苦悩と友情
朝食の席にシルバー辺境伯は来なかった。
少し悲しそうな顔を見せたナサーリアだったがキアヌ殿下の心配ないという言葉で笑顔を見せた。
「朝食が終わったらフェルナンド神官様のお見舞いに伺おうと思うのですが」
ナサーリアが父親に聞いた。
「そうか、お前はまだ知らなかったんだね。フェルナンド神官様なら朝早くに町の教会に向かわれたよ。臨時のミサをなさるそうだ」
「えっ!お体はもう大丈夫なのですか?あんなに酷い怪我だったのに」
「神の慈悲によってほぼ完治したんだ。ティナロア様がご苦労されたが一瞬で傷がふさがった・・・まさに奇跡だったよ」
ナサーリアはキラキラした瞳でティナを見た。
ティナは少し居心地が悪そうな顔をした。
「さあさあサーリ様、私たちも教会に行ってみませんか?早く朝食を済ませてしまいましょう」
「はい」
ナサーリアは上位貴族の息女としてのマナーぎりぎりの速さで朝食をとった。
大人たちはそんなナサーリアを愛おしそうに見つめている。
(まさに天使だわ・・・)
ティナはナサーリアの愛らしさに感動しながら二個目のパンを手に取った。
二人が皇室騎士団に護衛されながら町の教会に向かった後、キアヌ殿下とハロッズ侯爵の前にシルバー辺境伯が現れた。
「決心できたかい?」
「はい・・・ひとつだけお約束していただけるのであれば身命を賭して働きましょう」
ハロッズ侯爵が苦笑いをしながら言った。
「おいおいジャン。お前・・・条件付けられるような立場か?」
「ああもちろん違う。でもこれだけはけじめなんだ。ダメなら私はすぐに命を絶つ」
キアヌ殿下が笑いながらシルバー辺境伯に言った。
「なぜだろうね?まるで私たちが脅されているような気分になるのは」
「申し訳ございません。そのようなつもりは無いのですが」
「いいからその約束とやらを言ってごらん}
「はい・・・事が成就した暁には・・・どうか死を賜りとう存じます」
ハロッズ侯爵が大きなため息をついた。
「ジャン・・・」
「イース、お前ならわかってくれるだろう?お前でもそうするはずさ」
「・・・ああ、痛いほど理解できるよ」
「ならば!どうか・・・どうかこの願いをお聞き届けください」
キアヌ殿下が声に出さずに頷いた。
その姿を見たハロッズが言う。
「良かったなジャン・・・ただし事が成就した暁だという言葉を忘れるな」
「もちろんだ」
キアヌ殿下が薄く笑いながら言った。
「そうだね、事が成就した暁だ。その判断を下すのは君じゃないよ?シルバー辺境伯。そこは理解してくれるだろうね?」
「それは・・・」
「一刻も早く成し遂げるよう努力することを誓おう。それでもダメかい?」
シルバー辺境伯が跪く。
「仰せのままに」
ハロッズ侯爵が辺境伯の手を取り椅子に座らせた。
「孫はどうしている?」
「ああ、私ではどうしようも無いからね。この宿の女将さんが面倒見てくれている」
「この先は?どうするつもりなんだ?」
「教会に預けようと思っている。爵位は私の代で終わりだ。平民の修道女として何も知らないまま生きるしか道は無いさ」
「ジャン・・・ナサーリアの妹として引き取りたいと思っていたのだが、どうかな」
「いや、それは・・・」
キアヌ殿下がポンと手を叩いた。
「良いじゃないか。ナサーリアは聖女となって教会か皇居で暮らすことになるんだ。一人娘がいなくなってはハロッズ伯爵夫人も寂しいだろう?それに君も安心できると思うよ?」
「なあジャン。私が責任をもって育てるよ。妻も娘も喜ぶだろう」
「奥方が納得するかな」
シルバー辺境伯が困っている。
「大丈夫。あれは優しい女だ」
強面のハロッズ侯爵の言葉に護衛の騎士たちが一斉に俯いた。




