黒髪の娘の覚悟
翌日には約束通り身代わりになってくれる女性と会うことになった。
先日の略奪騒ぎを起こした隣国の時計職人の娘でテラという名前で19歳だ。
父親が事故に遭い腕を怪我してしまったため仕事ができなくなり二女のテラが身売りしたという。
かなりかわいそうな状況だとティナは思ったが、当の本人はあっけらかんとしていた。
「もともと三人娘の誰かは売られるだろうと思っていましたし、そもそもそれほど子煩悩な親ではありませんでしたからね。姉は恋人がいますし、妹はまだ12歳ですから私しかいなかったのです」
「でも・・・」
「いえいえ、本当に気にしないでください。覚悟はとっくにできていますし、相手が誰であろうと私にとっては何も変わりません。むしろオーナーの情婦っていう立場なら恩の字ですよ」
「・・・心が痛むわ」
「ありがとうございます。私が売られた時に泣いてくれたのは妹だけでした。両親は渡されたお金を数えるに忙しく、連れていかれる私の顔さえ見ませんでしたから。今回のお話しは有難い位です。お金もたっぷり頂いて・・・これで妹を学校に入れてやれますから」
「妹さんはこちらに呼ぶの?」
「まあ、そのうちですかね。ジョルジュの親方が亡くなったら呼びますよ」
「ジョルジュさん・・・死ぬ予定なの?」
「私はそう聞いてますが?」
「・・・聞かなかったことにするわね」
「ははは!それが良さそうですね」
なんとも物騒な計画が進んでいるような話だが、ティナには関係ない。
時間も無いし早速『貴族のお嬢様風しゃべり方教室』を開催した。
本人は教会での無償学校に行っていたらしく、読み書きができるのは幸いだった。
約二時間カーテシーから始めて、姿勢の良い歩き方やお茶の飲み方を説明していった。
「テラさん。あなたスジがいいわぁ。元々姿勢も良いし細かい点に注意すれば立ち居振る舞いはすぐに習得できそうね」
「ありがとうございます。それにしても貴族のお嬢様って楽な商売じゃないですね・・・疲れます」
「ふふふ・・・そうかもしれないわね。お茶にしましょうね。あっ、それと今からあなたのことはティナと呼ぶわね?慣れたほうが良いでしょう?私のことはロアと呼んでください」
「わかりました。私は今日からティナです」
二人の様子を見ていたマダムラッテが声を掛けた。
「基本動作が呑み込めれば、後は反復練習ね。頑張るのよ?ティナ」
「はい。マダム」
「それとロアには少し厳しいかもしれないけど・・・念のため髪型を替えてはどうかしら。このあたりではやはり黒髪は珍しいし、腰まである今の長さは目立つわよ?」
「そうですね・・・髪は染めて切ります。でももう少し待ってください。あと数日・・・」
「わかったわ。時期はあなたに任せましょう」
「お気遣いありがとうございます。マダム」
そう言うとティナはマダムラッテに挨拶をしステージ衣装に着替えるため部屋を出た。
ティナの背中を見送ったマダムラッテはテラに言った。
「あんた、ジョルジュの顔は知ってるかい?」
「姐さんの所に来てるときに何度か見てます」
「あいつはあんたを知ってるのかい?」
「知らないと思いますよ?話したことも無いですし」
「あんたという人間の存在は知っているんだね?」
「さあ・・・どうでしょう・・・新しい娘が入ったという話を聞きつけて見せろとは言ってたようですが、姐さんが断ってましたから・・・」
「そうかい。なら良いんだけどね。今度のことは絶対に失敗できないんだ。わかってるね?」
「はい。私の命を賭けてでも成功させるよう言われています」
「わかってるのなら良いだろう。死ぬ気で演じ切るんだよ?期待してるからね」
「よろしくお願いします」
ティナと名乗ることになった娘の目には静かな決意が浮かんでいた。




