罠を仕掛ける
キアヌは普段と変わらない飄々とした声で言った。
「要するに、エイアール国の王様は近隣国から攻め込まれたときに助けてくれる確約が欲しいのですよね?だから一番の強豪国であるアルベッシュ帝国とつながりが欲しい」
マリアンヌがキリウスからハンカチを受け取りながら頷いた。
「左様でございます」
キアヌが小首をかしげて言葉を続ける。
「言い換えるなら、守ってくれる確約が手に入れば問題ないはずです」
ハーベストがティナの横に座りながら口を開く。
「まあそうだな。さすがに妻の実家が攻められているとなると、俺でも助けるな」
「ですよね?なので、ここは一度攻め込まれるという妄想を現実に体験させてあげましょう。そして頃合いを見て助けて信用させる」
「「「悪くない」」」
キアヌがニッと悪そうな笑顔になる。
「エイアール国の東にあるじゃないですか、打ってつけの国が」
キリウスが膝を叩いた。
「ローマン国か!」
「ええ、ちょっと突けばすぐに動き出すでしょう?そこの王様は政策も戦略も苦手だけど好戦的だ。戦場にも自ら駆けつけるほどの腕自慢だし。でも本当はそれほどの腕でもない」
キリウスが困ったような顔で応じた。
「ああ、その裏話は結構有名ですよね・・・可愛そうだから誰も触れないけど。正に裸の王様状態ですものね」
「あそこの王太子はなかなか使える奴ですよ。僕は何度か会ったことがあるのですが、父親を諫め続けているために疎まれて、今はエイアールとの国境の地で冷や飯食わされてます」
ハーベストがニヤッと笑った。
「じゃあこの際だから頭をすげ替えようという作戦だな?」
「ご明察です。ローマン国にはエイアール国からちょっかいを出されたと思わせて、エイアール国にはいきなりローマン国が攻め込んできたと思わせる・・・恐らくエイアール国に押し返すほどの戦力はない。そうでしょう?」
マリアンヌが頷いた。
「ええ、父王亡き後即位した長兄のやり方に諫言を繰り返していた騎士団長や辺境伯などが一斉に引退させられましたから。戦力はほぼ無いに等しいかと・・・」
キアヌが言った。
「絶好のチャンスです!」
ハーベストがキアヌに言った。
「お主もワルよのぉ~」
そこからの動きは早かった。
キリウスが影を使って、ローマン国が攻め込むという噂をエイアール国に流す。
キアヌは秘密裏に出国しローマン国第一王子と会って説得し密約を交わした。
キリウスの配下がローマン国から出る荷馬車を襲い偽装強奪を繰り返し、エイアール国の存在を匂わせる証拠をわざと残す。
さすが戦闘狂と呼ばれるローマン国王はたった数回の誘いで乗り出してきた。
ローマン国の先陣を任されたのはキアヌと密約を交わしている第一王子だ。
国境を越えて攻め込んだローマン国を迎え撃つのは、経験不足が否めない兵士と駆り出された農民達。
第一王子はわざと一進一退を繰り返しつつ、当初の計画通りに死者は出さず、捕虜として確保していき戦力を削いでいく。
焦ったエイアール国王からアルベッシュ帝国に救援依頼の親書が届くまでひと月もかからなかった。
「来たぞ!さあイース、お前の出番だ」
ハーベストはかなり面白がっている。
「ああ、では皇帝の全権委任を受けた私が見事に捌いてきましょう」
キリウスもノリノリだった。
武装して救援に駆けつけたアルベッシュ帝国の宰相キリウスは、エイアール国王を伴って戦地に赴いた。
一気に片をつけられない第一王子に業を煮やしたローマン国王は自ら先陣に立っている。
キリウスは形だけの和平交渉を持ち掛け、予定通り失敗。
その席でローマン国王を煽り続けて一騎打ちを持ち掛けた。
「宰相殿、このところ執務ばかりで腕が鈍っているでしょう?私が出ますよ」
キリウスと付き合いの長い騎士団長であるロンダート卿が笑顔で話しかける。
「バカを言うな、俺が負けるとでも?」
「いや?どうでしょうねぇ・・・ははは!まあ、ここは譲りましょうか」
「では、ありがたく」
キリウスはそう言うとエイアール国王が見ていることを確認してから馬を駆った。
ローマン国王が単騎で受けて立つ。
その後で第一王子が兵士たちの動きを抑えている。
勝負はすれ違いざまの一瞬で終わった。
騎乗のまま首を切り飛ばされたローマン国王は、その首から血を吹き出しながら落馬した。
一部始終を最前列で見ていたエイアール国王はキリウスの強さに感動していた。
キリウスに出番を譲った騎士はニヤッと笑いながら独り言を呟いた。
「はい!八百長試合終了~」
父王の死を確認した第一王子は、その遺体を回収し兵をまとめてすぐに退却した。
追い打ちを掛けようとするエイアール国王を宥めながら帝国軍も戦場を後にする。
エイアール国の王宮に入ったキリウス達はすぐさま国王との交渉を始めた。
敵将の血糊が付いた鎧のままでいるのも作戦のうちだ。
今後も有事には援軍を送ることを約束し、不可侵条約機構関連会議への参加とマリアンヌ姫に対する命令の撤回を求めた。
会議への参加はすぐに同意を得たが、皇帝の正妃の座を射止めろというマリアンヌに対する命令の撤回には渋り続けた。
(これも予定通り・・・)
にやけそうになるのを必死に堪えながら、キリウスは切り出した。
「我が帝国のハーベスト皇帝には既に将来を約束された聖女とも呼ばれるお方がおられるのです。もちろん側妃を迎える予定もありません。ですのでマリアンヌ皇女殿下をお責めになるのは止めていただきたい」
「皇帝のご婚約者が聖女?」
「ええ、そう呼ばれるほど素晴らしい方ですし、皇帝も心から愛しておられます」
「妹では無理という事か・・・それなら帰国させて・・・なるほど聖女か・・・」
「陛下・・・私、キリウス・レーベンはマリアンヌ皇女殿下を愛しています」
「その話は妹から聞いているが・・・やはり妹には政略結婚をさせるしかないのだ。我が国は弱小国ですから強国との血のつながりが必要だ」
「でしたら尚のこと姫は私にいただきたい。先ほども言いましたが、私はアルベッシュ帝国の宰相であり、皇帝の幼馴染で親友です。ハーベスト皇帝は私の言であれば無条件で聞き入れてくださいます。むしろ嫌がる皇帝と愛のない婚姻をさせるより、私と血縁を持った方が得策ですよ?私は愛する妻の母国を絶対に見捨てませんから」
「・・・」
「それにハーベスト皇帝は私達の子供を皇太子妃にすると宣言されております」
「皇太子妃・・・なるほど」
「お分かりいただけましたか?」
「・・・帝国の現宰相の義兄で次期皇帝の叔父かぁ・・・それに聖女とは・・・悪くない」
二人は立ち上がって握手をした。
その報を受け取ったマリアンヌはティナと抱き合って喜んだ。
ほぼ同時にローマン国の第一王子が国王として即位した。
繰り返される戦争に疲弊していた貴族も国民も、平和路線を掲げる新王を歓迎した。
即位式にはハーベストとキアヌも招かれ、その場で不可侵条約会議への参加も決まった。




