騒がせ山
神界の中に狐神界がある。狐神界には野狐の里が存在している。
野狐は人間を拐かしたり悪さをしたりする悪狐で、野狐の里は善狐の集まりである狐神界の中央とは敵対している。
今回向かう場所は野狐の里の隣りにある騒がせ山である。
騒がせ山には最近悪霊が多く発生している情報が神格管理局に寄せられていた。
いつものようにシロちゃんの揺れる尻尾に誘われて騒がせ山に着いた。
シロちゃんが俺を見て真剣な声を出す。
「ここは野狐の里がすぐ近くだから、野狐に見つからないように静かに行きましょう。見つかると大変だから」
「了解。もし野狐が攻撃してきたら反撃しても良いのかな?」
「あまり戦闘はしたくないけど、しょうがない時はありね。頂上付近に妖気が溢れているわ。取り敢えず行ってみましょう」
騒がせ山の標高は500メートルくらいか。途中に白く透けている浮遊霊がたくさんいる。浮遊霊はまだ悪霊になっていない霊だ。
浮遊霊を無視して山道を上がっていく。頂上に近くなっていくと浮遊霊の比率が下がり悪霊が増えていく。襲ってくる悪霊を神刀で倒しながら進む。
頂上付近になると悪霊の量が格段に増える。
既に進みながら倒すような量ではない。足を止めて悪霊を斬りまくる。倒してもどんどん増えていく。撤退の二文字が頭をよぎる。
悪霊を斬り伏せながらシロちゃんに声をかける。
「シロちゃん、悪霊が多すぎる。どうする? このまま戦うか?」
「ナギ。もう少し頑張って。この悪霊の量はおかし過ぎるわ。それを調べたい」
「了解! それなら少し気合いを入れるか」
俺は祖父に習った特殊な呼吸法を使い、神刀に気を入れる。刀が光り刃が1.5倍程度に伸びる。
横薙ぎに刀を振ると3メートルほどの光る刃が飛んで行く。
【力徳流刀技光刃斬】である。
残念ながら神界でなければ使えない技だ。特殊な呼吸法のため、光刃斬の連続使用は1分間程度が俺の限度となる。
それでも光刃斬は圧倒的な殲滅力がある。
群がってくる悪霊を次々と斬り伏せていく。足元に悪霊を倒した事で霊片が溜まっていき、戦いにくい。
シロちゃんが神袋に足元に溜まった霊片を入れて、俺の足場を確保してくれている。
光刃斬の連続使用で悪霊の圧力が減ってきた。あとは普通に斬り捨てる事ができるだろう。
俺は神刀に込めていた気を止める。散発的に襲ってくる悪霊を倒していく。
シロちゃんは霊片を拾う事に夢中になって、尻尾が興奮して横に揺れまくっている。
いつもの10倍は倒したからなぁ。
その時、俺の膝から力が抜ける。ちょっと無茶したかな。気合いを入れ直して両足を踏ん張る。
まだ戦えるな。
「シロちゃん、頂上に行ってみるか?」
「もう少し待ってね。あと少しで霊片を拾い終わるわ」
「了解、俺は少し休ませてもらうな」
竹製の水筒で喉を潤す。中身は神水である。陰暦5月5日の午の時に降った雨が竹の節にたまったもので、ありがたい水らしい。
身体の疲れが取れていく。
霊片を拾い終えたシロちゃんが俺の顔を覗き込む。
「ナギ、大丈夫? 無理させちゃった?」
「これくらいは問題ないな。どれ、そろそろ何があるか行ってみるか」
霊片を拾い終えたシロちゃんと騒がせ山の頂上に向かう。
頂上付近に大きな黒い靄が集まっている。周囲には悪霊が漂っている。
俺は周囲の悪霊を神刀でぶった斬る。シロちゃんは両手を胸の前に合わせ、祝詞を唱えている。
集まり過ぎた穢れを祓う必要があるのだろう。
数分で黒い靄は無くなった。黒い靄が晴れた地面が少し盛り上がっている。何かを埋めた跡のようだ。
10㎝ほど地面を掘ると直径5㎝ほどの玉が出てきた。
「シロちゃん、その玉は何?」
「分からないわ。何かの憑代に使われたものだと思うんだけど……。神格管理局に持ち込んで調べてもらうしかないかな」
さすがに今日は疲れた。真っ直ぐ神格管理局に行って、霊片を納品して終わりたいもんだ。
神格管理局の霊片納品所では結構な騒ぎになった。シロちゃんはただでさえ人間の俺を眷属にしているため通常の数倍は霊片を納品している。それがいつもより10倍を超える量の霊片の納品だったためだ。
すぐに受付の赤狐( の女性に別室に案内される。椅子に座って待っていると罪人になった感じだ。中学時代のヤンチャな時を過ごした体験のせいだろう。こちらが悪くなくとも構えてしまう。
部屋の扉が開き女性が入ってきた。
白い髪と白い狐耳、白い尻尾から白狐であると分かる。実年齢はわからないが外見は妙齢の女性だ。装束は赤色の袴を着ている。
妙齢の女性は自己紹介などすること無く、すぐに質問を始める。
「あなたたちがあの量の霊片を納品したのね。どういう事かしら」
何となく責めている口調だ。シロちゃんが返答する。
「騒がせ山で悪霊が大量に発生してました。そこで討伐してきたんです」
「確かに騒がせ山の悪霊が増えているとの情報はあったわね。それにしても一ヶ所で討伐できる数を大幅に超えています。ちょっと信じられないですね」
訝るような視線をこちらに向けてくる。
「騒がせ山の頂上に行くにつれて悪霊が増えていきました。その頂上には濃厚な黒い靄がかかっておりまして、祓いはしましたが、その地面にはこの玉が埋め込まれていました」
そう言ってシロちゃんは騒がせ山の頂上に埋まっていた直径5㎝ほどの玉を出した。
「憑代になったものだと思うのですが、何か分からなかったのでこちらで調べてもらえますか?」
妙齢の女性はシロちゃんから玉を受け取った。厳しい顔つきで口を開く。
「この玉は調べてみるわ。貴女も母親のような事にならないように無茶はしない事ね。痛い目をみる事になるわよ。これは年配者からの助言と思ってくれれば良いわ」
顔をこわばらせたシロちゃんが言葉を発する。
「肝に銘じておきます。サクラさん。それでは失礼いたします」
急いで部屋を出るシロちゃんを俺は慌てて追いかける。神格管理局を出たところでシロちゃんに追いついた。
シロちゃんの顔を見ると泣き出しそうな顔をしている。
「ほら、そんな顔をしてないで。お母さんは大丈夫。きっと生きてる。見つかるよ」
俺はシロちゃんの頭に手を置いて言った。シロちゃんの瞳から一筋の涙が溢れてきた。俺は言葉を続ける。
「シロちゃんがお母さんの無事を信じなくて誰が信じてあげるんだ。どれ、家に帰って朝ご飯にするぞ。お腹いっぱいになれば、変な事も考えないようになるからな」
歩き始めるとシロちゃんは俺の右腕にしがみつき、顔を埋めてきた。
とても歩きにくいがしょうがない。このまま行くか。
昇ってきた朝日を見ながら、ゆっくりと街外れの狐神界のシロちゃんの社に歩き出した。
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