急報
(やべぇぇぇぇ~!やっちまった!)
後からクツクツと笑い声が聞こえた。
「さすがだわ・・・ロア。なんて情熱的な・・・美味しかった?」
「マ・・・マダム!見てました?いやぁぁ恥ずかしい・・・」
「あんなことこの道では常識の範疇よ。胸くらい揉んであげれば良かったのに」
「そ・・・そこまでは・・・さすがに・・・」
「あら、私はもっと凄いこともしてあげていたわよ?」
「これ以上は聞かないことにしたいです・・・」
「まあ残念・・・ところで次のステージに支障はない?」
「はい。頑張ります」
ティナは袖口で口元をグイっと拭いステージに向かった。
先ほどのご令嬢がハンカチを握りしめてティナを見詰めている。
ティナも見つめ返しウィンクと投げキスを贈った。
客席が少しどよめいたがティナがピアノのまえに座ると静まった。
セカンドステージ以降は全て弾き語りにするつもりだ。
もう一度先ほどのご令嬢を見詰めティナは歌い始めた。
彼女に贈る最後の歌は「Happier」
別れた彼女の幸せを祈る歌詞にご令嬢たちは感情移入させて泣いている。
レイラ嬢はすでに号泣していた。
その頃アルベッシュ国から早馬がハーベストのもとに急いでいた。
数人の騎士が密書を携え必死の形相で馬を駆る。
ゆったりと寛ぎながらティナの帰りを待つハーベストの元に国王崩御の知らせが届いたのはティナが最後のステージを終え、スタッフ全員と握手をしている時だった。
「殿下!大変です!国王陛下が・・・」
血相を変えてキリウスがハーベストの部屋に飛び込んだ。
今夜もティナを抱くつもりでベッドに腰かけていたハーベストの顔が歪んだ。
キリウスから奪い取るように密書を確認するとハーベストは立ち上がった。
「すぐに出立の準備を!」
「はい30分で出られます」
「良し・・・ティナは・・・ティナはまだか」
「まだお戻りではありません。緊急事態に備えるためには一人たりとも残せませんよ」
「いや・・・うん。お前の言う通りだ・・・しかし・・・ティナを・・・」
「ビスタに言づけましょう。一刻も早く戻るべきです!」
「ああ・・・そうしよう・・・うん。そうだな・・・ティナ・・・」
「殿下!」
「わかっている!ビスタを呼べ!20分後に出立する!」
「畏まりました」
キリウスが足早に部屋を出る。
訓練された騎士たちの行動は素早かった。
着々と荷物が片づけられていく。
何事かと顔を出したビスタにキリウスが鋭い口調で言いつけた。
「ビスタ!すぐに殿下の部屋へ行ってくれ。問題が発生した」
「は・・・はい!」
ビスタが駆けだした。
顔色を無くして駆け付けたビスタにハーベストはトーンを落とした声で話しかけた。
「ああビスタ・・・すぐに帰国しなくてはいけなくなった。ティナを待つ時間も無い。そこでひとつ頼まれてほしい。これをティナに渡してくれ」
「これは・・・」
「ああ、これは私の紋章が刻まれている懐中時計だ。これは私に所縁のある者という証明になる。これを持っていてほしいと伝えてくれ。落ち着いたら必ず迎えに行くから待っていてほしいと・・・私はティナを・・・絶対に・・・手放したくない!ビスタ!頼む」
「わかりました。必ずお渡しします。殿下のお気持ちも伝えます。ティナロアお嬢様をよろしく・・・よろしくお願いします」
「ああ、勿論だ。しかしすぐに片付く問題ではないから数年・・・いや、1年だ。1年待ってくれと伝えてほしい」
「畏まりました・・・ご武運を」
「ああ、今まで本当にありがとう。お前たちの忠誠は忘れない。必ず迎えに来る」
「殿下ティナロアお嬢様は殿下たちがご出立になったら王都に向かうとおっしゃっていました」
「・・・そうだな。ティナの居場所を把握しておいてくれないか。王都と言うだけでは探しようがない・・・お前だけが頼りだビスタ」
「わかりました。お嬢様にもそのようにお伝えします」
ハーベストがビスタの手を握って頼み込んでいた時キリウスが部屋に戻ってきた。
「殿下、すぐに行けます」
「ああ、行こう・・・ビスタ、頼むぞ」
「はい。お気をつけて」
テラも部屋から出てきてロビーで騎士たちを見送っている。
騎士たちは事の緊急性を把握しているためロビーは緊張感に溢れていた。
姿を見せたハーベストに向かって姿勢をただす。
「聞いてのとおりだ。一刻を争う。皆心してくれ」
「はッ!」
「では行こう・・・テラ・・・いや、ティナロア伯爵令嬢。負けるなよ」
テラは黙って深く頷いて見せた。
それを見てハーベストも頷き返す。
「ティナを・・・頼む」
そう言い残してハーベストたちは疾風のごとく駆けだした。




