ハーベストの提案
お道化るティナのお陰で雰囲気が柔らかくなった。
そして全員が意を決したように立ち上がり、秘密会議は散会した。
それから当日までの間、王城内外で秘密裏に訓練が繰り返され、否が応にも緊張感が高まる中、各国の首脳たちが再びアルベッシュ帝国に集まってきた。
明日が本番という夜、夕方のまだ早い時間にキリウスとマリアンヌが揃ってティナの部屋を訪れた。
「いよいよですわね、キリウス様もマリアンヌ様も・・・どうぞアーレントとハーベスト様をよろしくお願いいたします」
マリアンヌが目に涙をためながら何度も頷く。
「本当に・・・兄が・・・申し訳ございません・・・」
「もうそれは仰らないで下さいませね?私たちは同志ですわ。それに私はただ守られているだけの無力な身です。お辛いお体ですのに、こちらこそ申し訳なく存じておりますわ」
二人は抱き合って明日の健闘を誓いあった。
帰り際にキリウスがティナに向き直って何も言わずに抱きしめる。
キリウスの万感の思いと覚悟を受け取ったティナは大きくひとつ頷いて笑顔で送り出した。
入れ違いに何も知らないナサーリアがキアヌとハロッズ侯爵と一緒に入ってきた。
「まあ!サーリ様。お久しぶりですわね。もうすっかり淑女になられて・・・お美しいわ」
「ティナロア様!お久しぶりでございます。もうすぐお二人目と伺って私とても楽しみにしておりますのよ?」
「ありがとうございます。よろしければ祝福をいただけますか?」
「はい、喜んで」
ナサーリアがティナのお腹に手を当てて祈った。
ぽわっと温かくなったお腹の中で胎児が動いている。
「あらあら、ずいぶん嬉しそうに動きましたわ。ありがとうございます」
「女の子ですね。おめでとうございます」
「女の子ですか!嬉しいわ」
「きっとティナ様にそっくりの美人さんですわね」
キアヌが口を開く。
「女の子なの?そりゃ大変だぁ~皇帝は絶対にお嫁に行かせないだろうね」
ハロッズ侯爵も笑いながら言う。
「ええ、私も娘達は嫁にやりたくありませんからね。陛下のお気持ちは痛いほど・・・」
「え?侯爵はナサーリアをお嫁に行かせないの?そりゃ兄さんが可愛そうだな」
ハロッズ侯爵が大きく咳込んだ。
その後も懐かしい顔ぶれが挨拶に訪れ、ティナは忙しく過ごした。
ひと段落した頃、ノックの音が部屋に響き、ハーベストがアーレントを抱いて入ってきた。
「ティナ!」「母上!」
ティナにとってこの世で最も愛しい男たちがティナに駆け寄る。
アーレントを真ん中にして三人は抱き合った。
ティナが女の子かもしれないという話をすると、ハーベストもアーレントも大喜びだった。
夕食はティナの部屋で親子水入らずでとることになり、ハーベストとアーレントは一緒に湯あみに向かった。
ベッドに腰かけ大きなお腹を摩りながらティナは神に話しかけた。
『アル?いるんでしょ?』
『もちろん!いつでもお前の側にいるさ』
『ねえ・・・明日、大丈夫よね?』
『できることは全部やってるしなあ、あいつらは本当によく頑張っている。手が出せない俺は悔しいばかりだ』
『何か起こりそうなら事前に分かるの?』
『神に見えるのは直前のことだけだな。あとは状況を分析した結果の予想だ。だから番のことも判らなかっただろう?』
『そうね、あの時は焦ってたもんね?今思うと懐かしい感じだわ』
『そうだな。改めて礼を言うよ。お前を選んで良かった』
『あら?今日は謙虚じゃない。明日はナサーリアの側にいてあげてよ?もしナサーリアに何かあったら今までの苦労が全て無駄になってしまう』
『ああ、そのつもりだ。でもサーリには最大級の加護を与えたからあまり心配はしていない。それよりお前が心配だ』
『私は大丈夫でしょ?だって本当に私は聖女の力もないし、危険を冒して攫ってみたけど偽物でしたっていうのが笑えないオチだから』
『オチって・・・お前って相変わらず呑気だなぁ』
『そうね。まあこれだけの経験すれば肝も据わるわよ』
『違いない。ああ、そう言えば今日サーリが言ってたことホントだから』
『そうなの?女の子?』
『ああ、今回も俺に名付けさせてくれないかなぁ~』
『いやいや今回は無理でしょ』
『やっぱり?まあアーレントは俺が名付けたし、今回は譲ってやるかな』
『ええ、あなたが名付けたアーレントは私が守り抜いてみせるから安心していて?』
『わかった・・・おっ?風呂から出たみたいだな。明日はいい子にしてるんだぞ?ティナ』
『うん。おやすみアル』
夜着に着替えた二人が戻ってきた。
すぐに夕食の準備がされ、三人は楽しそうに話しながら晩餐を楽しむ。
アーレントが寝室に連れていかれた後、ティナが浴場に向かうとハーベストがついてきた。
先にベッドに入っていてというティナをキスで黙らせると、ハーベストは裸のティナを抱き上げて湯船に浸かった。
愛おしそうにティナの腹を撫でるハーベストは世界で一番幸せだと何度も何度も繰り返した。
そんなハーベストの輝くような金髪を指ですくい取りながらティナも幸せを噛みしめた。
「明日だな」
「ええ、明日ね」
「終わったら結婚式をあげよう」
「結婚式?今更?」
「今更なものか、右腕にティナ、左腕にはアーレント。そしてこの子はティナが抱いている・・・素晴らしい結婚式だと思わないか?」
「そうね・・・素敵ね」
ハーベストは蕩けるような笑顔を浮かべてティナに深い口づけをした。




