生まれ変わる教会
説法会の数日後、国王の呼び出しに応じてオルフェウスとフェルナンドが王宮に向かった。
ティナも同行を求められたが、アーレントの授乳を言い訳に断った。
その日も三人の聖人が同行し、王族にマスクと消毒液を配った。
その間もマスクと消毒液の製作は進められ、国民一人に最低で二枚のマスクがいきわたった。
誰が言い始めたのか、配られたマスクは「カミノマスク」と呼ばれている。
貴族たちによる多大な寄付によりマスク縫製から販売までの一貫した事業化と、国王による大々的な推進によりベルツ王国におけるマスク使用率は実に90%を上回った。
消毒液の常用も浸透し、うがいと手洗いの習慣も違和感なく日常に組み込まれていった。
それでも罹患するものは出てしまう。
しかし、例年に比べ死亡者数が格段に減少するという現実がティナたちの作戦の成功を物語っていた。
「さあ、次は薬を作りましょう!」
ティナは精力的に動いた。
王宮の医者たちを集め、ティナの持ってきたレポートにより製薬が進められる。
はじめは高価な薬しか作れなかったが、研究が進むにつれ安価なものもできるようになると、市井にも広まっていった。
ティナは寝る間も惜しんで広報活動に勤しんだ。
ナサーリアもティナと行動を共にし、病人のために聖女の力を使った。
そして二人の傍には常に神が寄り添っていた。
『そろそろ一度帰ろうかしら』
ティナが神に肩を抱かれながらぼそっと言う。
『もう第一段階は大丈夫だろう。軌道に乗ったんじゃないか?あっちの様子も気になるし・・・行ってみるか?』
『アーレントは心配だけど・・・連れてはいけないものね』
『それはできない相談だ。生命体は時空の門を通過できないからな。アーレントも歩き始めたし、やわらかいものなら普通に食べるだろ?』
『そうね、離乳も上手く進んでるし、シスターたちに任せても大丈夫かな』
『じゃあ一週間くらい旅行しようか』
『一週間ってことは・・・こっちでは二日位かな?それなら大丈夫ね』
『楽しみだな。あの教会どうなったかな。思い立ったが吉日だ、すぐに行こう』
『宝石を持って行かなくちゃ。建設費払わなきゃだしね』
『ああ、あれほどこき使ってるんだものな・・・本当にケヴィンを選んだ俺は偉い!』
『ほんとね~じゃあちょっくら過労で倒れてくるわ』
『ああ、上で待ってるから』
神が軽いノリで人差し指で天井を指した。
ティナは鞄から大きめのエメラルドのブローチを取り出しポケットに忍ばせた。
アーレントを抱きしめてキスをした後、オルフェウスの執務室に向かう。
執務室にはオルフェウスと二人の神官がいた。
相談があると言ってからふらついた演技をする。
そしてティナは神官たちの前で盛大に頭から床に突っ込んだ。
それはもう清々しいほど潔く。
『ああ、素早いな。コケ慣れたって感じ?』
『まあね、一瞬痛いのよね・・・』
『帰るまでに引いてるといいな・・・たんこぶ』
『傷になったら嫌だわ・・・もうちょっと効率的な方法ないかしら』
『考えてみよう・・・さあ、行くぞ』
ティナと神は手をつないで時空の門を超えた。
自宅に戻ったティナは素早く着替えてアルフレッドと出かけた。
今回も教会の前でゼロアと子供たちに見送られ、手を振り返す。
「ねえ、ゼロアに言った方が良いと思う?」
「俺なら・・・言わない」
「なぜ?」
「別に血縁関係があるから親しくしなくてはいけないというわけでもないだろう」
「そりゃそうだけど・・・ジュリアは会いたがっていたわ」
「ジュリアの兄弟はゼロアだけではないだろう?」
「ああ・・・そうね。私も家族なのね」
「そうだ。そして神の義弟だ!」
「ジュリアを挟むとゼロアと私も家族?なんかヤヤコシイわねぇ」
上機嫌で車を操るアルフレッドと苦笑いでその横顔を見るティナ。
途中でファーストフード店で子供たちにたっぷりのお土産を準備した。
建設中の教会に到着すると、子供たちとジュリアが駆け寄って来る。
「姉さん!そして義兄さんも。来てくださったのですね」
「ジュリア、元気そうでよかったわ。顔色もよくなって・・・安心した」
「全て姉さんと義兄さんのお陰ですよ。子供たちも粗末な食事ではありますが欠食させてしまうことも無くなりました」
「それはよかったわ」
「それに・・・これは秘密にするように言われたけど、そういうわけにはいかないから・・・。ケヴィンさんが援助してくださったのです」
「まあ!ケヴィンさんが?」
「ええ、ベッドや布団、着替えや教科書まで。本当に助かっています」
「私からもお礼を言っておくわね」
「お願いします。さあ!早く中を見てください。外観は塗装を残すだけですし、内装も仕上がっているのです。素晴らしいですよ」
「楽しみね」
ティナとアルフレッドは手をつないで新しい教会に入っていった。
ジュリアが誇らしげに一部屋ずつ案内して回る。
ティナとアルフレッドは質素ながらも清潔感溢れるデザインに感嘆した




