光の壁
キアヌ殿下率いる皇室直属軍とはルベールの宿場町の手前で合流した。
ハロッズ侯爵から二手に分かれたことを聞いたキアヌ殿下は自軍を散開させ細い道まで全て制圧するよう指示を出す。
神からの実況中継は続いていた。
『南の端端にある屋敷に馬車が入ったぞ。赤い屋根の三階建てだ』
ティナはすぐに情報を伝えた。
ロバート伯爵が率いている町の反対側にいる隊にはすぐさま伝令が走る。
キアヌ殿下が感心してティナに話しかけた。
「ここまで詳細に状況が分かれば救出も時間の問題だな」
「ええ、でもナサーリア様とフェルナンド神官様がご無事でないと意味がありません」
「ああその通りだ。あくまでも慎重かつ速やかにことを進めよう」
神の声が再び響く。
『二階の奥の部屋に移動した。あれ?おいおい・・・サーリとフェルナンドを残して引き上げていくぞ?見張りは二人だけだな・・・』
キアヌがすかさずティナに言った。
「引き上げていくやつらの情報が欲しい。ロバート達に捕縛させよう」
ティナは頷いてすぐに神に問いかけた。
「四頭立ての馬車で荷台には数人乗っているな。一般的な辻馬車だが・・・幌の端にナサーリアの被っていた白いスカーフが絡みついている」
情報を得たキアヌがすぐに動いた。
すぐ近くまで来ていたロバート伯爵軍が伝令を受け後を追う。
全部の道を掌握していた皇室直属軍がじわじわと網を狭めていった。
「殿下!私が向かいます」
ハロッズ侯爵が我慢できずに立ち上がった。
何度も頷きながらキアヌ殿下がハロッズ侯爵に言う。
「気持ちはわかる。私もそうすると思う。しかしここはプロに任せよう。ここに残っているのは皇室の影達だ。侵入などお手の物だから万に一つも失策は無い。私を信じては貰えないだろうか」
ハロッズ侯爵は拳を握りしめた後、静かに言った。
「仰せのままに」
「ありがとう侯爵。君の信頼に全身全霊で応えよう」
キアヌ殿下が静かに手を上げると、ティナたちを囲んでいた兵士の何人かが消えた。
すでに夕暮れが近づいている。
まだ灯りを使うほどではないが、できるだけ早く救出しなくてはならない。
ティナが両手を握りしめ跪いて祈り始めて30分も過ぎたころ、邸内でガタンという大きな音がした。
ティナとハロッズ侯爵が顔を見合わせ立ち上がる。
キアヌも手を握りしめたまま報告を待った。
「殿下、捕縛には成功しましたが聖女様と神官様に近づけません」
「どういうことだ」
「不思議な光が・・・お二人を包んでいるのですが、近寄ると弾かれるのです」
「何だと?」
話を聞いていたティナとハロッズ侯爵が邸内に駆け込んだ。
残っていた兵士が二人を案内して二階に上がる。
「こ・・・これは・・・」
近寄ろうとしたハロッズ侯爵が足を止めティナを振り返った。
ティナは神に問いかけた。
『アル?あんたがやったの?』
『いや、これはサーリが発動しているな・・・本人が解除するしかないかな・・・まあ俺は解けるけどサーリが目覚めない可能性があるからなぁ』
『意味が分からないんだけど』
『要するにサーリはフェルナンドと一緒に冬眠している状態なんだ。これを解けるのはサーリが心から信頼している人間によってサーリを目覚めさせるのが一番だな・・・それにしてもいつの間にこんな強力な神力をつけたんだろうか』
『サーリが心から信頼するっていえば・・・やっぱ父親?』
『案外お前かもしれないぞ?』
『じゃあ二人で一緒に起こしてみるわ』
『健闘を祈る。フェルナンドはなるべく早く治療ををした方がよさそうだ』
『わかった』
ティナは呆然としているハロッズ侯爵に話しかけた。
「侯爵様、サーリ様はご自身とフェルナンド神官様を守るため強い神力を使っておられる状態です。おそらくこの光の中で一心に祈っておられます。サーリ様が心から信頼する侯爵様の声なら届くはずです」
「声を・・・かけるのですか?」
「はい、無我の境地から引き戻す必要があるのです」
「わ・・・わかりました」
ハロッズ侯爵は近寄れる限界まで進み、大きな声で愛娘の名を連呼した。
ティナも加わり、何度も何度も呼びかける。
フッと光が弱まりぼんやりと二人の姿が見えてきた。
その様子を驚いた表情で見守っていたキアヌが呟いた。
「まさに・・・聖女・・・」
光の壁がすっかり消えた時、侯爵が大きな声で叫んだ。
「サーリ!」
ナサーリアがゆっくりと目を開けた。
「お父様・・・ティナ様・・・」
フェルナンドも目を開けたが、傷が深いのか苦痛の表情を浮かべていた。
ナサーリアが立ち上がりハロッズ侯爵に駆け寄った。
兵士たちがフェルナンドを助け起こす。
犯人たちの全員捕縛にも成功した一行は、宿場町に戻った。




