最終話
アルベッシュ帝国で一番大きな聖堂の鐘が鳴り響くと、市民たちは一斉に仕事の手を止めて空を仰いだ。
結婚式にはティナに所縁のある人たちが招かれていた。
ベルツ王国からはユリアとキアヌ、ハロッズやロバート、ワンドの顔も揃っていた。
祭壇にはアルベッシュ帝国の神官とともにオルフェウス大神官と大神官となったフェルナンドが立っている。
その左右には神が遣わした聖人たちが所狭しと並んでいた。
ナサーリアは聖女の衣装を身に纏い、ピアノを前に緊張の面持ちで座っていた。
マダムラッテをエスコートするアランとテラ夫婦。
大きなお腹を抱えたリアを気遣うジャンとビスタ。
教会の周りはシルバー卿が指揮する連合軍と共に、アルベッシュ帝国の騎士団が守りを固めている。
マリアンヌとキリウスは介添人として祭壇の下に控えていた。
聖堂の大扉が開き、純白の衣装を纏ったハーベストがティナを抱いて入場してきた。
ティナのドレスはハーベストの色がちりばめられ、金糸の刺繍とブルーダイヤモンドがきらめいている。
ハーベストの横にはしっかりと妹を抱きしめるアーレントの姿があった。
大人しく兄に抱かれているマーガレットのおくるみはティナのベールと同じ意匠だ。
アーレントの衣装は父親であるハーベストと全く同じデザインで作られていた。
ブーケを胸の上に置いてもらったティナの顔は幸せで溢れている。
ハーベストは一瞬たりともティナの顔から目を離さず、そのすべてを記憶に焼き付けようとしていた。
美しい絵画のようなその光景は、人々の記憶に刻み込まれていく。
その場にいる全員はもとより、国中が二人の結婚式を心から祝い涙を流した。
厳かな声でオルフェウス大神官が祝福を与え、二人は永遠の愛を誓った。
大神官の誓いのキスをという言葉と同時に、聖人たちが光の粒を降らせ聖堂中の輝かせ、ナサーリアの奏でるピアノ曲が美しく響き渡った。
ティナの体を気遣ったハーベストはパレードに反対したが、ティナのたっての希望で大通りだけで開催された。
大通りは猫が歩くほどの隙間もないほどの人で埋め尽くされ、無数の花弁が風に舞った。
その間もハーベストはティナを離すことなく抱き続け、そして泣き続けた。
皇居に戻ったティナはすぐに自室に寝かされた。
その夜はハーベストと二人の子供たちだけで過ごし、最後の時間を分かち合った。
次の日の朝、ハーベストによって開かれた部屋には次々に面会客が訪れた。
その時には既にティナに意識は無く、人々はティナに感謝の言葉だけをかけて退出していった。
全ての面会客が部屋を出たあと、ハーベストは子供たちと一緒にティナの枕元に寄り添った。
面会を終えても帰る者は誰一人おらず、廊下は人であふれている。
ハーベストはティナの顔中に口づけを繰り返し、アーレントはティナの掌に顔を埋めていた。
マーガレットはティナの枕元に寝かされ、すやすやと寝息を立てている。
ぴくっとティナの瞼が動き、静かに息が止まった。
ハーベストはアーレントと共にティナの亡骸に跪き、永遠の愛を誓い別れの言葉とした。
アルベッシュ帝国で一番大きな聖堂の鐘が再び鳴り響くと、市民たちは一斉に仕事の手を止めて黙祷を捧げた。
アルベッシュ帝国の皇后でありベルツ王国伯爵であったティナロア享年27歳。
ティナ・ブロウズが神の願いにより転生して10年の月日が流れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ティナ、見てみろよ。随分変わっちゃてるぞ~』
『え~なになに?あら?最後に持ってきた歴史書じゃん。懐かしいわねぇ』
『ほら、一番変わってるのは国境だな』
『あらホント!アルベッシュ帝国が半分の大きさじゃないの』
『ああ、ハーベストが侵略戦争止めたからだな』
『でも国力は変わる前の倍なんだね・・・やっぱり戦争じゃあ豊かになれないのよ』
『それに見てみろよ。例のエイアール国って無くなってんじゃん』
『へぇ~・・あら国連直轄地になったのね。条約機構本部がまるっと使ってるんだわ・・・凄いね。キアヌ頑張ったねぇ』
『それにアルベッシュ家の家系図!凄いなぁ・・・』
『あらあら本当にハーベスト再婚しなかったのね・・・確かずっと前に図書館で見たとき側妃が20人くらいいなかった?子だくさんだったし』
『もっと多かっただろ?なのにお前との子供だけだもんな・・・愛されてんなぁ~お前』
『そうね、でもちょこちょこ覗きに行ってたから、正直あまり死に別れた実感が無いのよねぇ・・・私には』
『お前にはなくても、あっちは大変だったんじゃね?ハーベストより子供たちの方が立ち直るの早かったもんなぁ』
『ああ、あれはキリウスとマリアンヌのお陰よね・・・』
『あれから何年経ったかな』
『そうねぇ・・・ナサーリアが番としてこっちに来てからもかなり経つから・・・百年くらい?』
『そんなにか?まあそんなものか』
『それにしてもあなたは飽きないわ』
『ああ、お前も相変わらず楽しませてくれるよ。愛してる。これも全然変わらない』
『ありがとうアル。私もずっとずっと愛してるし、愛し続ける自信があるわ』
『やっぱりあの時お前を選んでよかったよ』
『そういえば、なぜ私だったの?』
『・・・好みの子だと思ったから』
『それって・・・ナンパ?』
『まあ・・・そうとも言う』
『ふふふ・・・ねえ久しぶりに行かない?』
『ああ、あの手がべとべとになるけど、妙に癖になる鶏の揚げたヤツ?』
『うん』
『よし行こう!』
二人は手をつないで時空の門をくぐり抜けた。
おしまい
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予定より長編になってしまいました。
長い間お付き合いいただき感謝しています。
処女作だったのでかなり苦労もしましたが、とても勉強になりました。
次作もぼちぼち投稿を開始します。
よろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。




