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ピアノマンは男装の麗人

「ただいま~。リア?ご飯もらってきたよ~」


「お帰りなさいませティナロアお嬢様。お仕事は如何でしたか?お風呂の用意はできております」


「ああ、ありがとうリア。これ食堂のご主人たちが持たせてくれたの。ビスタと二人でおあがりなさい。容器は明日返すから洗っておいてね」


「畏まりました。まあ、おいしそうなお料理ですね。お疲れになったでしょうお嬢様。お風呂に入られますか?」


「ああ、今日は少し出掛けるわ。遅くなるかもしれないけど心配しないで。ちょっと休んでから夕方出るから」


「わかりました」


料理の入った容器を大事そうに抱えたリアの背中を見送り、ティナは自室に戻った。

久しぶりの立ち仕事で足が棒のようになって痛みがある。


(まあ、想定内の仕事だったかな・・・短期決戦だからもうひとつ仕事を手に入れないと)


今日の昼前に来た少し上等な服を着た客の会話から、ティナにできそうな仕事のヒントを貰っていた。

それは街で人気の社交クラブのピアノ弾きが急に辞めたという話で、世間話の振りをして店の名前や場所を仕入れておいたのだ。


(ピアノなら前世の仕事で散々やって来たし、この世界では弾き語りなんていないでしょうからウケるんじゃないかしら・・・)


転生したこの世界のポピュラーな楽器はピアノらしい。

しかしこの世界でそういった場所に馴染みのない令嬢だったティナには詳しい情報が無い。

そこで今日聞いた店を覗いてみることにしたのだ。


(いかがわしそうだったらさっさと帰ればいいし、男装すればそう問題も無いはずだわ)


「クラブD」という店で街の目抜き通りにあり、その客の話では客のほとんどは貴族で女性客も多いというから、比較的健全な店だろう。

今夜も忙しいが、明日も朝が早いティナは仮眠をとることにしてベッドに潜り込んだ。


日が暮れて目を覚ましたティナはスマートなシャツとクリーム色のベスト、ブラウンのクラバットを身に着け馬に乗って出掛けた。


(前世で身につけた技術はこっちでも使えるのね・・・助かったわ)


馬に乗れるならピアノも歌も転生前の技術を失ってはいないはずだとホッと胸を撫でおろした。

さすがに貴族が多い店らしく、店の横には馬を繋いでおく場所まで確保されている。

その道にはずらっと馬車が並んでおり、中には見たことのある家紋のついた馬車もあった。


(これなら安心して入れるわね)


細身で黒髪をひとつに束ねただけのティナはなよっとした男性に見える。

言葉遣いは貴族のそれなのでそこまで怪しまれることも無いだろう。

勇気を振り絞って店のドアを開けた時、ドアマンに腕を引かれた。


「ご予約はお持ちですか?」


「あっ・・・いいえ。予約が無いと入れませんか?」


「そうですね。予約かご紹介が必要です」


「そうですか・・・実はピアノ弾きが辞めたと聞いたので募集されていないかと思って来たのですが」


「ああ、ピアニストの方ですか。まだ募集をかける前ですがお耳が早いようですね。店長に聞いてみますのでこちらでお待ちいただけますか?」


ポッと来た得体のしれない青年相手とは思えないほど紳士な対応に驚きつつ、指定された場所に立って待った。


数分経った頃ドアマンが戻ってきて店の奥に案内してくれた。

厨房の横の通路を突き当りまで進みドアマンの男が言った。


「この部屋でマダムがお話を伺います」


「ありがとうございます」


ティナは意を決してドアをノックした。


「はい。どうぞ」


「失礼します」


黒のレースドレスに真っ赤なショールを羽織った女性がゆったりとソファーに座っている。


「いらっしゃい。ピアノマン希望の方ね?今までのご経験を教えて下さる?」


「はい。お目に掛かれて光栄ですマダム。私はロアと申します。ピアノはずっと生業としておりますが、残念ながらこの国ではありませんのでお店の名前を申し上げてもご存知ないかと存じます」


そこまで一気にしゃべり、貴族の男性がとる礼をした。


「まあ、素敵なお辞儀ですこと。私はラッテと申します。みなさんマダムラッテとお呼びになるわ。細身でいらっしゃるし中性的な魅力をお持ちですわね。外国からいらしたのですね?どのような曲を弾いていらしたのかしら?」


「ソロピアノの曲も弾けますが、歌いながら弾くのが多かったです」


「曲だけでなく歌も歌われるのですか?」


「はい・・・あちらではそれが主流でした・・・曲はほとんどオリジナル・・・です。はい」


今までティナが弾き語りしていたのはスタンダードなジャズナンバーやポピュラーナンバーばかりでオリジナルでは無いが、それらの曲が生まれるずっと以前のこの世界だ。まさか著作権や盗作と言われることは無いはずだとティナは思った。


「それは珍しいですね。いきなりお客様の前でも大丈夫ですか?良ければ聴かせていただけませんか?」


「はい。もちろん構いませんが、普段はどのような曲を演奏しておられるのでしょうか」


「そうですね・・・最近西の国で話題になっている若手作曲家の作品が多いでしょうか。モーツアルトとか言ったかしら?」


「ああ、モーツアルトですね。それなら大丈夫です」


「そうですか。でも私はあなたの仰る弾き語りというのを聴いてみたいわ」


「もちろんです。それではモーツアルトを一曲と弾き語りで一曲聴いていただけますか?」


にっこりと上品に微笑んだマダムラッテは天上から下がる紐を引いた。

すぐに男性スタッフがやってきてマダムから指示を受けている。

頷いたスタッフがティナに向かって言った。


「ロア殿、こちらに」

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