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誘拐された聖女

キアヌ王子が持ち帰った多国間不可侵条約機構という考えは、自国の利を優先させる事が当たり前の貴族たちには、なかなか受け入れがたいものだった。

しかし第一王子のユリアがまず賛同の意を表明し、キアヌとハロッズ、オルフェウス大神官が地道な説得を続けていく。

一人また一人と賛同する貴族が増えてきた頃、事件は起こった。


「何だと!ナサーリアが攫われただと!」


報告を受けた主要会議メンバーに激震が走る。

シルバー辺境伯からの強い要望により、ナサーリアとフェルナンドだけで国境近くの孤児院慰問に向かっていた。

会議のため第一王子の都合がつかず不参加となり、警備が手薄になった隙を狙われたのだ。

ハロッズ侯爵が真っ青な顔でテーブルをドンと殴りつける。

近衛師団長のロバート伯爵が情報収集のために駆け出そうとした刹那、ティナの耳に神の声が響いた。


『ナサーリアはアイル領内だ・・・フェルナンドも一緒だ・・・行く先はわからないが・・・東に向かっている』


ティナが大きな声を出した。


「みなさん!落ち着いてください!たった今・・・神の声が聞こえました!ナサーリア聖女様はアイル領を東に向かって移動しています。フェルナンド神官様もご一緒です」


「アイル領だと!」


ハロッズ侯爵が怒りで声を震わせた。

ロバート伯爵がティナの肩をつかんで揺さぶった。


「ナサーリア様は・・・聖女様はご無事なのですか!」


ティナはロバート伯爵の手を優しく外しながら言った。


「神はナサーリア聖女様がおられる場所を把握しておられます。神が把握できるということは生きておられるということです。詳しい場所はオルフェウス大神官様と私にお伝えになりますので、オルフェウス様とワンド伯爵様はここに残って各所への連絡を担当してください。ロバート伯爵はすぐに兵を集めてください。ハロッズ侯爵と私も一緒に向かいます」


三人は急いで部屋を出た。

オルフェウスは椅子に座り祈り始める。

彼の耳にも神の声が届いていた。

神にも余裕がないのかいつもの厳かなしゃべり方ではない。


『この速さは馬車だな』


『左に大きな川がある・・・右手は平野で、その先に山脈がある。このまま進むと・・・宿場町だな』


オルフェウスが神の声を伝えると、ワンドが広げた地図で場所を探し出す。


「あった!ここだ!ネルベル街道だ!ルベールの宿場町に向かっている!」


オルフェウスが心の中で叫ぶ。


『ティナ様!ネルベル街道です!行く先はルベールの宿場町です』


ティナはすぐに情報を伝えた。

ほぼ同時に神の声も聞こえた。


『ナサーリアは縛られているが怪我はしていない。私の姿を見て微笑んだ。落ち着いている。フェルナンドは・・・殴られたのか酷い顔だがナサーリアに寄り添っている』


オルフェウスは悲痛な顔をしつつも大きくひとつ息をした。

ナサーリアの様子を聞いたままハロッズ侯爵とロバート伯爵に伝えながら、ティナは兵士たちと共に馬車の荷台に飛び乗った。


普段使う馬車とは違い、体に受ける衝撃が半端ない。

ティナは飛び出しそうになる体を隣の兵士に抑えてもらいながら舌を噛まないようにするだけで精一杯だ。


(何事も無かったから油断していた・・・まさかサーリを攫うなんて・・・もしも犯人が隣国だったとしたら、不可侵機構の構想は崩れる。でもそんなことよりアルの番を助けないと!今までの苦労が全て無駄になる!いいえ、苦労が無駄になることよりアルが・・・アルが悲しむ姿を見たくない!)


絶え間なく送られる神の位置情報と、オルフェウスがもたらす情報がティナの頭の中に流れ込む。


(まるで複数のマラソン実況中継をサラウンドシステムで聞いている気分だわ)


『馬車が宿場町に入った!』


神が頭の中で叫んだ。

ほぼ同時にティナも叫ぶ。


「馬車が宿場町に入りました!」


馬で並走していたロバート伯爵が近寄って告げる。


「ルベールなら脇道に抜けることも考慮しないといけない。ここからは二手に分かれよう。馬車部隊はこのままネルベル街道を進め。騎馬隊は迂回して東側から向かう」


ロバートの指示のもと一団は二手に分かれた。

馬車部隊はハロッズ侯爵とティナが、騎馬隊はロバート伯爵が率いている。

ティナの頭の中にオルフェウスの声が響く。


『ティナ様、キアヌ殿下が皇室直属軍を率いて後を追われました。全員騎馬ですのですぐに追いつくでしょう。そのまま走ってください』


ティナは胸に下げている神から貰ったペンダントを握りしめた。


(サーリ・・・サーリ・・・)


『ティナ・・・落ち着け。サーリは大丈夫だ』


神の声が聞こえたが、ティナは心を泡立てたまま生まれて初めて全身全霊で祈りを捧げた。

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