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酒と遊び

【酒と遊び】


 まずは俺達の友情に乾杯だ、一本開けるぞ、さぁ、歌え


 胸を叩いて、二本目だ、苦い酒なら容赦はせんぞ


 も一つ叩いて、三本目!今度は渋めで先生に捧ぐ!


 まだまだ行くぞ、四本目!かわいいあの子に甘いのを


 止めてくれるな五本目を!これは俺への慰みだ


 今度は奢りだ六本目!銀貨はその胸に収めておけ


 花冠に七本目!国王陛下にかけてやれ


 酒樽をひっくり返してもまだ足りぬ!


 さぁ、歌え!今日もバッカスに乾杯だ


(純粋な酒を飲む喜びを歌った歌だ。純粋な数え歌としても見ることが出来る。「胸を叩く」と言う表現は、胸元に財布を入れて持ち歩いていた当時の学生のスタイルに合わせたものだろう。)



 波風立てずに過ごしてくれたらよかったのにと思うのだが


 学生たるもの、いつもの悪癖を出さないはずもない


 歌など知らぬが、一言だけ


 小言と言われど構わない


 頼むから大人しくしておくれ 君達の趣味には何も言わないから


(学生の手記か何かを見たのか、教授と思しき人物が一節を挟んでいる。韻などを踏んでいない辺り本物の初心者と分かるが、何かと問題を起こすと評判の当時の遍歴学生に対する思いが強い悲壮感を感じさせる)



 船旅ばかりで肉が足りない、カルテもトリックをやり尽くした


 水も足りない、酒も足りない!


 何度キングを見た事か、何度カヴァリエに傅いたか!


 カルテはもういい、酒をくれ!日に一度など地獄も過ぎる!


 酒を出せ、そこの異教徒よ、その祝福は似合わない!


 酒を出せ、そこの先生方 曇った眼鏡など、犬も食わないと思います


 酒を出せ、そこの水兵よ、樽一杯にあるのだろう?


 トラックはもううんざりだ!もうエースには傅かないぞ


 代わりに酒樽に傅こう 頼むから酒と油をくれ


(娯楽の少ない船旅に辟易した学生の愚痴。トラックとは、トラッキングカードゲームの事だろう。トランプを用いて暇をつぶしていたが、長い海の旅にやり尽くしたのか、飽き飽きしたのがよくわかる。船の上では貴重品の酒を求めて渡り歩く姿を想像すると、中々面白い。)


 おぉ、ポデスタよ。ゴリアルドの後を辿るがいい


 君は平和の代わりに心を失くした


 偽りの城に仄暗い書斎、数多の従者と警備官


 君に楽しみを与えよう!理性の機械と化した君に、ゴリアルド流の愉しみを


 酒場にスポーツ、カルテに、小説


 絵画は傍目に、詩歌は卑賎に


 浅ましいというならば、俺と共に、まずは酒場へ!


(ポデスタとは、旧都市国家における調停官である。都市同士の抗争を治めるための中立の部外者であり、当時は隔絶された環境下で、実質的には地方長官のような役割を果たすようになった。彼らは調停官として都市間の抗争に中立であるために、隔絶されていた。学生がそれを誘い出すという構図は、愉しみの代わりに地位を得たポデスタへの同情が感じられる。)



 だったら言うがね、使徒様諸君


 その絵を写本師に見せてみろ


「ほら、何に見える?」そう聞けば


 お前らは素っ頓狂な声を上げ、卒倒するに違いない


 写本師だって遊びじゃない、お前達だけ見ているが


 写本師だって遊び人、お前達だけを見てはいない


 見よ、広大なる文字の版、これは写本師の文字だがな


 お前達のは何処にもないぞ、その古ぼけた書見台しか


 文字を書くだけ!文字を書くだけ!細部に宿るものがない!


 ところがぼろ布の彼を見てみよ ほら、手遊びがここにまで


 主はドロルリーさえ、許したもうた!


(当時は既に印刷技術が全国にいきわたり、下火になりつつあった写本師の仕事だが、全く失われたわけではなかった。写本師の仕事は主には二種類、活字のデザインと芸術としての「本」の作成である。宝石本と呼ばれる絢爛豪華な本は、活字印刷では必ずしもできなかった、凹凸のある頁を作ることに成功し、パトロンを手に入れる事によって、終に細々と仕事が続けられた。

 もう一つの写本の現場が、教会である。聖職者は閑居を嫌い、余暇には写本に精を出した。

 学生が味方に付いたのは、どうやら写本師の方であったようだ。ドロルリーとは、本の中に書かれた挿絵であり、しばしば無関係なものが差しはさまれた。写本師は生活の苦しい中でも、彼らなりの愉しみを見つけて仕事をこなしてきた。仕事の中に遊び心を忘れない、反骨心ともとれるようなその姿勢が、苦学生達を味方に付けたようだ。

 なお、当時の聖職者は、既にいくつか字体を完成させていたようで、写本師だけが活版の字をデザインしたわけではない。意図的なのか、無意識なのか、学生は写本師の字体だけを主張しているようだが、一般的な研究の成果としては間違っている。)



 サバト、サバトに向かうぞ!おぉ、魔女よ


 ホルダーと共に宙を舞う


 サバト、サバトに向かうぞ!おぉ、魔女よ


 淫魔の刻印に口つけて


 サバト、サバトに向かうぞ!おぉ、魔女よ


 蠱業要覧を片手に忍ばせ


 そして、鮮やかに呪文を唱えた


 魔女の仕事はもう終わり、これよりサバトは井戸端会議だ


 ホルダーなんて嘘っぱち、足元を隠す気もないらしい


 代わりにあいつは男と眠る 見ろ、触れ合うぞ、あの胸が


(魔女の集会へ向かう様を歌い、その後、その魔女が日常の生活に戻る歌のようである。邪な営みを隠そうともしない人々への憤りか、あるいはそれに甘んじる自戒か、定かではない。邪推ではあるが、普通の生活をしている人間でも容赦なく魔女の刻印を貼る、プロアニアを皮肉った歌と取る事もできるかもしれない。)



 腰帯で首をしめてみたり


 有害な果実で病に倒したり


 傷口に塩と軟膏を塗ったり


 色々試してみたけれど、一番いいのはやはりこれ


 突き刺し、切り裂き、指を詰め


 腸巻いて、自白させ


 そのまま罪を洗浄する


(恐ろしい歌だが、どうやら拷問法について書いているようだ。これに答えるような歌があり、その歌はかなり激しい口調でこれを非難している。)



 お前達の愉しみに、容疑者を使うのは楽しいか?


 あれをやったとこれもやったと、あれこれ言わせて楽しいか?


 悪魔は無いものを証明しない、神は事実を見透かしている


 余暇に棍棒を肩にかけ、恐怖の梨を調整し


 そんな男が、容疑者を


 痛めつけても、神は向かない。頷く音など聞こえない


 あるのは世俗の器だけ


(現代の倫理観ではおよそ考えられないものの、当時は拷問による自白こそが決定的な証拠となった。それは罪を犯したものを救うための配慮であったが、同時に事実を捻じ曲げる危険が常に伴っていた。それに気づいていた学生が、前者の歌を聞いたときに、反論として記したのだろう。それにしても、非人道的な行為がどれ程当たり前に行われていたのか、この資料は示してくれるようだ。)



 くるぞ、くるぞ!陛下が来るぞ!


 そら穴あき椅子を持て


 海綿の準備は済ませたか?それでは行くぞ、椅子貴族


 くるぞ、くるぞ、陛下が唸る!


 ぽとぉんと一音なったなら、鼻をつまんで磨くのだ!


 貴族様は陛下が大好き、椅子貴族なら大嫌い?


 くるぞ、くるぞ!陛下が叫ぶ!


 すぐさま海綿持ち寄って、心地よく、それを拭い取り


 最後に残ったそれを見て、椅子貴族でも舌を出す



 (カペル王国には、宮殿で会議に招かれる様な大貴族の身の回りの世話をするために、「椅子貴族(コットン・カヴァリエ)」と呼ばれる役職が存在した。彼らは服の着せ替えなどを行う使用人と異なり、所謂貴族のトイレ番として働いた。彼らは王族などの世話をする存在の中でも特に気を許された者達であって、多くの場合、高位の貴族であった。翻って学生にとっては、金でその地位を買う貴族と言う存在はかなり滑稽に映ったのだろう。)



 おそれみよ、背後にあるご威光を


 俺達は卵だ、学区に入れば貴族も赤子


 酒を飲んでも飲まれても、学区に入れば店主は赤子


 おそれみよ、俺達が仰ぐもの


 道を開けろよ、俺達は 貴族様より貴族様


 学区の中では神様と、教皇様より上はない


 そのすぐ下にいるのはな 俺達なんだよ、覚えとけ


 酒だ、酒を取れお前達!喧嘩は多めにみてくれや


 おそれみよ、このご威光を!



(当時は教皇の威光は随分下火にはなっていたが、彼が振るう「破門」の威力は少なくとも市民には強力に作用した。大学出身のインテリジェンスが教皇に選出されるようになると、学生は教皇の庇護下に置かれ、一種の治外法権を認められ、大学は実質的に特権的地位を得ていた。

 特にカペル王国はその影響が強く、対立教皇の出身大学に至っては、同郷団と呼ばれる学生団体同士が、その庇護の為に争った事例もあるという。兎も角、彼らはそこに胡坐をかき、かなり贅沢に旅を楽しんだことだろう。)



 ぴーひょろろ、と大通りに響く音色をきけば


 吟遊詩人が歌口ずさみ、行き過ぎる人も立ち止まり


 カルテもトラックも手を止めて ギラリと光る眼が緩む


 木の葉散る音ばさばさと、それを踏みしめ真似すると


 白い眼をした桂冠と、自警団たちが立ち止まり


 鮮魚飛脚が踏み荒らし、ギラリと光る眼が澱む


 俺達の歌、そんなに下手か?


 そう思って下向けば


 豚小屋のにおいに、顔を顰める


(都市の衛生がまだ放し飼いの動物達に依存していた当時、道の端には、かなりの確率でゴミや汚物が窓から放り投げられていた。広場での奏者をまねて遊んでいた旅先で、自分達が見事に彼と真反対の目を向けられた事実に困惑した彼らは、恐らく自分達の浮かれ具合を嘆いたことだろう。)



 手軽に金を稼ぎたいって?


 だったらカルテを一つ持ち、賭場に向かって行くがいい


 サイコロ一つも忘れずに!それでは席に着いてまず


 カルテを切って、配布して、そして手元にカルテを忍ばせ、さっとすり替え、出していけ


 カルテの背後の柄を覚えて、それをちと、見比べれば


 勝ったも同然、あいつらは かけひきするだけ無駄になる


 サイコロは何に使うかって?簡単だよ、君。それを投げ、後手を取るためさ



(カードを用いた詐術は、当時からかなり頻繁に行われていたようだが、この事例はかなり高度になってくる。まず、当時の印刷技術の限界から、多少カルテの背後の柄が異なってくる事を利用して、それらを全て正確に暗記しなければならない。その上で、最後にカードを回収しなければならない。結構な労力がかかるため、彼らは言い分に似合わず金稼ぎに苦心していたらしい。しかし、彼らの血のにじむような努力は、どうやら無駄に終わったらしい。次の歌に、悲しい別れが描かれているのだ。)



 恩を忘れた裏切り者は みんなまとめて切り刻んでやる!


 お前達を買ったのは、確かに俺の慈悲だった!


 散々ずれた、そのかつら、見ればわかるが、俺しか知らぬ


 それなのにお前、散々指摘され、取り換えられて帰ってきては


 俺の心を踏み躙る!やめだやめだ、賭博はやめだ!


 お前達には がっかりだ!


(これは、恐らく支配人が酷くずれた絵柄に気付き、カードを取り換えてしまったのだろう。ゲーム中にそれが成されたせいで、彼は大損を被ったのかもしれない。意図的に「失敗作」を選んだのに、それを「既製品」に代えられてしまったやるせなさは、どこかマニアの夫が妻に糾弾された時の思いにも似ている。)



 それじゃあ服を買ってあげよう


 流行のモードをご紹介!


 君にはこれがよく似合う!丁度星の生まれもこれを示す


 さぁ、これを買いたまえ、淑女諸君


 美しい服は貴方の武器だ 流行のモードをご紹介!


 三枚レースと、フリルのドレス、髪上げをして、着てみれば


 ほらお似合いだ、買った買った!


 買った分だけ俺が得するから


(学生は時たまその知識を用いて仕事をこなした。今回の仕事はどうやら客寄せのようだ。呉服屋の布地を探しに来た女性に、美しさと武器、星占いと、好きなものをこれでもかと使って勧めている。金策はいつの時代の学生にとっても重大な問題だったようだ。)



 クリスティーナは芳ばしく、蜜のような輝きで


 連なる岸壁の上に立つ 白や赤の石の城


 その向こう側には山々と、干潟と、田舎者の町


 セドラの酸味が手招きすれば 仮庵に入り、水を灌ぐ


 輝く者はこれを呑み、そして再び照り付ける


 今日も良い日、旅日和


(グランド・ツアーには、ジロードへ一度向かい、キッヘを周遊してからウネッザへ向かうものと、ウネッザに直行し、聖地を目指すものがあった。この二つの行路は南方交易路の二つを基に作られており、簡略的なウネッザ直行型と比べると、キッヘ周遊ルートはやや人気がなかったようだ。

 とはいえ、美しいキッヘの景観と、特産品を用いた食事は大層よかったのだろう、この学生も気持ちよく一日を過ごしたようだ。)



 世界の東の果てと言えば、シェルトノーブルに違いない


 道は交わり、尖塔と、アーチが覗く城壁と


 快楽に満ちた広場には 俺の説教も響かない


 そうなりゃほぞをかみ、教会に入り 戯れに告解して回り


 幾つかお札を買って読み、酒で注いで清めを汚す


 地に傾げても空瓶は、誰にも酒を注いでくれず


 致し方なく、空仰ぎ サーキィの胸に眠る夜


(シェルトノーブルは異教徒の町となってから、政敵から憎しみの対象となった。西方世界最後の牙城シェルトノーブルを落とし、治める事となったオマーンは何度かこの都市の改名を行っているが、どの様にしても西方世界の文化は完全に消されなかったようで、洗練された教会はそのまま講堂として用いられている。

 その生きづらさに学生たちが何かを感じ取ったのは事実なようで、お得意の「説教」もままならないまま、特区の中の教会で祈りを捧げて回り、夜には禁酒の異教徒たちの町で酒を飲んだようだ。

 最後の文は東方のマギの一人が、酒を片手に死者の為に大地に傾げた話からきているようだ。マギの名はオマー師。信仰最盛期の異教徒の町で、神を信じなかった男である。)




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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもよきです。こう言う創作世界設定、歴史解説は大好物です♪ [気になる点] 私としては、各詩(歌謡?)毎に別話仕立てであれば感慨もより増したかな? と思いました。
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