皇太后の思惑
煌びやかな正装に身を包んだハーベストが勢いよく大広間の扉を開けた。
大広間に集まった全員の視線を一斉に浴びながらもハーベストは堂々と歩き始める。
「ああ、兄上。思ったより遅かったですね。もう皆さんお集まりですよ?」
皇帝の椅子が置かれた壇上の一段下の位置からハーベストの弟であり、現皇太后の息子の第二王子ハーベンがにこやかに声を掛けた。
そのすぐ隣には豪華なドレスを纏った女性がハーベンの腕にもたれかかりながら立っている。
「やあこれはこれは。久しいなハーベン。元気そうで何よりだ。ところで我が婚約者殿との距離が異様に近いようだが?俺の留守の間守ってくれていたのかな?」
「ははは。しっかりお守りしていましたよ?でもコレの父親が王座と一緒に彼女も手に入れろとそそのかすので、うっかり乗っかちゃいました」
ハーベンの近くまで進んだハーベストが集まった貴族たちを振返って見下ろす。
王座から向かって右側にハーベン王子派が、中央に中立派、左側にハーベスト派がなんとなく纏まっている。
軽い口調で発せられたハーベンの発言を受け、アンダンテ侯爵が中立グループから進み出てハーベン王子派のグループに近寄る。
「ハーベスト殿下。お久しぶりでございます。殿下が戦場を駆けまわっておられる間に色々とありましてね。我が一族は皇太后様のご意向に従うことに致しました。勿論ハーベスト殿下の婚約者であった我が娘リリベルも同様でございます」
ハーベストは顎に手を当ててニヤッと笑った。
「ほう。それでは私とリリベルの婚約は解消されたという事か?私は同意していないが?」
「皇太后様のご判断で既に解消の手続きは済んでおります」
「なるほど。それで?リリベルはそれで良いのか?」
羽扇で口元を隠していたリリベルがハーベンの顔を見てからハーベストに向かって言った。
「ハーベスト様。私はハーベン様の方が好きになってしまったのですわ。ずっとお留守で私のことなど構っても下さらないハーベスト様の代わりに、あなた様の名前で誕生日や季節のの贈り物をして下さっていたハーベン様の優しさに絆されましたの」
「なんと!ハーベン。お前って奴は・・・そこまで気を遣ってくれていたのか。それはすまなかったなぁ」
「いいえ、大切な兄上の大切な婚約者殿ですからね。しかし大切にし過ぎて我が物にしてしまいました。申し訳ございません兄上。ははは」
「ははは。別に良いさ。もともと心など通ってもいなかったのだ。逆にお前リリベルで良いのか?」
「まあ・・・そんなところですかね」
どちらに王位が行くのか定まらない緊張感の中、当の継承権保有者が女性のことで談笑している様は、集まった貴族たちにとって居心地の悪い空気だった。
その重苦しい空気を打ち破ったのは皇太后が発したひと言だった。
「ハーベスト。皇帝はお前を立太子させるお考えだったかも知れないが、何もお決めにならぬ間に儚くなられた。よって次の王位につく者が決まるまでは皇后だった私に全権があることは存じておろう?」
「これは義母上。ご挨拶が遅れ申し訳ございません。確かに仰る通りであると承知しております」
「そうか、それなら良いが。お前を慕う近衛の連中が宝物殿を囲んでおって苦労したのだ。あれはどういうことか説明してもらおうか?」
「ええ、あれは私の指示です。私の準備が整うまで義母上の手に王杖が渡らないようにしたかったので。まあ、結局手に入れられたのですから問題はないでしょう?」
「フン!準備とは片腹痛い。まるで自分が王位につくような正装をしておるが、次の国王は我が息子であるハーベンとする。文句はあるまい?」
「文句は大ありですな」
そう言うとハーベストは再び振り向いて貴族たちに言った。
「さあ、君たちの立場をハッキリしてもらおう。ハーベンか私か。これは君たちの今後の立場に直結する問題だ。じっくり考えて行動を起こせよ?」
兄に続いてハーベンも声を上げた。
「兄上を王にして戦争を継続し国土を拡大するアルベッシュ国を選ぶのか、私について戦争の無いアルベッシュ国を選ぶのか。さあ!どうする?」
ハーベストが弟を振り返り言った。
「ああ、その話だけどな。私が王位についても戦争はしないことにした。今後は外交で解決していくさ」
「え!そうなの?じゃあ兄上と私の決定的な違いが曖昧になるじゃないか」
「まあそういう事だな。でも私が王なら私の決定権は誰にも渡さないぞ?」
「ああ、兄上・・・私が王になったら母上の傀儡になるって言ってるの?」
「違うか?」
「一応違うと言っておこう・・・自信は無いけど」
二人は顔を見合わせて笑った。
そんな二人を見て貴族たちはますますどちらを選ぶか迷っている。
中立派の何人かはハーベスト側に移動し、何人かはハーベン側に移動した。
キリウスは抜かりなくその顔ぶれを記録する。
「何を世迷言を言うておるのか!次期国王はハーベンだとこの私が宣言する!いい加減茶番は止めよ!」
兄弟の緊張感の無いやり取りに業を煮やした皇太后が王杖を突き出して叫んだ。
「ハーベンこちらに!」
その言葉と同時に近衛騎士たちが皇太后の後に並ぶ。
「はい、母上」
「そなたがアルベッシュの国王じゃ。父上の葬儀を立派に取り仕切り、喪が明けた後、即位の礼を執り行うが良い」
「はい、母上。お聞きになりましたか?兄上」
「ああ、父上の葬儀をしてから即位という事だな?」
「そういう事です」




