ジュリア
暫しの沈黙の後、一番初めに口を開いたのはティナだった。
「えっと・・・何から話そうか・・・まず、ジュリアさん?あなたはこの教会の関係者なのかな?」
気まずそうにジュリアが話し始めた。
「関係者と言われれば少々複雑なのですが・・・今この教会に神官はいません。というか忘れ去られた教会です。私はこの近くで生まれたのですが、幼いころに母が亡くなり孤児となりました。篤志家の方が支援をしてくださったのですが、今はここに寝泊まりしています」
「そう・・・苦労なさったのね」
「いいえ、私は孤児としてはとても恵まれていました。学校にも行かせてもらえましたし。その方が亡くなった後、親族の方が意思を継いがれて遺産で孤児育英基金を設立してくださいました・・・本当に良くしてくださったのです」
「立派な方々ね」
「はい。心からの感謝と尊敬を忘れた日はありません。しかし親族の方が亡くなった後、後継者を名乗る人たちが孤児育成基金のすべてを引き上げてしまわれて・・・」
「まあ!そんなことが?」
「ええ、でも幸いにも私は就労年齢になっていましたから、大学を辞めて働きました。しかし学歴の無い私が得る給料などたかが知れています。あの子たちを満腹にさせてやることもできません」
「あの子たちはみんな孤児なの?」
「孤児ではありません。親は・・・片親ですがいるにはいます。ただ家に居場所がなく虐待されている子たちです。食事も与えられずに・・・夜も家には帰れません」
「そう・・・娼婦たちの子・・・望まれず生まれてしまった子供達ね」
「えっ!・・・」
ティナは自嘲するように小さな声で言った。
「私も・・・そうだから」
「あなたは?」
「私はティナといいます。この近所で生まれた娼婦の子。この教会がまだ栄えていた頃、とても助けられたのよ。でもいろいろあって・・・この街を離れたの」
「そうだったんですか・・・じゃあ私たちと同じような経験をされているのですね」
それまで黙って聞いていたシェリーが口をはさんだ。
「でも今はとても幸せそうに見えます・・・」
ティナはシェリーに向かって微笑みながら答えた。
「ええ、とても幸せよ。でもね、私の経験上・・・頑張れば幸せになれるとは言えない。いろいろあるの。世間は冷たいしね・・・私に言えるとしたら・・・今日を生きる作業を繰り返すって事かな」
「今日を生きる作業?」
「そう。今日を何とか生き延びるのよ。それを繰り返すと生き続けられるの」
「なんだか夢も希望も無い言葉だが・・・真理だな」
ずっと黙っていたアルフレッドがぼそっと言った。
「そうよ。現実はとっても厳しいの。学歴がないと収入が少ないのも同じことね。それでも生きているということがとても重要なの。でもね、子供は守ってあげないと生きられない。そして子供はみんな神の子だから大切にしないとね」
アルフレッドがビクッと反応した。
「そ・・・そうだな。しかし神は直接手を差し伸べることはできないんだ。神という存在はあくまでも精神の拠り所として存在するものだ。神が見ていると思うだけで、目の前の悪事に手を染めずに済むかもしれないだろ?そういう曖昧な存在だ。悲しいがな」
「アル・・・そんなに悲観しないで?神という存在はとても大きいのよ。確かにいると感じる事ができることは素晴らしいのよ。まあ・・・本気で関わると結構面倒なこともあるけど」
「面倒って・・・ちょっと寂しい・・・」
アルが捨て猫のような顔でティナを見た。
二人の話を真剣に聞いていたジュリアが口を挟む。
「面倒という言葉が正しいかどうかは別として、ティナさんの言っている意味は分かります。私も神の存在を身近に感じていなければこの子たちの面倒を見ようとは考えなかったかもしれない・・・でも、確かに神は存在しておられます。たとえ周りの大人たちが蔑むような出自だったとしても、この子たちも神の子供なのです。この子たちを見捨てることは神を見捨てることです。それだけは絶対にできない」
ティナは大きく頷きながらつぶやくように言った。
「ジュリア・・・あなたは神官になるべき人ね」
ジュリアがパッと明るい顔をして言った。
「ええ、神官になりたかったです。母が私の父親は神官だと言っていました。まあ娼婦だった母の夢だったのでしょうが・・・私は信じていました。でもよく考えると神官が娼婦を買うわけないですけどね」
「え?お母様は・・・あなたが神官の息子だと?」
驚いたティナの肩を引き寄せてアルフレッドが耳元で囁いた。
「ティナ・・・覚悟がないならもう聞くな」
アルフレッドの顔を恐る恐る振り返るティナ。
「まさか・・・アル?そうなの?」
「・・・ああ。そういうことだ」
「何てこと・・・」
ティナはその場で蹲ってしまった。




