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池の畔の白い花

計画は順調に履行され、べルーシュはレックスに連れられてヌーベル男爵城に入った。

べルーシュは心酔しているご主人様であるレックスを喜ばせるために、ヌーベル男爵の調教に耐え抜いた。


今では常時素っ裸で首輪をされ、ヌーベル男爵のペットと化しているらしい。

そんな状況に慣れていったべルーシュはいつの間にか姿を見せなくなったレックスのことを忘れた。

今では同じ趣味を持つ貴族たちが集まるヌーベル男爵主催の仮面夜会で、どんな要求でもこなすマゾの女王として崇められている。


ティナもハーベストとキリウス、リリアンとレナードというメンバーで一度だけ見物に行ったが、全員が吐き気を覚えたため早々に退散した。

帰りの馬車でリリアンが口にした「水を得た魚のようでしたわね」という言葉が妙に耳に残った。


長女のベラは予定通り負けたチップの清算を迫られ、いつものようにレナードの顔を見たが、氷のような表情のレナードに酷い言葉で罵られ捨てられた。

その様子を例の四人はポーカーテーブルから見ていた。


こちらは母親の時とは違い冷静に最後まで見る事ができたが、買主に連れていかれる瞬間まで涙を見せなかったベラをティナは少し尊敬した。

その後の話では、ベラの中にサディストの可能性を見出した娼館主によって教育を施され、今では超売れっ子のサドの女王として指名が絶えないという。


母親はマゾ界で、長女はサド界でそれぞれミューズの名声を欲しいままにしていることを聞いたティナとリリアンは、この復讐が成功だったのか失敗だったのか分からないと言いながら笑いあった。


ヌーベル男爵と娼館が払った二人分の代金は、無事に出資者キリウスの手に戻った。

キリウスはその金でマリアンヌ姫を迎えるための屋敷を新築すると意気込んでいる。

神からティナロア伯爵令嬢の魂が無事に到着し、神池のほとりに咲く白い花になったことを聞いたティナは心から安らかな眠りを祈った。


そんな日々の中でも工事は進むし、アーレントは成長する。

今では護衛騎士について騎士団の訓練所を走り、軽い模擬剣をもらって振り回しているアーレント。

ティナは我儘に育たないよう、厳しく躾けてくれるならと訓練所への出入りを許した。

それを聞いたハーベストは分隊長を務めているウェンディア・ローランドをアーレント教育係として任命した。

彼はティナの家に先触れとして来た騎士だった。


皇后不在の補佐をするという理由でリリアンは本館に移り住んだ。

そのリリアンの遠縁の者としてティナも移り住んでいる。

キアヌも事務局の隣室を居室として与えられていた。

借りていた屋敷の料理担当達はそのまま屋敷に住み、屋台に出すフィッシュバーガーを作っている。

アーレントの世話をしてくれていたシスターはティナと一緒に城に移り、その他のメイド達はベルツ王国に帰っていった。


ティナのもとに事故発生の一報がもたらされたのは、リリアンと一緒にお茶を楽しんでいた午後のことだった。


「現場はどこですか!」


顔色を悪くしたティナが立ち上がる。


「ダム工事の現場です。数日の雨で足場の基礎が緩んでいたようで崩れました」


「けが人は?」


「数名が行方不明です。おそらく土砂に崩落に巻き込まれたものと・・・」


「すぐに向かいます」


「いやダメです・・・危険ですから」


「いいえ、向かいます。すぐに準備をしてください」


ティナが従者に強い口調で言っていた時ドアが開いた。


「ティナロア嬢!」


「キアヌ殿下・・・ご無事だったのですね・・・良かった」


「うん、今日は条約機構の会議があってね。難は逃れたが・・・僕はすぐに現場に向かう」


「私も行きます」


「ダメだティナ。君はここに残ってくれ。状況がわからないから危険だよ」


「私には少しですが神から与えられた癒しの力があります。お役に立てると思います」


「そうか・・・わかった。皇帝が許可するなら一緒に行こう」


「すぐハーベスト様に会ってまいります」


その時リリアンがゆっくりと立ち上がった。


「行ってはなりませんティナロア」


「お母様!」


「アーレントを残していくのですか?何かあったらアーレントはどうします?」


「でも・・・」


「ダメです。ティナロア、お座りなさい。あなたは母親なのですよ!」


ティナは崩れるように椅子に座る。

リリアンはキアヌの方に向き直った。


「ベルツ王国第二王子殿下にご挨拶申し上げます。お聞き及びの通りティナロアはここに残します。そして皇居にある聖堂で皆様がお帰りになるまで神に祈らせましょう」


「さすが母君だ。そうしていただけると助かります。ではティナロア嬢、僕はすぐに向かうから。到着したら状況を知らせるよ」


「キアヌ殿下・・・」


「神に祈っていてくれ」


「・・・わかりました」


アーレントをリリアンとシスターに託し、ティナは部屋を出た。

執務室をのぞいたがハーベストにもキリウスにも会えなかった。

対応に追われているのだろう。

侍従を呼び聖堂に案内を頼んだティナは一旦部屋に戻り聖女の服を身に纏う。

真っ白な聖女の服を着たティナが部屋から出ると、侍従も侍女もメイドもあまりの清らかさに膝をついて頭を垂れた。


「さあ急ぎましょう」


ティナが侍従を促し聖堂に向かった。

聖水で身を清め祭壇の前に跪くティナの周りにはキラキラした光の粒が舞っている。

ステンドグラスの光を浴びて神々しいまでに光り輝くその姿はまさに圧巻だった。


『アル・・・どうなの?現場は』


『思ったより地盤が軟弱だった。調査隊が計測した箇所より下の地層から地滑りを起こしている』


『被害者は多いの?』


『足場の上にいた者は表層部分に少し埋まっていただけだからすぐに救出されたが、足場の下にいた者は助からないだろう』


『どうにかならないの?』


『ならないわけではないが、するべきではない』


『なぜ?彼らにも家族があり友がいるわ』


『うん。だがここで助けると同じことが何度も起こるぞ。人間は慢心する生き物だ。それだけ危険な工事だということを再認識することで、今後の危険を回避できるはずだ』


『でも・・・』


『大事を成すためには必要な犠牲だ。犠牲となった者たちの遺族に手厚い保証をするんだ。そのことで工事人への応募も増えるし、危機管理も徹底できる。割り切るんだティナ』


『うん・・・アルが言っていることはわかる・・・頭ではね』


『ああ・・・辛いよな?お前を抱きしめてやれないことがもどかしい』


『アル。ありがとうね、心配してくれて。私はここで祈りを捧げるわ』


『お前の頼みなら祈らなくても叶えるぞ?』


不謹慎だったがティナは吹き出してしまった。

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