休む暇も無く
教会で臨時のミサをおこなっていたフェルナンド神官と合流したティナとナサーリアは町の人たちとふれあい楽しいひと時を過ごした。
ふとナサーリアがティナに問いかけた。
「おじさまは協力してくださるでしょうか」
ティナはポンとナサーリアの頭に手を置いて言った。
「それはサーリ様が悩むことではありませんよ。辺境伯様がどのような決断をなさろうともです。大人には大人の矜持というものがありますからね」
「大人の矜持ですか」
「そんなことよりお菓子が焼けたようですよ?神官様を誘って行きましょう」
ナサーリアはニコッと微笑んでフェルナンド神官のもとに向かった。
『大人のプライドねぇ』
『だって死にたくなる辺境伯の気持ちも理解できるでしょ?』
『済まんが死にたいという気持ちは理解ができない。そもそも死ぬということを理解できないからな』
『そりゃそうよね・・・聞いた私がバカだったわ。それより災害の方の兆候はどうなの?』
『ああ、治水工事が進んでいるから今はまだ大きな水害の予兆は無いが・・・根本的な場所が問題なんだ。徹底的に管理しないといずれは発生するだろうな』
『場所がわかっているなら実行あるのみでしょ?』
『それがなぁ・・・その場所はアルベッシュ国の領地だ』
『アルベッシュ!ハーベストの国ね・・・』
『ティナ、そろそろお前も覚悟を決めないといけないかもな』
『覚悟・・・ね・・・』
『ああ、ハーベストに会うなら治水工事の件はすぐに進むだろう。しかしアーレントがなぁ』
『そうね・・・』
少し暗い顔をして佇むティナのもとにナサーリアが駆けてきた。
「ティナ様、そろそろ帰る時間だそうです」
「はい、わかりました。私もそろそろアーレントに会いたいですからね」
三人は別れを惜しむ人々に手を振りながら馬車に乗った。
宿に到着するとすでに出発の準備は整っており、そのまますぐに帰ることになった。
キアヌ殿下は来た時と同じ騎馬で馬車の横を駆けている。
オルフェウス神官とハロッズ侯爵、ナサーリアとティナが乗り込んだ馬車はたくさんの騎士たちに守られながら王都に帰還した。
キアヌ殿下たち一行は報告のためそのまま王宮に向かい、ティナたちは教会に向かう。
教会の前ではオルフェウス大神官とワンド伯爵、シスターたちが出迎えてくれた。
「ナサーリア様、よくぞご無事で」
オルフェウスが駆け寄った。
「大神官様、ご心配をおかけしました」
「ええ、本当に心配しましたよ。フェルナンドも・・・良かった・・・大変な試練だったな」
「ご心配をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。おかげさまで・・・神の存在をより確かに感じることが出来ました」
フェルナンド神官がオルフェウス大神官の指輪にキスしながら言った。
「ああ、それは私も同じだ。なんというか・・・」
二人は同時に十字を切り祈った。
「お疲れでしょう。湯あみの準備が整っておりますので。さあ中へ」
一行は教会の中に入り旅の疲れを癒す。
夕刻になりハロッズ侯爵とナサーリアが帰宅しようと準備していた時、王宮から知らせが届いた。
緊急に相談したいことがあるとのことで、ハロッズ侯爵とワンド伯爵のほかオルフェウス大神官とフェルナンド神官、そしてティナとナサーリアが向かうことになった。
「お父様、どのようなお話なのでしょう」
「さあな。それよりもナサーリア、眠くないかい?無理せず眠くなったら言いなさい」
「はい。でもまだ大丈夫です」
王宮に到着した一行はすぐさま会議室に通された。
中で待っていたのは会議の主要メンバーと第一王子ユリアだった。
「ああ、ナサーリア!無事とは聞いたがこの目で見るまで不安だったよ。怪我はないかい?」
ユリア王子が車椅子を押して近寄ってきた。
ナサーリアはニコッと微笑んで差し出されたユリア殿下の手を握り返した。
「ご心配をおかけしました。この通りサーリは無事ですわ。フェルナンド神官様が体を張ってお守りくださったのです」
「そうか・・・フェルナンド神官殿が。ありがとう、苦労を掛けたね」
フェルナンドは黙ったまま深々と頭を下げた。
気を取り直すようにユリア殿下が全員に声をかける。
「集まってもらったのは他でもない、今進めている施策の進捗状況の共有と、聖女ナサーリアと聖女ティナロアの今後についてだ」
出席者の間にほんの少し緊張が走った。




