ハーベストの国へ
和やかで楽しい食事会の次の日、ティナはアーレントを連れて懐かしい場所を見て回った。
騎士たちはバスケット入れた昼食を運びながら、ひと時のピクニック気分を味わっている。
昼食はもちろんビスタの店の差し入れだ。
懐かしいビスタの味にティナは涙ぐみそうになった。
「ティナロア様は皆さんに慕われていたのですね」
騎士団長がアーレントを膝に乗せながら話しかける。
「私ね、本当に気の弱い娘だったのよ。継母には売られるし、実の父には捨てられるし。それでも泣いてばかりいるようなね。ある日、義妹に階段から突き落とされて一度死んだの。信じられないでしょうけど本当の話なのよ」
「それで?生き返ったということですか?」
「そう。神様が可愛そうに思ってくださったのでしょうね。とっても気の強い今の私になって戻ってきたの」
「その時見染められたのですか?神に」
「いいえ?見染められたかどうかはわからないけど・・・アーレントが生まれてからよ?神が伴侶にすると言い出したのは」
「神の伴侶が連れ子持ちとは・・・なかなか寛大な神ですなぁ」
「まさか!連れ子なんてできるわけないでしょう?神の伴侶になるのは私が天寿を全うした後よ」
「天寿を全うって・・・ずいぶん先の話ですねぇ」
「そうね、順当なら後四十年は先よね。でも人の寿命なんてわからないしね」
「神は待つと?」
「ええ、神に死は訪れないでしょう?人間の四十年なんて瞬きをするくらい短いと仰ってるわ」
「なるほど・・・理解できそうでできない感覚ですが」
「そうよね。私もそう思う」
アーレントに髭を引っ張られながら騎士団長は感慨深そうな表情で空を見上げた。
ティナも空を見る。
『アル?いるの?』
『ああ、俺はいつでもお前のそばにいるよ』
『明日には帰ろうと思うの。そしてできるだけ早くアルベッシュに向かうわね』
『そうだな。災害のことを考えると早いに越したことはない。まあ、行く前に一度あっちに戻ってみるのも良いと思うぞ?』
『ああそうね。そうしようかな』
『戻ったらまたハンバーガーとやらを食おう』
『ははは~気に入ったの?フライドチキンは?』
『あれは旨いが食いにくい。それよりジャパニーズレストランに行こう』
『茶碗蒸し?良いわね』
『あれをこちらでも作ればウケるぞ?』
『ああ、良いわね。ビスタにレシピを教えておきましょう』
『まあ、束の間の休息だ。ゆっくりしろよ。アルベッシュと友好国になればサーリの危機は回避できるからな。最後の正念場だ』
ウケ
『わかった。アルもフォローよろしくね』
ティナにしか見えない神は笑顔を残してフッと消えた。
「ティナロア様?大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんなさいね。なんだか故郷の景色に感傷的になったみたい」
「当然のことです。ゆっくりなさってください。アーレント様はお眠のご様子ですから私が抱いていましょう」
「ありがとうございます」
ティナはフッと大きく息を吐いて立ち上がり伸びをした。
ランバーツ伯爵令嬢ティナロアにとっては、何一つ良い思い出などないこの町。
大きな川の向こうは農地が広がり、赤い屋根の屋敷が点在している。
その先の山を越えれば隣国アルベッシュだ。
(ティナロアお嬢様?本当にもう見納めですが行きたいところはありますか?)
ティナは心の中でティナロアに話しかけた。
(ありませんよね。きっと・・・。お嬢様は継母たちに復讐したいですか?もしそうならやっちゃいますよ?)
強い風がさっと吹き抜け、ティナの横の木々が頷くように揺れた。
(了解しました!任せなさい!徹底的にやっちゃいましょう!)
ティナはアルベッシュ帝国で暴れることを決意してにやりと笑った。
帰り道にビスタの店を訪れ、昼食のお礼と一緒に茶碗蒸しのレシピを渡した。
イメージができないビスタ達のためにティナが作って見せる。
騎士たちも一緒に味見をして大絶賛を受けたティナは照れながらも嬉しそうだった。
ほんの三日ほどの里帰りだったがティナの心は軽くなっていた。
皆に見送られ馬車に乗り込んだティナはアーレントを抱きながらふっと息を吐いた。
(ハーベスト。やっと会えるわね・・・って本当に会えるのかしら?なんといっても帝国の皇帝陛下だものねぇ。でも会わなくちゃ水害は防げないのよね・・・アーレントも抱かせてあげたいし)
王都に帰ったティナはハーベストの国に旅立つ準備を始めた。




