キリウスの暗躍
ティナはハーベストにエスコートされロビーに向かった。
騎士たちは朝早くから活動するため、夜勤護衛以外は夜も早い。
当然ながら夕食も早い時間に準備することになる。
今日のメニューはティナがビスタに伝授したレタスたっぷりのタルタルソースフィッシュバーガーだ。
カリっと揚げたポテトとオニオンもたっぷり添えられている。
体が資本の騎士たちの食欲は凄まじい。
ひとり三個計算で作っていたが、まさに消えるがごとく胃袋に詰め込まれていった。
「おいおい!お前たち!少しは遠慮というものをしないか!」
「え~殿下~・・・マジで旨いっすよ、コレ。いくらでも食べられます」
「えっ?そんなにか?」
「はい。そんなにです」
「俺にもひとつ寄越せ!」
とても厳格な主従関係とは思えないほど砕けた会話が弾んでいる。
ハーベストがワインを片手にバーガーに手を伸ばそうとしたときキリウスが帰ってきた。
「殿下、ご報告を」
「ああ、でもちょっと待ってくれ。今食べないと絶対に無くなる!」
「これは?丸いサンドイッチでしょうか?でもソースが独特ですね・・・」
「お前も早く食べないと無くなるぞ?」
厳しい表情だったキリウスが慌てて手に取り齧り付いた。
ハーベストとキリウスがほぼ同時に叫ぶ。
「う・・・旨い!」
そんな様子を見て安心したティナはキッチンに急いだ。
「ビスタ!追加が要るわ!」
「はい、ただいま!それにしても・・・私はもう100個以上作りましたよ?」
「それだけビスタのお料理が上手ってことよ!」
「いやぁ・・・お嬢様が仕入れてこられたレシピのお陰でしょう。あの店で出しているのですか?」
「あ・・・いえ、違うわ・・・これは・・・あっそうそう!お客様に教えていただいたの。異国の方だと思うわよ?」
「へぇ~。作るのも楽ですし良いメニューですね」
「ホントね」
「じゃあ私行くから。後はよろしくね」
「はい。畏まりました。お気をつけて」
「うん。ありがとう。二人とも頑張ってね!」
ティナは自室に戻り男装した。
静かに裏口にまわりクラブに出掛けて行った。
談笑していたキリウスが小さい声でハーベストに言った。
「出かけたようですね」
「ああ」
「影に追わせてます」
「場所がわかれば焦ることは無いさ」
「朝方の勤務先は押さえてありますが、勤務実態は明日の朝確認します」
「気づかれないように頼む」
無言で頷いたキリウスは二個目のフィッシュバーガーに手を伸ばした。
「それにしても・・・マジで旨いな」
ハーベストも負けじと二個目に齧り付いた。
賑やかだったロビーも徐々に人が減り、ビスタとリアが片付けをはじめている。
幾人かの若い騎士が手伝っている姿を微笑ましく見ながらハーベストは目線でキリウスに指示を出した。
小さく頷いたキリウスは残っている者たちに一声かけてハーベストと共に部屋に向かった。
静かにドアを閉めるとキリウスは眉間に皺を寄せて振り向いた。
「ランバーツって奴は酷いですねぇ。まあ奥方が後で操っているのでしょうが」
「そんなにか」
「ええ、想像の斜め上を行ってましたよ。この屋敷は娼婦館になる予定です。買い主はジャルジュという男で、賭博場や娼婦館などいろいろな商売をやっている小汚い奴です」
「この伝統的な屋敷が娼婦館か・・・なかなか雰囲気はあるかもな」
「ええ、そういう意味では目先の効く男なのでしょうね。評判は最悪でしたね。闇金融のような事もやっていましたし」
「なるほどな・・・屋敷の引き渡しはいつだ?」
「来月初めの予定です。ただティナロア嬢が私たちがいる事を理由に引き延ばしているようです」
「来月か・・・あと半月も無いのだな・・・その後はどうするのだろう。今まで通り市井で働くのだろうか?どちらにしても惨い事だな」
「そうですね・・・もうひとつ気になる噂がありまして」
「気になる噂?」
「ええ、そのジャルジュという男が酔った時に言ったらしいのですが、もうすぐ俺はお姫様の処女を頂くのだと・・・ご機嫌で叫んでいたそうです」
「何だと!そのお姫様というのは・・・まさかティナのことか?」
「それは分かりませんが可能性は高いでしょうね」
「じゃあ伯爵は・・・ランバーツは屋敷と一緒に娘も売ったのか!」
「おそらく。まあ伯爵の愛妾を手土産にするような奥方ですからね・・・やりかねない」
「許せんな!探し出して一家皆殺しにしてやろうか!」
「それはお止めしませんが・・・」
「なぜティナは・・・そこまで虐げられているのか!というよりなぜそこまで我慢するのだ!」
「母親の命と引き換えと考えているのでしょう・・・しかし、あの誇り高き貴族令嬢がこの仕打ちに耐えられるとは思えません・・・」
「っつ・・・もしや・・・ティナは死ぬ気か」
「その線も考慮すべきかと」
「・・・‥‥‥‥‥」




