高価な宝石は危険な香り
ティナは箱の中を見て目を丸くしている。
「ええ、そうよ。今まであなたのファン達がくれた宝石の中でも特に価値のありそうなものは売らずに置いていたの。王都に持っていきなさい」
「今までも売っていただいた宝石のお金をいただいていますからこれはマダムが・・・」
「あら、失礼ねぇ私ならこの程度一晩あれば貢がせることができるのよ?貴族の方たちは宝石がお好きだから持っていて損はないわ。特にこれ・・・これは価値があると思うわ」
そう言うと大ぶりなサファイアのブローチを取り出して灯りに透かして見せた。
「美しいわ・・・亀裂も無くてこれだけの大きさ・・・素晴らしいわ。きっとあなたのことが好きで好きで堪らなかったのね」
「・・・申し訳ないです。マダムにも下さったご令嬢方にも」
「あら、これは素晴らしい仕事に対する正しい対価だわ。ロア・・・いいえ、ティナロア。頑張るのよ。そしてこの街を、この店を・・・私達を忘れないで」
「勿論です。絶対に忘れません。住むところが決まったら手紙を書きますね」
「ええ、そうね。待っているわ」
ティナはマダムラッテに抱きついて少し泣いた。
マダムはそんなティナの背を優しく抱きしめて撫でてくれた。
(私は人に恵まれている・・・前世でも今世でも)
部屋のドアがノックされスタッフが顔をのぞかせた。
「お話しは終わりましたか?ロア殿、食事ができていますよ。マダムもご一緒に如何ですか」
「そうね、偶にはみんなでテーブルを囲みましょうか」
マダムがティナを気遣いながらゆっくりと立ち上がった。
ティナはマダムに手を差し伸べてエスコートの意志を伝える。
「まあ嬉しいわ。私の可愛いロア」
妖艶な微笑みを浮かべながらマダムラッテが優雅に歩き出した。
店にいたスタッフ全員と一緒に囲むテーブルはとても賑やかで楽しかった。
食事が終わる頃新しいピアノマンを紹介されたティナは少し安心した。
(この人ならご令嬢方の新しいアイドルになれそうね)
数曲弾いてもらいお客様の好みなどを具体的に伝授した。
プレゼントを貰った時のお約束事や、ご令嬢が喜ぶ仕草などを伝え衣装に着替えた。
「ロア、今日は最後のステージだから私の好みの衣装にして頂戴」
「仰せのままにマダム」
(へぇ~実はマダムってこれが好きだったんだ・・・)
きちっと詰襟まで装飾が施された王子様の正装風の衣装に身を包み、マダムと新しいピアノマンが見守る中、ピアノの前に進む。
貴族らしい礼をするとあちこちから溜め息のような歓声が上がる。
今夜はショパンのノクターンから始めることにした。
少し大げさな仕草を交えながら演奏すると、あちこちから花束が届けられる。
「なるほど・・・マダム、これは見せて貰えてよかったです。勉強になりますね。それにしても他国から来られた方と伺いましたが・・・アピールの仕方や曲の解釈が独特ですね。斬新なのに安定感がある・・・素晴らしいです」
「そうでしょう?私のお気に入りだったの。でも仕方がないわ・・・あなたも頑張ってね?」
ティナの演奏を見詰めるマダム達の会話はティナの耳には届いていない。
3曲ほどピアノ曲を弾いたティナは一度立ち上がり礼をして再び座った。
ご令嬢お待ちかねの弾き語りタイムだ。
今日は4番テーブルの真っ赤なドレスのご令嬢がターゲットだった。
じっと彼女の目を見詰め弾き始める。
彼女に送る歌は『This Guy’s in Love with You』
少しカジュアルな曲調の恋の歌にご令嬢方は酔いしれていた。
数曲歌いピアノを離れると大きな拍手が湧き上がった。
ティナは振り返り深々とお辞儀をした。
今日が最後だと思うと様々な思いが溢れ泣きそうになってしまった。
楽屋に下がるとマダムが拍手をしながら入ってきた。
「素晴らしいわロア!もう本当に手放すのが惜しくてたまらない・・・王都にも店を開こうかしら。そうなったら専属ピアニストになってくれる?」
「ははは!喜んでお仕えいたします」
「今夜は最後よ?なるべくピアノの前にいて頂戴ね。勿論特別ボーナスを出すわ」
「はい、少しずつ休みながらでも今夜はずっと弾くつもりです」
「ありがとうロア。それからさっき渡した宝石覚えてる?一番高価だといったサファイア・・・それを贈って下さったご令嬢が先ほどみえたわ。今日も素敵なプレゼントを頂いてるわよ」
「どなたか教えていただけますか?」
ステージ横のカーテンから客席を覗きながらマダムが手招きする。
「ほら・・・真ん中のテーブルに座ってる濃紺のドレスにダイヤのネックレスをした・・・そうそうあの方よ。美しいご令嬢ね」
「ああ・・・本当に美しい方ですね。少しお話しをしても大丈夫ですか?」
「あら、今日はサービスが良いのね?そうね・・・厨房に行く通路の奥に連れて行って抱きしめてキスくらいしてあげたらどう?」
「いやぁぁ・・・そうかぁぁ・・・そうですね。そのくらいしましょうか」
「あら・・・断ると思ったのに・・・まあ任せるわ。スタッフに呼ばせましょう。あなたはスタンバイしておいて」
「畏まりました」




