王子様の破壊力
キアヌ殿下の号令で集まったワイン醸造を手掛ける貴族たちは競って職人を派遣した。
今までのノウハウによって次々と画期的な意見が出されていく。
「これなら安心して任せられそうですね」
その様子を見ていたティナがキアヌ殿下に言った。
「後は地下倉庫の確保だが、それは城の地下室を提供するよ。牢獄として使っていた場所だから外光は完全に遮断されているし、石造りだから温度変化も少ない。最適だろう?」
「ははは・・・悪霊とかいませんよね」
「ああ、どうかな?私は見たことがないが」
(本当に地下の牢屋ってあるのね・・・)
ティナは苦笑いしながらキアヌ殿下に礼を言った。
ワイン職人たちの説明を聞いていたティナのところに指物師たちを統括している事務官がやってきた。
「聖女ティナロア様、ご指示のものの試作品ができました」
ティナの顔がパッと明るくなる。
「ああ、できましたか。すぐに行きます。殿下もご一緒しませんか?」
「何が出来たのかな?」
「ペダル式のトラクターです。けん引する部品を交換すれば耕うんから収穫まで可能になるはずです」
「トラクター?????私の勉強不足で理解ができないようだ・・・聖女ティナロア、無知な私にも分かるように説明してくれる?」
「殿下が無知などと・・・申し訳ございません。これもすべて神のお言葉を伝えただけですので、どうかお気を悪くなさらないでください」
「もちろん気を悪くすることなどないよ。では早速その試作品とやらを見学に行こうか。聖女様、エスコートさせていただけますか?」
「あ・・・はい、光栄です。殿下」
おずおずと差し出したティナの手を自分の腕にサッと回してキアヌは歩き出した。
(さすが本物の王子様!凄い破壊力だわ・・・)
試作されたトラクターはティナの予想をはるかに上回るものだった。
(凄いわねこの時代の職人って。ギアが何段階にもつながってるから効率がいいわ)
「素晴らしいです。座席が四つあるということは四人で漕ぐのですか?」
職人が嬉しそうに答える。
「はい、一人乗りから最大六人まで漕ぎ手が乗れるようにバリエーションを用意しました。広い場所なら後ろにつなぐ部品も幅広いほうが効率的でしょうから」
キアヌが質問した。
「後ろにつなぐ部品とは?」
「はい、広い農地を効率的に耕すための部品です。分かりやすく申しますと何本もの鋤や鍬が連なっているような構造です」
「う~ん・・・実際見てみないとイメージが難しいな。試運転はいつ?」
「裏の試験農場であれば今すぐにでも可能です」
三人は職人たちが集う製作所の裏手にある試験農場に向かった。
漕ぎ手がすでに集まっている。
協力してくれるのは手が不自由で職を失った元路上生活者たちだ。
六人が座ると、背中が背もたれに固定されるようシートベルトがかけられた。
リーダーの号令で一斉に息を合わせて漕ぎ始める。
草に覆われ固く締まっていた土地がみるみる耕されていく。
勢いが強すぎるのか跳ね飛ばされた泥が、後ろで見ていたティナとキアヌに盛大に掛かってしまった。
管理者が慌てて二人に駆け寄る。しかし二人は泥まみれになりながら楽しそうに声を上げて笑っていた。
「凄い!すごいな!これならあっという間に耕せる!画期的だ」
「本当にすごいですね。それにしても殿下・・・泥まみれですよ?」
「えっ?ああ、こんなもの何でもないよ。私より聖女様こそ泥だらけだ」
「ほんとですか?あらあら・・・またシスターに怒られてしまいます」
「「はははははは」」
二人はお互いの顔を指さして笑った。
青い顔をして固まっていた管理者がホッと肩の力を抜く。
トラクターは盛大に泥を跳ね上げながらすで農場の端まで耕していた。
「この泥跳ねは改良の余地がありそうですね。しかし農耕馬や牛を使うより早いし、何より障害を持つ彼らも仕事ができるということが嬉しいです」
ティナがそういうとキアヌも大きく頷いて同意した。
おもむろにキアヌがティナの手を取り跪く。
それに倣って周りにいた作業員も製作担当者たちもティナを囲んで跪いた。
「聖女ティナロア様、心からの感謝と尊敬を捧げます」
キアヌがティナの手にそっと唇を寄せた。
ティナの顔が真っ赤に染まるのを見て神がぼそっと呟いた。
『う~ん・・・キアヌ・・・侮れん』
人力トラクターは「ゴッドハンド」と名付けられ、各大規模農場に配置された。
漕ぎ手は王都から故郷に戻った若手が担当し、それでも人員が足りないところには人手が派遣される手筈も整った。
地図に赤く記入されていた「休眠農地」が消されていく。
農民たちの発案でペダル式の散水システムも開発され、麦秋のころには黄金色に輝く農地が国のあちこちで見られた。
ワンド伯爵の発案により、領地ごとに収穫高の一元管理と平等な分配が実施されるよう管理監督を行う国の組織が立ち上がった。
初代大臣はもちろんワンド伯爵だ。
同時進行で飢饉に備えた備蓄計画も順調に進んでいった。




