突然のお披露目
ティナの肩を離さないまま、ハーベストの喉がごくっと動き、大きく息が吸い込まれた。
「皆様にこの場を借りてご報告申し上げたい。ここにいるティナロア・ランバーツは我が最愛の人であり、既に私との間に子を成している。ご存じの通り我が国の王位継承者には生まれ持って浮き出る痣があるが、すでにそれも確認済である」
そこまで一息に言ったハーベストは一度ティナと目を合わせた。
「私たちが正式に成婚を発表せず、この場での報告だけに留めている理由は二つある。ひとつは我が国の承継問題だが、これは既に解決済みである事はご承知の通りだ」
いつの間に入ってきたのかハーベストの横に王弟であるハーベンが立った。
「我がアルベッシュ帝国の皇帝は、ハーベスト・ルドルフ・ローリエ・アルベッシュである事を改めて申し上げます。弟として現在のところ王位継承権第一位である私は、皇帝とティナロア・ランバーツ伯爵の間に生まれた第一子であるアーレント皇子の皇太子即位と同時に臣籍降下し、王族より離脱する事をここに宣言いたします」
会場がどよめき空気が揺れた。
この席で条約についての演説をすることは納得していたティナだったが、ハーベストとハーベンの行動は全く予想だにしていなかった。
ハーベストの正妃を望んでいたわけではないティナは動揺し、ハーベストに向って言葉を発しようとするが、がっちりと肩をホールドされており、動くこともできない。
『ティナ、これでよかったのではないか?これでアーレントを守りやすくなったぞ』
『でも・・・私は何もできないよ?今更勉強するのも嫌だし』
『大丈夫だよティナ。さあ笑えよ、俺はお前の笑顔が一番好きだ。あとヤッてる時のエロい顔も好きだ』
神の声にティナは吹き出して俯いた。
ハーベストがティナの顔を覗き込んで美しい笑顔を浮かべる。
「そして二つ目。それが今回の議題である相互不可侵条約の締結とその運営機構の設立である。まだまだ解決せねばならない事は多い。しかし、戦争は国民のためにならないという一点だけでも同意できたことは歴史的にも大きな前進であると思う。これは全人類の悲願であり、ここに居るティナロア・ランバーツの命を賭した提言から始まったものだ。これらの成就を最優先としたいという本人の意向を受け入れたのがその理由である」
会場は湖面のごとく静まり返っている。
一度全員の顔を見回したハーベストが続けた。
「発起国はベルツ王国。第一王子と第二王子の身を粉にした働きと自国のみならず他国の平和も視野に入れた博愛的行動には、ここに居る全員が心からの感謝を捧げるべきであろう」
ハーベストがティナの方から手を離し、拍手を始めた。
その拍手はさざ波のように会場中に広がる。
ベルツ王国の代表として参加しているユリア第一王子とハロッズ侯爵は立ち上がりお辞儀をした。
拍手が納まるのを待ってハーベストは続けた。
「ベルツ王国からの提言に全面的に賛同した我が帝国は、あらゆる面で協力を惜しまないことをここに誓おう。そして本案件を一番理解しているベルツ王国こそが筆頭理事国となり、運営機構本部を有する国となる事がふさわしと思うが如何だろうか」
出席者全員が拍手で同意を示す。
ユリア王子がゆっくりと再び立ち上がって声を上げた。
「我がベルツ王国に全幅の信頼を置いてくださったアルベッシュ帝国並びにご出席の皆様に改めてお礼を申し上げます。我がベルツ王国は相互不可侵条約機構の筆頭理事国となり、事務局を国内に設立した暁には、永世中立国として参加国全ての平和のために全力を尽くすことをここに宣言いたします」
会場には再びどよめきが起こった。
そして割れんばかりの拍手の渦が会場全体を包み込む。
ティナはその光景に心を揺さぶられるほどの感動を覚えた。
「ティナ?泣いているのか?」
ハーベストがそっとティナの頬に指先でふれた。
「泣いてる?わたくし・・・泣いておりまして?」
「ああ、どんな宝石よりも美しい涙が零れ落ちている。ティナ・・・ダメだ。そんな顔を俺以外に見せては・・・見た男全員を殺したくなる」
「ハーベスト様?」
「冗談だよ。怒った顔もかわいいな、ティナ」
キリウスが後ろからハーベストに言葉をかけた。
「アル、このまま議題を進めるぞ。レディティナはこちらにご着席ください。ご苦労様でしたね。素晴らしい演説でしたよ」
キリウスに手を取ってもらい、ティナはキリウスの横に座った。
ハーベストは立ったまま壇上で議長を続けるが、自分から離れたティナを未練がましい目で追っている。
ハーベンも壇上から降りて、会場のアルベッシュ帝国メンバーと合流した。
その日の会議は予定されていた議題を全て終え、後は詳細を詰める分科会に委ねられることとなった。
分科会のメンバーや参加人数などを決めるための会議は今後も続くが、今回の主要メンバーによる全体会議も残すところ後三日だ。
最終日には盛大なパーティーが開かれ、一触即発だった隣国の首脳同士が談笑する姿があちこちで見られた。
ハーベストやキリウスが目を光らせているためか、エイアール国王も要注意国として注視している数か国も目立った動きは見せなかった。
このパーティーが終われば大きな危険は回避できると考えていたキリウスが、ふとエイアール国王の姿を目で追った。
アルベッシュ帝国の貴族たちは幹事国としてほぼ全員参加しているのだが、エイアール国王のテーブルに寄ってくる者たちの顔ぶれにふと不安を覚えたキリウス。
キリウスがじっと見ている先を確認したレナード伯爵がポンとキリウスの肩を叩いてそちらに向かった。
隣のテーブルに近寄り、世間話をしながらエイアール国王たちの会話に注意を向ける。
元戦友であり、同じ騎士として切磋琢磨したレナードの行動にキリウスは笑みを浮かべた。
翌日は早朝から首脳たちの帰国ラッシュが始まった。
その混雑は夕方まで続き、ハーベストやキリウス、ティナがソファーに座れたのは日付が変わる前だった。




