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命に代えて

その頃ティナはリリアンと一緒に部屋でお茶を楽しんでいた。

楽しんでいたといっても二人の周りには五人の女性騎士が取り囲んでいるので落ち着かない。


「ここまでする必要が?」


ティナが溜息を吐きながら言う。


「あら、まだ足りないとお考えのご様子だったわよ?」


「・・・ふぅぅぅぅ」


ふとティナが視線を窓に向けたとき、頭の中で神の声が響いた。


『ティナ!アーレントだ!アーレントがターゲットだ!急げ!』


ティナはティーカップを放りだしてドアに向かって走った。

リリアンは呆気にとられて動けない。

数秒遅れて女性騎士たちがティナを追った。


ドアの外で控えていた護衛騎士たちの間を走り抜け、パーティー会場に向かうティナ。

騎士たちにとって、どのような奇襲にも対応できるよう重たい鎧を来ていたことが仇となった。


比較的身軽な装備の女性騎士がティナに追いすがるが、とても妊婦とは思えないほどのスピードで駆けていくティナ。


『頑張れティナ!ナサーリアは会場を出たはずだ。アーレントの横にはマリアンヌがいる』


神の声は聖女であるナサーリアにも聞こえたが、ナサーリアの声は娘を安全な場所に移動することで精一杯のハロッズ侯爵には届かない。

ただひたすらアーレントの名を叫ぶナサーリアは、父親に抱えられて会場から遠ざかった。


会場の熱気は最高潮に達し、参加者たちがアーレントの顔を見ようとすぐ近くまで来る。

その人波がマリアンヌに近寄ろうとするキリウスの行く手を阻む。

ハーベストはアーレントを助けるために近寄ろうとしているが、動けないでいた。


「どけ!どいてくれ!」


ハーベストもキリウスも声の限りに叫ぶが誰の耳にも届かない。

マリアンヌは大勢の人に怯えるアーレントを励ましながら、少しでも人の少ない方へ誘導していた。


ティナは勢いのまま会場に走り込み、アーレントの姿を探す。

人ごみを避ける様に一段高い場所に向って行くマリアンヌとアーレントの姿を捉えたとき、再び神の叫び声が聞こえた。


『ティナ!飛ばすぞ!腹を庇え!』


とっさに体を丸めて腹を両手で包み込むティナ。

その刹那、ふわっとした感覚を覚え一瞬のうちにアーレントの前まで移動していた。


『ティナ!後ろだ!二階のバルコニー!』


神が叫んだと同時にエイアール国王も叫んでいた。


「構わん!マリアンヌごと殺せ!」


その声に振り向いたキアヌは、エイアール国王に飛び掛かりねじ伏せた。

横にいたローマン国のヘラクルスは呆然としていたが、キアヌに加勢するべく逃れようとするエイアール国王を羽交い絞めにした。


暗殺者はターゲットを体で隠す自国の姫の姿に、ボーガンを放つタイミングを逸していた。

国王の声に我に返り、もう一度狙いを定める。

まさに矢を放とうとした瞬間、振り返ったティナと目が合った。


アーレントに覆いかぶさるマリアンヌの前に立ちはだかるティナは両手で腹を庇いながらも、暗殺者を睨みつけていた。

シュッという風を切る音がティナの耳に届いた時、レナード達がバルコニーに到達した。


『ティナ!避けろ』


神の声が聞こえたがティナは微動だにしない。

睨みつけるティナにとって、その数秒はスローモーションのように長く感じた。


ピシュッ


暗殺者が放ったボウガンの矢はティナの首筋を貫いた。

ハーベストとキリウスが群がる首脳たちを投げ飛ばしながら近づいてくる。

レナードは暗殺者を殴り倒しながら、その光景を見ていた。

上がる血しぶきに近寄っていた首脳たちの動きが止まり、会場中が静まり返った。


「ティナ!」


ハーベストが血に染まったティナを抱き上げ、矢をへし折る。


「しっかりしろ!ティナ!」


キリウスが壇上から指示を飛ばし、首脳たちは騎士によって安全な壁際に移動させられた。


「医者は!医者はまだか!」


ハーベストの声だけが会場に響く。

やっと父親の手からすり抜けたナサーリアが駆け込んできた。


「ティナ様!」


「かあさま!かあさま!」


マリアンヌの下から這い出たアーレントがティナに縋りついていた。

ティナが息をするたびに傷口から血が溢れ、ハーベストの盛装もアーレントのそれも真っ赤に染まっていた。


『ティナ!気をしっかり持て!サーリが来た!死ぬんじゃないぞ!』


ティナがうっすらと目を開けた。


「・・・アーレ・・ント・・は?」


「ああ、無事だよ。お前が守ったんだ。傷ひとつ付いてはいない」


ハーベストが涙を流しながら返事をした。


「かあさま・・・かあさま・・・」


アーレントはティナに抱きついて泣きじゃくっていた。


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