ぶ二人。セオドアの腹の内が分からなくて、素直に受け取れないのはリゼットだけのようだ。
しかし、ドレスを贈られようと関係ない。
「それでもドレスの新調はするわよ」
お金を使う機会を見逃すわけにはいかない。
そう伝えると、メイリーは若干不服そうに「かしこまりました」と返事をしたのだった。
***
「最近の流行は、リボンをたくさんあしらったタイプでして――」
いつもの仕立て屋は、ドレスのデザイン画を見せながら説明した。
流行りというだけあって、提示されたデザインはどれもふんだんにリボンがついている。胸元に大きなリボンがついているドレスは、とても愛らしかった。
リゼットもこれでいいかな、と思った。しかしここには不満の声を上げる者がいる。
『えぇ? それ、本当にリゼットに似合うと思って勧めてる?』
リゼットはもう彼がこういうだろうと予想出来るようになっていた。
この声は先ほどから出されるデザイン全てに文句を言っている。
『こっちなんて、リボン増し増しのフリル盛り盛りじゃん! このクールビューティーなお顔にロリータファッションは、マニアの性癖を刺激するやつだから! もっと、リゼットを引き立てるの持ってきてよ!』
プンプン怒る声は、リゼットよりよっぽどワガママなお嬢様のようだった。
しかし仕立て屋がリゼットに似合う云々よりも、流行の商品を優先するのは仕方ないことだった。いつものリゼットであれば、出されたものを全て購入しているからだ。商品に文句ひとつ言ったことがない。
たくさん購入して、当日侍女たちが選んだものを着る。今までずっとそうしてきた。
だからここでリゼットがこの声の代弁をするのは非常に心苦しかった。かといって無視はできない。
意を決して、リゼットは口を開いた。
「流行りを私に着せるのが、あなたの仕事なの?」
慣れないことをした緊張のあまり、嫌味みたいなことを口走ってしまった。しかも無表情で。
その言葉に仕立て屋はさっと顔が青くなる。
「た、大変失礼いたしました!」
深く頭を下げると、持ってきたバッグの中を必死に漁っている。その慌て様にリゼットの方が申し訳なくなるほどだ。
「こ、こちらなどいかがでしょう?」
仕立て屋は新たなデザイン画を取り出した。
「こちら、うちの店で新しく売り出そうとしているドレスでして。まだ試作段階ですからオススメするのはどうかな、と思っていたんですが、リゼット様でしたらきっとお似合いになると思います!」
やっぱり仕立て屋自身も先ほどのリボンドレスは似合わないと思っていたのか。
その対応に先ほどの罪悪感は吹き飛んでしまったが、気を取り直して試作段階のデザイン画を見せてもらう。
先ほどのデザインのような甘さは一切なく、もっとタイトでスタイリッシュなデザインだ。
『マーメイドドレスか! そんなんあるんだったら、さっさと出せよぉ』
まだ文句は言っていたが、上機嫌な声色だ。
『リゼットに絶対似合う! こういうのはスタイルよくないと着こなせないんだから。これにしなよ!』
声がそういうなら間違いない。
リゼットはまるで自分が決めたと言わんばかりに、ニッコリ微笑んで頷いた。
「気にいったわ。これにしてちょうだい」
「ありがとうございます!」
仕立て屋は安堵した様子で、顔を明るくさせた。
「お色ですが、いかがいたしましょう」
生地の端切れで作った色見本を机に並べると、いつも通り彼がウキウキした様子で喋り出した。
『赤! 深めのやつね。前着たような濃い青でもいいよ。でも紫も捨てがたいなぁ。あー、でも薄い色もあるのか。薄い色なら――……』
一人でぶつぶつと喋る声の言葉を必死で聞きとりながら、次々と色見本を指差していく。そしてひと通り指定した後、やっとリゼットが自分の意見を言った。
「今、指した色のもの全て作ってちょうだい」
『えぇ!? リゼット、いいの?』
驚く声とは裏腹に、仕立て屋は慣れた様子で「かしこまりました」と頭を下げた。
『すげぇ、これがお嬢様か……』
呆然とする声に、ふふんと鼻を鳴らしそうになるのをぐっと堪える。
リゼットが物を購入するとき、迷いなど必要ないのだ。