償いの方法
この世界では一般的でない言葉を使ったことに気づいたティナはその場の妙な雰囲気を完全にスルーした。
「要するに何が幸せか不幸せかなんて後でわかるってことですよ!今は今できることに集中しましょう!」
ロバート伯爵が独り言のように呟いた。
「神語?・・・」
その場にいる全員が同意の意志を示したが、ティナは無視を決め込む。
「お話ができますか?サーリ様」
「はい」
「サーリ様は黒幕が誰か知っているのですね?」
「はい・・・お父様、手をつないでいただけますか?」
「ああ、もちろんだ。サーリ・・・大丈夫かい?」
ハロッズ伯爵がサーリを抱き寄せながら手を握った。
「はい、お父様。私を誘拐しようとしたのは・・・シルバーおじさまの息子です。幼いころから何度も一緒に遊んだ・・・ジル兄さまですわ・・・」
ハロッズ伯爵が衝撃を受けた様に黙り込む。
「まさか・・・ジルが?」
「はい。すぐに目隠しをされたのでお顔を見たわけではありませんが、間違いなくあの声はジル兄さまでした。それに、犯人たちに指示を出していたとき、私のことをリーとお呼びになりました。これはジル兄さまだけが使っていた私の呼び名ですもの・・・」
「そうか・・・ジルか・・・シルバーは?まさかシルバーも関与しているのか?」
「おそらくシルバーおじさまはご存じなかったと思います。私が乱暴に扱われようとしたとき、フェルナンド神官様が庇ってくださって・・・犯人たちにひどい目にあわせれたて・・・」
ナサーリアはその時の状況を思い出したのか体を震わせて涙ぐんだ。
キアヌが慌ててナサーリアを気遣った。
「ナサーリア・・・いや、聖女ナサーリア様、お辛いなら日を改めましょう」
ナサーリアはキアヌ殿下の顔を正面から見つめきっぱりと言い放った。
「お心遣いありがとう存じます。でも・・・私は大丈夫ですわ。続けてもよろしいでしょうか」
ハロッズ侯爵が愛娘の頭を愛おしそうに撫でた。
「実行犯たちが私を連れ去ろうとしたとき、フェルナンド神官様が体当たりで庇ってくださって・・・神官様も縛り上げられている状態でしたのに。そのあと・・・皆で神官様に暴行を加えたのだと思います。私は目を塞がれていましたので直接目たわけではありませんが何か凄く籠ったような音が何度もして・・・神官様の声が聞こえなくなって・・・」
ハロッズが再びナサーリアを抱きしめた。
「それで・・・それで・・・馬車に乗せられたのですわ」
全員が黙ってナサーリアの言葉を待った。
再び泣き始めたナサーリアが落ち着くまで全員が唇を噛みしめていた。
「馬車に乗せられた私が聞いたのは、私を人質にした間不可侵条約案の撤廃要求でした。何でも隣国と小競り合いを繰り返すことで得ていた利益を損なうとか・・・フェルナンド神官様は・・・途中で殺して捨てると・・・言っていました・・・」
ナサーリアが再び涙を流した。
ロバート伯爵がナサーリアを気遣いながらも厳しい言葉を発した。
「神官様はなぜ殺されなかったのでしょうか?私が犯人でもそうしたと思います」
ナサーリアが小さく頷き返事をしようとした時、食堂の扉が開いた。
全員が入室した人物を見詰め固まっていた。
「それは私がそう指示したからだ」
入ってきたのはシルバー辺境伯だった。
辺境伯の服装は血で汚れ、彼の顔は土気色になっている。
辺境伯が手に持っているものを見たティナは息をのんだ。
「我が国に現れた聖女様を人質にとるなど・・・人としての所業ではない。悪魔に魅入られた者の仕業だ・・・私は自らの責任として悪魔を・・・屠った・・・我が手で・・・ジルを・・・」
ハロッズはナサーリアを後ろに庇いながら立ち上がった。
詰めていた騎士たちが一斉に動き、要人たちを後ろに下がらせた。
キアヌ殿下が声を出した。
「シルバー辺境伯・・・あなたが首謀者か?」
シルバー辺境伯は手に持ったものを足元に置き跪いた。
「キアヌ第二王子殿下・・・この度は我が一族が愚かなことを・・・我が家族全員の命をもって償います」
「家族全員とな?」
「はい、全員です。私の責任においてこの手で・・・始末をつけました。ただ・・・たった一人の孫であるララージュはまだ赤子で・・・眠っていたので・・・手を下せず・・・申し訳ございません」
ハロッズ侯爵が震える声でシルバー辺境伯に問いかけた。
「ララージュ・・・半年前にやっと授かったと喜んでいた孫娘か?その子以外は全員お前の手で殺したと?なぜだ!なぜお前が!」
シルバー辺境伯が力なく笑った。
「ハロッズ・・・許してくれ・・・俺は息子を育て間違ったんだ。あいつは・・・隣国と小競り合いをしている振りをして水面下で密輸をして金を得ていた・・・人身売買だ・・・許されることではない」
「だからと言って一族全員を殺すとは・・・」
「許すことはできないさ・・・なんせ次の標的は聖女ナサーリア様だったのだから」
ハロッズ侯爵がひゅっとのどを鳴らした。
「バカ息子は聖女と一緒に隣国に行き、大神官の座に収まろうとしていたのだ。同行していた神官に成りすましてな」
「なぜそんな馬鹿なことを」
キアヌ殿下が呟いた。
「近隣諸国間で不可侵条約が締結されると辺境伯を置く意味がなくなります。もともと辺境と呼ばれる地は我が領を含め税収が見込めないような僻地ですからな・・・ジルは馬鹿な夢を見たのでしょう。実にばかばかしい浅はかさです」
キアヌがぐっと拳を握った。
「この首は我が首と共に野犬にでも食らわせてください」
そういうとシルバー辺境伯は持ってきた息子の首を引き寄せ、その場に座り剣を抜いた。
全員が息をのむ。
「ハロッズ・・・わし等を許さないでくれ・・・末代まで呪ってくれ」
そういうとシルバー辺境伯は自らの喉に刃を向けた。




