そこはティナロアお嬢様の矜持という事で
「ティナ・・・」
ハーベストが呟くようにティナの名を口にした。
ビスタが続ける。
「絶対に皇子殿下や騎士の皆様に知られないようにと念を押されていますので・・・どうか」
「ああ、承知している」
キリウスはそれだけ言うのがやっとだった。
「市場にしても社交クラブにしても若い女性一人で働くには危険です。ですからティナロアお嬢様は男装までして・・・お可哀そうに・・・」
「ではあいつらが見たというのはティナロア嬢か!」
ハーベストとキリウスが顔を見合わせる。
「な・・・何という事だ・・・私たちはティナが命を削って稼いだ金で・・・」
「皇子殿下・・・それは違います。ティナロアお嬢様の矜持なのです。それがせめてもの・・・伯爵令嬢としての・・・どうかわかって上げてください・・・」
「‥‥‥‥」
キリウスの唇は強く噛みしめられうっすらと血が滲んでいた。
二人とも顔色が悪い。
「しかし・・・バカな家族・・・いや、家族とも言えんな。あいつらが出たのならティナも逃げることができただろうに・・・なぜこの屋敷に留まったのだ?」
「それは・・・残りの半金が支払われる条件が・・・あっ・・・いや・・・」
なかなか意味深な仕草だ。
「・・・?‥‥‥」
ハーベストたちは次の言葉を待ったが二人からはそれ以上何も語られなかった。
「それは先ほどリア嬢が言いかけたことと同じか?」
「と・・・とにかくティナロアお嬢様やこのリアが殿方を屋敷に呼んでいるなど誤解です。それどころかお嬢様は今まで男性にエスコートされたことさえ無いのです。そのことはどうか・・・どうか分かって差し上げてください。そうでないとこんなにも皇子殿下をお慕いしておられるお嬢様が・・・あっ!これはとんでもないことを・・・申し訳ございません。私は夕食の準備に行かないと・・・失礼いたします」
ビスタは逃げるように部屋を辞した。
暫しの沈黙の後ハーベストが口を開いた。
「まさか・・・そんな話あるか?どんだけ酷いんだよ・・・」
「しかし嘘をついているようには見えませんでしたね・・・少し探ってみましょう」
「ああ、疑うわけではないが・・・あのか細いご令嬢が食堂で?にわかには信じられんな」
「ええ・・・あまり広げたくないので私が動きましょう」
「そうしてくれ。さっきの二人にもう一度探りを入れてくれないか。詳細が知りたい」
キリウスは小さく一礼して部屋を出た。




