恋、愛
【恋、愛】
あぁ、忌まわしきカペラの花冠!
この上なくいちゃいちゃと!
あんなものばかり見せられたらフォルカヌスもまた辟易するだろう!
私が愛を阻んでやろう、冥界に落としてやろう!
ゴリアルドは辟易し、巨人となって踏み潰すだろう
あぁ忌まわしき愛の花、ここでゴリアルドが踏み荒らす!
(一体何があったのだろう……?遍歴学生を示す古語である「ゴリアルド」と言う言葉が、巨人ゴリアテと対応している事が見て取れる。膨らむ気持ちが巨人にたとえられているのかもしれない。娯楽の少ない時代に、スポーツと恋が若い退屈を紛らわすには良かったのだろう、失恋とは、かくも人を狂わすのだろうか。)
俺達は仲間だと思ってた お前がいつも卑屈に笑うから
だけど違った お前は敵だ
この手にナイフを、お前にはバターナイフをくれてやる
それ程勝ちたい、お前には
お前が女と楽しむならば、お前は敵だ、覚悟しろ
女が去るよう卑屈に笑え それでお前は仲間に戻る
そうでなければバターナイフを振り回せ
精々楽しめ、この野郎
(仲間の一人と恋人を奪い合ったのかもしれない。【真面目】の編にあったいくつかの歌は、以下の激情に揺れる作品群と比べて、描写が情景に集中している。このことから、真面目の編を書く人物がほぼ一人であって、これがここで言う卑屈なお前に当たると推察できる。実に個性的な学生の旅は、つい古い時代の事を思い出してしまう。)
声を張れ、我が愛しきフィリピ―ヌ
その手には杯と、一握の塩、そして草間のヒヤシンス
フィリピ―ヌの塩を舐め、恵みを以て抱えよう
杯を借り、酒を舐め、紅の美酒に紅顔す
ヒヤシンスなら独りだけ、トラックをして、暇を紛らわし
九柱戯をして、君を讃える
ああ愛しきフィリピ―ヌ、今宵の手遊びに何を望むか?
(一見するとよく見る女性名だが、ここで言うフィリピ―ヌとは王妃フィリピ―ヌの事だろう。フィリピ―ヌ・ドゥ・カペルはカペル王国からアーカテニア王ラウル・ドゥ・カピエータに嫁いだ人物の事である。彼女はアーカテニアに拠出金と共に大量の酒と塩を持ち寄った。この贈り物はカペル王国領キッヘ島の特産品であり、彼らは旅の最中中継地点として利用したのかもしれない。ヒヤシンスはラウル王が彼女への告白に使ったもので、その花ことばには遊戯、運動と言ったものがある。遊び好きの学生らしい解釈で、実に愉快な歌だ。
なお、両家は姻戚関係にあるため、この婚姻には血筋を守る意図が大きい。馴れ合いの「愛」の代わりに家族同士の「遊び」をしようと言う、学生なりの皮肉なのかもしれない。)
道端に咲く花よりも
水面に映る光沢よりも
灰を重ねたディアマンテよりも
尚麗しい君に捧ぐ
象牙の首飾りにも、犀の角にもなお勝る
この強い思いは、親しげな 君に再び捧ぐ歌
禁断の戯れに浴場に沈み
ひとりのたまい、息を噴き
水面に浮かぶ泡沫の 数を数えて息を吐く
あぁ君を思う、宵の明星
(夜に誰かを思う歌。美しいものを君にたとえ、強い動物よりもより募る思いを対比して、満たされない思いを洗い流す。若々しく、甘酸っぱい思いが込み上げてくる。)
夜の空は高く、今にも落ちそうな星が瞬く
ヨシュアがちりばめ、カペラが見上げ恋をした
あの輝きははるか遠く
故郷の空は白く澄み 今際の夢を見せるけれど
瞬く星の数数え、君の面影を追いかけて
くすんだ目を、凝らしては
思いを馳せる大博士
最後の最盛、聖マッキオの天文台
天才は、空と共に恋をした
(聖マッキオの大博士といえば、日食や彗星の運行を予言し、占星術の時代から天文学の時代を切り開いた足のない老博士 ユウキタクマの事だろう。彼の亡くなった後に、ウネッザはエストーラに併合される。共和国最後の最盛を築いたこの博士は、生涯只一人の女性を守り続けたと言われている。星と、一途な恋。幻想的な光景は、きっと実際にマッキオ教会に訪れた学生の胸を打ったのだろう。)
酒場の主人に聞いたんだ
お前は誰が好きなんだ?
俺達、花のカペル同郷団
お前はそれじゃあだめなのか?
答えてくれよ、マスター。俺達はどうすりゃいいんだよ
お前は好きだって笑ったけれど、それじゃあお前は仲間外れだ
いつも空ばかり見上げてさ 俺は多分、お前を軽蔑したぞ
(「空を見上げる」という表現と、「好き」と言う表現から、先に紹介したウネッザでの出来事の後記だろうか。現実と夢の境目、歴史と今の境目を彷徨うような「若い憧れ」が、ある一人の学生の一途な恋心を燃やしたのかもしれない。)
「奥さん、今日も綺麗です」
カヴァリエ傅く、四角い中庭
惚れ込む奥さん、頬に手を当て 紅潮するのを隠してしまう
「奥さん、今日は何処に行きましょう」
カヴァリエ傅く、朝餉の前で
奥さん笑って甘えては、カヴァリエの頬に手を伸ばす
夫は遥か海の向こう、戻ると知れぬ異教の地へ
奥さんそれでもカヴァリエに、小さく囁き、目を細める
「ごめんなさいね、私のせいなの」
夫は今は海の向こう、カヴァリエの食費も運んでいる
カヴァリエ静かに眉を下げ、向き合う彼女の涙を拭う
「奥さん、今はどうか胸の内に」
(カヴァリエ・セルヴェンテ、即ち、奉仕する騎士は、海の男達が家を外すことの多いウネッザ独自の文化として発展した、いわば在宅ホストである。夫が妻の気を紛らわすために若者に番を任せたのが始まりであったが、半ば奥さんの機嫌取りとしての役割が強く、若きカヴァリエは妙齢の女性から様々に寵愛を受けたようだ。)
月世界は水晶宮
火砲の唸りに、空を仰ぎ
盛る炎は湧き上がる
胸を焦がすその時に
衝撃と粉塵、猛る砲火
吹き飛ばす、天球の中にある星を
崩れ落ちた水晶宮、無欠の月世界
風圧の終わりと共に
大地に落ちる
砲丸は、海に落ちる
向かうは空の彼方、君の星
(当時の兵器の中で、最も遠くへ飛ぶものが、大砲であった。プロアニアでは既にあった機関銃を未だ完備していなかった、あるいはする必要のなかったカペル王国は、魔法にとって代わる化学兵器の開発には足踏みしており、それが近代的な表現の妨げにもなっていたようだ。
とはいえ、この学生(恐らく聖マッキオの天文台を歌った学生)は、「君」を星にたとえて、空高く飛ぶ大砲のように飛んでいきたいと表現したようだ。恋の編には、少なからずこうした当時の時代背景に合わせた思いの丈が綴られており、学生の生き生きとした表現力が輝いている)