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いざ帝国へ

ティナが帰るのを待っていたかのように主要メンバー会議が王宮で開催された。

車椅子での移動に適した馬車を使って近隣諸国に赴き、地道な説得交渉を行ってきた第一王子ユリアと第二王子キアヌの努力が実を結び、相互不可侵条約の締結まであと一歩のところまで来ていた。

残る難関は強国アルベッシュ帝国。

しかも水害対策の共同事業も絡むため、難易度の高い交渉術が必要だった。


「やはり私が行く方が良いのではないか?」


ユリアがキアヌに言った。


「うん。でもね兄上。今回ばかりは命を捨てる覚悟が必要だと思うんだ。僕が死んでもこの国は困らない。でも兄上にもしものことがあったら全て水泡に帰すからね」


「いや、だからこそお前は残るべきだ。お前は私よりもずっと上手くやれると思うぞ。だってお前は・・・自分の足で自由に動ける」


「いやいや、違うよ兄上。王たるもの安々と自分の足で動くべきじゃないさ。僕の理想はね、兄上がどっしりと玉座に座って最終決定を下すだけで国が立ちゆく仕組みを作ることさ。そのためには優秀な人材の確保から始めないとね。僕が兄上の一番の手駒になるよ」


「キアヌ・・・そんな風に考えていてくれたのか」


「僕じゃ玉座は守れない。僕は二番手でしか活躍できない器だと冷静に判断している。兄上がいるからこその僕だ。だからこそ今回は任せてほしい」


「キアヌ・・・わかった。今回の件、お前に全権を委任する」


出席者全員が立ち上がりキアヌに対して敬礼した。

その一人ひとりの顔を見ながらキアヌがお辞儀をした。


「僕がいない間はハロッズ侯爵、あなたが僕の代わりをしてくれ。そしてワンド伯爵とロバート伯爵は同行して実務レベルでの交渉を担当してほしい」


全員が真剣な顔で小さく頷く。


「そして聖女ナサーリア様。兄上のことよろしくお願いしますね?新しい教会ができるまでは王宮で暮らすのでしょう?毎日お茶に付き合ってあげてね」


ナサーリアは少し悲しそうな顔で言った。


「キアヌ殿下、必ず無事でお帰りになってくださいね」


「ああ、もちろんだ。僕はこの国を心から愛しているからね。そしてティナロア嬢、今回もよろしく頼むよ」


ティナが微笑みながら頷いた。


「もちろんですわ、頑張りましょうね。それで?殿下としてはどのくらいの滞在期間をお考えですか?」


「ああ、早くて半年、長くても一年で決着を付けたい」


「なるほど・・・じっくり腰を据えて、成功するまで帰らない覚悟ということですね」


「ああ、我が国にとって何よりも重要な案件だからね。何度か行き来はするだろうけれど、基本的には腰を据えて当たるつもりだ」


黙って聞いていたワンド伯爵が明るい調子で言った。


「なるほど。それなら育成中の文官や技術者にも発破をかけねばなりませんな。私たちが無事交渉を成功させて戻っても、国力が低下していたでは話になりませんからね」


フッと笑いながらユリア殿下が言った。


「そうだね、育成研修の最終段階にもなるということだね。私もなるべく現場に顔を出して鼓舞することにしよう。ナサーリアも一緒に行こうか?」


「はい、殿下。喜んでお供いたしますわ」


ナサーリアは嬉しそうにユリア殿下の傍に行く。


「おいおいナサーリア!ユリア殿下・・・娘を誑かすのはご遠慮ください」


「誑かすなどと不穏なことを言ってくれるな。私は心からナサーリアを信頼し頼っているだけだよ」


ユリア殿下が顔の前でぱたぱたと手を振りながら冗談めかして言った。


「そうですか?それなら良いですが・・・あ~可愛い娘を持つと苦労が絶えん!」


ずっとニコニコしながら黙っていたオルフェウス大神官が言った。


「公爵様、聖女様には常に私も同行いたしますので」


「ああ、そうだった。大神官殿、よろしくお願いします」


お道化るような公爵の言葉に全員が笑い、和やかな雰囲気になった。

ナサーリアがふっとティナに話しかけた。


「ティナロア様も全てが終わったらお戻りになるのですよね?」


ティナはずっと考えていたことを口にした。


「私は・・・アーレントの傍にいます。もしもハーベスト陛下がアーレントを手放さないと仰るなら、私もアルベッシュに残るつもりです」


「そんな!」


ナサーリアが悲痛な声をあげた。

ハロッズ公爵がナサーリアを抱き寄せて言う。


「サーリ、母とはそういうものだよ。ティナロア様はアーレント様の母親として当たり前の選択をされたのだ」


ナサーリアは父親の上着にしがみついて黙った。

ティナがスッと顔を上げて全員に言った。


「アーレントはハーベスト殿下の子供ではありますが、間違いなく神に愛されし子供であり、ベルツ王国の子供です。アルベッシュ帝国がアーレントを認めることこそ、ベルツ王国が認められることと同義と存じます」


「ティナロア嬢・・・」


ユリアとキアヌが感動した表情でティナの手を握った。


「頑張りましょうね」


アルベッシュに向う者も残る者も心を一つにした瞬間だった。


約ひと月後、キアヌ殿下を筆頭にベルツ王国の知の精鋭たちがアルベッシュ帝国に向けて出立した。

アーレントの事を考慮してティナはキアヌ殿下と同じ馬車で移動する。


「ティナロア嬢、着いたらまず何をするつもりなのかな?」


キアヌが退屈しのぎに軽い気持ちでティナに話しかけた。


「はい、まずは市場に店を出そうかと考えています」


「市場に店を?それは・・・なぜ?」


「平民たちの生の声を聞くためですわ」


「生の声?交渉に役立つ意見があるのかな」


「はい・・・私の知るハーベスト殿下は粗野で短気な男を装った繊細で優しい方です。そんな彼が皇帝となった今、そのギャップが市民達にどういった影響を与えているのかを知った方が戦略が立てやすいのではないかと思います」


予想外の答えにキアヌは少し戸惑った。

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