1
社会人となっても職種によって人生模様は様々に別れる。女の転職はムズい上に生きにくい。男の辛さはわからないけど女の辛さもわからないでしょう?ただひたすら面倒臭いし、疲れるけど、取り敢えずしょうがないからそれなりに頑張る話です。
1.戦いの火蓋は落とされる
朝の電車は辛い。何しろ混み方が半端ない。押し合いへし合いしながら、他人の汗の臭いに具合悪くなりつつなるべく息を殺しながら自分の居場所の確保に努める。大学卒業したら結婚して悠々自適に主婦生活と言われながら育ち、あぁ、人生はそう上手くいかないものなのだと心から歯ぎしりしながら人生を噛みしめるいま、固く目を閉じながらひたすら会社までの道のりを耐える私である。
私が選んだ会社はどういう訳か ガテン系。なんでむっさい男しかいない職場を選んでしまったのか...。答えは一つ。楽だと思ったのだ。
前の会社は地質調査をする会社だった。山に登り、地質図を描く。これまた自由なお仕事と思ったのだ。自由だった。時間は無く、寝る時間も少なく、周りはオタクと呼んで差し支えないほどの石オタクの集まり。”僕の夢は、いつかロッククライミングで××に上る事なんだ!!切り立った崖が僕を呼んでいる!!”とかなんとか先輩は言っていて、奥様も同様に趣味はロッククライミング。付き合っていられませんよ・・・。それはそれでいろんな知識が毎日増えて楽しかったのだが・・・。私は山の高いところは平気なのだが、法面の高い所は大の苦手だったのだ。そう、それを人は”高所恐怖症”と呼ぶ。あの時恐怖で足元がぐらつく私に向かって、”端から端まで写真取れ。その後断層の計測とスケッチしておけよ。””無理です!!端には手が届かないので計測できません!!””馬鹿言ってんじゃねぇ!!安全帯外して行ってこい!!””落ちます!!””落ちねぇよ!!(怒)”私は死を覚悟した。あぁ・・・私の人生もここまでか・・・私が選んだ仕事・・・!!ここで死ぬなら本望・・・ってなるかぁ~!!外したけどね!!安全帯!!根性で計測しましたけどね!!スケッチもやり遂げましたとも!!足元3~40cmの幅しかない崖っぷちの法面に立ち!!泣きそうになりながら四つん這いで移動しましたとも!!怖くて目眩するぅっっ体が揺れてるぅぅっ!ムリムリムリムリ!立ってなんぞいられるか!!回りになんて言われようとドーダッテイイ。クッソー!それから暫くへっぴり腰とか根性ないとか言われながら過ごしましたけどね!!そんなこと言われても欠片も悔しくないぐらい怖かったんだよ!!悪いか!!!!私はダムの法面のスケッチに行った時から法面から数百メートル落ちて死ぬ夢を何度も見たのだ。耐えられん・・・。私の心は折れた。野山の中でうんこしようと、川の中を歩き回って蛭に血吸われようと平気だった私は耐えられなかった。せっかく少しずつものになり始めていたのに・・・。しかしやめた時期は正解だった。政治家が××党に変わるとダムの建設の中止が叫ばれ、私が辞めた後あっという間に会社は傾いた。皆が散々になった事を後から聞き、本当に悔しかった。血管のように伸び広がる支流を考えるとダムが必要なところは幾つもあった。すべて中止になり、下流の町の心配をしていたのを思い出す。国の頭が阿呆だと国民の私たちは死と背中合わせになってしまうのだと今ならわかる。まあ、今となっては・・・という話だが。どうせ一国民でしかない私たちには大海に揺られる木の葉みたいなものだからどうにもならないけど。
やっと会社に就いたぁ♡前の会社の法面を思い出すとここは天国!トイレも男女分かれていてきれい!室内の人間も5人程度だから普通人間関係で揉める事はまず無い。普通は・・・普通・・・いや、気を取り直して、何より法面が無い!!素晴らしい!!エアコンも効いてる!そう思えば多少の事は耐えられる。暇そうな職場だし♡私は会社のドアを嬉々として開けるのだった・・・。
「おはようございます!!今日もよろしくお願いします!!」
私は今年で29歳になった。普通のサラリーマン家庭で育ち、女性にも学力をと母が大学まで出してくれ、夢というものに縁がなく、結婚し、今に至る。最初に就職した場所はそこそこ給料も良く、結婚したら夫に「おまえはバイトで十分だから。俺を支えろ」とか言われて色々揉めて、面倒だから会社を辞めてアルバイトに切り替えた。家で過ごす時間が無駄にしか思えず、バイト先では人間関係に恵まれなかった。転々とした後、今日、就職の面接を受ける。適度に働けて適度に給料をもらい、適度に好きなことをして過ごす事が一番と思いながら私はここに立った。事務員だったら楽かな?長く勤めれそうなとこならいいな。なんて考えながら・・・
「すいませーん。面接に来ました。上杉です。」
結構女性来てるな・・・これは落ちちゃうかも・・・
既に何度か面接で弾かれている身としては諦めが入る。
事務員募集で保険や保証に関してしっかりしてくれてる中小企業って結構少なかったんだよね。給料少ないけどここならって思ったんだけど・・・内容も多分付いて行けると思うし・・・
そんなことを考えていると奥の方から女性の声で
「上杉さんね。今順番に面接しているからそこで少し待っていて。」
かなり年配の女性からそう言われて、「はい」と返事をしながら廊下で立って待っていると
「上杉さんいらっしゃいました」
と部屋の奥へ女性が声をかけた。
「じゃあ、上杉さんすぐ通して」
と、男性の声が聞こえ、年配の女性が焦ったように声を荒げる。
「困ります!もっと前から待っている方たちもいるんですよ?順番を守ってもらわないと・・・」
今度は男性が声を荒げる。
「誰を入れるか決めるのは私だろう!黙って通せ!」
うっわ~・・・なんだこの会話。待っている人間が5人は居るのに・・・どうなってんの?
「上杉さん、入って!」
男性の言葉に年配女性を見つめると、顎をクッと動かしながら、ものすごい目力で私を睨みつけ、細い糸目が更に細く鋭くなる。
やめてくれるかなぁ?糸目が怖いと思ったの初めてだよ・・・激情タイプかなぁ。逆らったらいかんタイプだ。
「上杉さん・・・どうぞ・・・」
「はぃぃ・・・」
怒りで顔の色が赤く変化していく年配女性の横を通り抜け社長室と書かれた扉をくぐる。
これまたいい感じに中年の男性がソファーに座って私を見上げていた。
「まぁ、座って・・・」
「はぃぃ・・・」
「君は××大学出なんだね・・・私も同じ大学なんだよ。だから入社させるのは君と決めていたんだ。外見も悪くないしねぇ・・・」
「はぁ...」
「専攻は建築なんだね。4年制か。大学は楽しかったかい?」
「付いて行くのがやっとでした。自分ではよく4年で卒業できたと思っています。」
「正直だねぇ。でも、運も実力の内さ。じゃあ、君に決定ね。」
男性は扉を開けて年配の女性に声を掛ける。
「上杉さんに決定ね。ほかの人帰らせて。」
「皆さん面接を受けるために来たんですよ!!順番飛び越した上に帰れは常識外れにもほどがあるんじゃないですか!?」
「どうせ断るのに時間の無駄だ!じゃあ、後は頼むよ!そしてこの部屋に入ってくるな!!」
「「!!」」
年配女性とともに目が点になって一瞬頭の中が真っ白になった。いっ今の言葉はどういう意味だろう・・・さすがは年配者。私をギッと睨みつけた後、
「皆さん申し訳ないわねぇ。社長が決めたことだから・・・」
と私の背を押した。
「「「「!!!」」」」
くそ婆、私に責任転化したな。。。逃げやがった。。。皆が睨んでるぅ!睨んでるよぅ・・・!
皆さん黙って立ち去られました。緊張で肩がっ肩が痛いよぉ(泣)この瞬間から年配女性は私の中で“くそ婆”に昇進した。泣きそうに潤む私の目を見ながら婆は言った。
「いつから出勤できるの?引継ぎをなるべく早く終わらせてほしいのだけど・・・すぐに来れるならそうねぇ来月の1日から来てくれるかしら?今日は疲れただろうから帰りなさい。ちなみにあそこに座ってる女性が会社を辞めるから代わりにあなたを入社させることになったのよ。私はあなたに会社に入ってもらうのは賛成ではないけど決まってしまったのだからしょうがないわよね。では、8日後、9:00出社でお願いね。」
しょっぱなからどえらくきつ~いお言葉ですねぇ。しかも、私に予定を聞く気は無いのですね・・・あの社長も怖かったしなぁ・・・あれは投げやりな決断をしているようにしか見えなかったし・・・事務員の彼女はこっちに目も向けない・・・とにかく収入を確保しないとな。入社するかどうかは後から決めても遅くないしね。
「はい、では1日に伺います。宜しくお願いします。」
深々と頭を下げ、これから過ごすことになるであろう不安な未来に目をつぶり、そそくさと早足で会社を後にした。
なんで面接を受けるだけでこれほどのダメージを負わねばならない・・・泣きそう・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
電車の中で思い返すとだんだん腹が立ってきた。
ふざけんじゃないわよ。あの社長は、後から入った人間がどういう扱いを受けようと気にも留めない感じだったぁ。喧嘩売りまくりの社長が味方になっても普段みじめになるだけだからいらないけど(怒)!年配婆は自分の思い通りにならないことは無いと思ってるくちだな。今は黙ってるけど後から怖そう・・・。会社辞めるっていう女性はドラえもんみたいな感じの後ろ姿だったな・・・。ドラえもんだったらよかったのに。。。なんだか、、、変な会社だったな。
大丈夫かな。。。私。。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして夜が更けてゆく。今日はやけに・・・夕日が目に痛い・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の朝は猫の額ほどの広さしかない庭の手入れから始まる。水を撒き、割りばしで青虫の除去。元気に育て!私の野菜たち!!
トマト・ナス・キュウリ・・・家庭菜園の定番。なかなかこれでも元気に育ってくれているのですよ。借家ですけど楽しみは必要。この子たちの世話、いつまで気合い入れてできるかなぁ。土の改良から始めたのでかなり愛情もこもっている。会社ちょっと遠いからな。。。通うと疲れちゃってきっと世話ができなくなってくるんだろうな・・・きっとみんな枯れちゃうっ・・・うぅ・・・
取り合えず数日休みなんだし、虫取りに励もう。専用割りばしでチマチマ・・・チマチマ・・・そして日が暮れる。
夫が家に帰ってきて一言。
「おまえは俺に養われるんだから、軽い気持ちでいいんだよ」
んなわけないだろう。ターコ。どんだけ人馬鹿にするの好きなんだよ。だいたい養うってあんた浮気してるじゃん。ほかの女のところへ通う奴当てにして生きて行けってか?バカも休みやすみ言えよなぁ。。。とか思いつつ、
「そうだねぇ。まーくん頑張ってね♡」
まーくんは胸張って威張り散らしてる。あんたが浮気してるの私が知らないと思ってるな。態度に出やすいからすぐ分かっちゃったんだけど・・・しょうがない奴だ・・・いつかやめてよね。私の精神が持たないから・・・はぁ・・・
数日は昼間は平和に、夜はちょっとムカつきながら過ぎた。明日は会社かぁ。不安は大きいけど、まぁ、最初は何でも同じだろう。いいか?私!おとなし~く。目立たないよ~うにが一番敵は作らない。肝に銘じておけよ・・・と自分に言い聞かせながら床に就いた。
「おはようございます。今日から宜しくお願いします。」
挨拶大事。たとへ返事が無くても。。。待つ事3分程度。。。帰ろかな。。。
奥からごそごそ聞こえる。。。あっ・・・この間のババア。。。
「おはようございます。上杉さん。よく来たわね。私は経理の加藤と言います。これからよろしくね。」
「上杉です。加藤さん、宜しくお願いします。」
「入社手続きの書類提出お願いね。あと、三浦さ~ん。新しい人紹介するから来て。」
「はぁ~い。」奥の方から小走りで走ってくる・・・ドラエモン・・・。私より背が低い。(ちなみに私の身長は155cm。体重は内緒。中肉中背だ。)
「仕事内容は三浦さんが教えてくれるから。三浦さん、引継ぎしっかりやってね。あなたがいなくあった後上杉さんが困らないように。」
「はぁ~い。」
「返事は伸ばさない!いったいどういう教育されてきたのかしら・・・」
「「!!」」三浦さんの目が吊り上がってくる・・・。
「まあ、後少しだし・・・。上杉さん、三浦さんがいなくなってもわからないことが無いようにしっかりね。まあ、何かあったら私に聞けばいいから・・・。」
「「!!」」背中から嫌な汗が流れるぅ・・・笑え!笑うんだ私!!
「ごっ・・・ご親切に有難うございます。何かあったら宜しくお願いします・・・」泣きそう!
「まぁ、私のしている仕事はパソコンさえ出来れば大丈夫だから。あなたパソコンはできるのかしら!?」
「前の仕事でも使っていましたのである程度は・・・と言ってもワードとエクセルぐらいですが。計画書やグラフの作成などならしていましたので・・・」
「!」三浦さんの目が更に吊り上がる・・・怖ぇぇ・・・
「あら、三浦さんより使えるんじゃないの?良かったわねぇ。使える子が入ってきて。」
「「!!」」ババア・・・煽るなぁ・・・。やばいぃぃ・・・変な汗がぁぁ・・・私は下を向きながらハンカチで汗をぬぐった。ついでに涙も・・・。
「上杉さん、机の方へ移動しましょうか・・・今から仕事教えるから・・・」
「・・・はぃぃ・・・」返事が小さくなるのはしょうがないと思う。泣きそうなのも・・・。私は加藤さんに頭を下げた後、三浦さんの後に付いて行った。仕事教えてもらうまでは我慢我慢・・・
「私が作っている書類は全て机の上に乗っているから。見てわからないことがあったら言って。」
「・・・はい・・・」教える気無いな・・・。まぁ、しゃべらない方が楽だな。とりあえず周りの人に自己紹介と挨拶しておこう・・・。
「おはようございます。上杉です。お世話になります。宜しくお願いします。」私が人がいる少し手前で頭を下げて挨拶すると三浦さんが、
「あぁ、紹介してなかったわね。こちら支店長の工藤さん、主任の林さん。あと一人いるんだけど。それはまた後程ね。」と紹介してくれた。
後ろの方から加藤さんが顔を覗かせて、「新しく入った子はしっかりしているはねぇ。自分からきちんと挨拶するんだから。皆さん宜しくお願いしますね。」と声を飛ばしてきた。三浦さんが
「グゥッ!」と声を押し殺した音が聞こえる・・・泣いていいかな?思うまでもなく涙が浮かんでいたようで、
「まぁ・・・ガンバッテ・・・」
支店長が呟くように片言と化した励ましの言葉を掛けてくれた・・・
「はぃ・・・」私も小さく返しておいた。
「ま~ぁ!?上杉さんはぁ~?仕事できるみたいだからぁ~?机にある書類見て、解らなかったら聞いて?」
「・・・はぃ」
机のそばの椅子を指さし、
「すいません・・・ここに座っていいでしょうか・・・」
「いいよぉ~」 ・・・こっ・・・このドラエモンはぁ~(怒)憎たらしいなぁ!!
「有難うございます」怒るな私ぃ~。三か月の我慢・・・。
椅子に座って書類を見始める。内容に解らない点はほとんどない。この数字を出すのに基になったデータがあるはず・・・
「三浦さん、すいませんが、このデータの元の数字が何処にあるのかと、入力してある式の内容が見たいのでデータ保存しているパソコンを見せてください。」
「伝票から数字は起こしてあるから伝票はここ・・・・パソコンは・・・これだけど・・・」三浦さんは半目でちらりと自分の席においてあるパソコンを見た。どけよ!!ドラエモン!!
「・・・拝見させて頂いても・・・?」
「・・・いいけど・・・」
「・・・席を暫く譲っていただいても・・・?」
しぶしぶといった様子で席を空ける。私だってねぇ、老けまき散らしてるドラエモンの席なんて座りたくないのよぉ・・・仕事だから・・・それに教えてくれないんでしょ?遠慮していられないよね?
「失礼します。データの場所を教えてください。」
「・・・ここです・・・」
「有難うございます。ちなみに頂いた書類に解らないことや質問事項を記載しても宜しいでしょうか?」
「・・・いいよぉ・・・」
まったく。ガキかよ・・・。私と二回り近く歳離れてるのに・・・年下に気を使わせすぎでしょ・・・?
パソコンデータから入力されている式を表に書き出していく。そこからどういう計算をなされているかと式の意味。データとして表示されている数字の意味を記載していく。・・・うん・・・解らない所無いな・・・。表の意味とこの表から導かれる今後の予想。どこの数字が上がっていかないと会社として大きくなっていかないかを自分なりに考え、表を分析する。プラスアルファでどのような表とグラフを作ることにより明確化されていく指標を記載する。後は事務員さんの仕事だから、会社の中のどの棚に何が保管されていて、自分が係る書類が片づけてある場所と、処理委の処理方法をどうしているかを確認して・・・たいして仕事量無いな・・・。この会社、仕事は楽だ!!ラッキー!!・・・人間関係かぁ・・・ばばあ・・・ばばあが問題だぁ・・・
あぁ・・・昼だ・・・。
「三浦さんのおかげで大雑把ですが、だいたい把握しました。有難うございます。まだまだ詳細部分が解らないので、後で教えて頂いても宜しいでしょうか・・・」
「・・・うん・・・いいよぉ・・・」
「・・・・」
「上杉さん、昼だしご飯行こうか。買い物の場所も教えておきたいし、話しておきたい事も色々あるし・・・」
「はい(^^)」
何の話かなぁ・・・?怖いもの見たさの楽しみがあるよねぇ。こういう時って。ちょっとビビってるけど、まぁ、殺されるわけでもあるまいし・・・。ゆっくり聞きましょうか・・・。私は少し重い腰を上げた。
天気は良い。それほど熱くはない日差しを眺めながら三浦さんの後を付いてゆく。目上の人の一歩後ろを歩く。なるべく黒子のように目立たないように・・・いや、別の意味で目立ってるな。逆に・・・。などと意味のないことを考えながら歩く。
「ねぇ、隣歩いて。首回すのめんどいから。」でしょうね。ドラエモンだもの。
「は~い」距離近いよ。フケが付くからあまり近づきたくないんだけど・・・。
普段生活用品の買い出しでお世話になっている店と、弁当屋の説明。配達可能な店とそうでない店。だいたい20分程で歩き終え、昼食を取ることになった。
「ここにしよう。安いし美味しいから。」
「いいですねぇ。おすすめは何ですか?」
「定食があるから定食がいいよ。」
「では、私は生姜焼き定食で。」
「決めるの早いね。」
「深く考えない質なんです。根が単細胞なもので・・・(笑い)」生姜焼き以外魚料理しかないのよね。三浦さんも同じの食べるのかな・・・?
席に案内され、しばらく窓から道を歩く人を眺めている間に何を食べるか決めたようだった。
三浦さんは同じのを食べるのは躊躇したようで、焼き魚定食を頼んでいた。
箸の使い方の良し悪し見るのは魚料理食べさせるのが一番なのよね。知ってて選んだのかなぁ。
「おぉ。焼き魚も美味しいですよねぇ。どんな魚が来るのでしょうか。楽しみですね。」
「そうね(笑い)」
「そういえば、何かお話が合ったんですよね?伺ってもいいですか?怖い話じゃなかったらいいなぁ~」
「上杉さんにとっては少し怖いかもね。私が辞める原因よ・・・」だいたい想像ついてるけど・・・
「私が辞めるのは、加藤さんが原因よ。細かいことに色々煩い上に、私が男性人為媚売ってるって言って怒るのよ。」
「へぇ・・・そういう人なんですか・・・人は見かけによりませんね・・・」
「それだけじゃないの。私を召使か下僕だと勘違いしてるのよ。裏で何やってるかわからない人よ。郵便物取ってきてって言われてポストに取りに行ったことがあったんだけど、水道や電気の支払いしてなくて督促状が来ているのよ。」
「督促状ってよっぽど支払を長期間していない場合に来るやつですよね・・・珍しい経理ですね。何してるんだろう・・・」
「そう思うでしょう?だから、督促状って何ですか?お金支払ってないんですか?って聞いたら、わけわかんないこと言って怒り始めるのよ。私が悪いみたいに。おかしいでしょう。」
「そうですね。陰で何かやってるとして何か証拠とかあるんですか?」
「それが掴ませないようにうまい事されちゃって、しっぽ掴めないのよ。」
「では、口に出すのは得策ではありませんね。とりあえず聞かなかったことにします。怖いですし。」
ていうか、知りたくない・・・腰掛にその内容は重過ぎる。知らなければ頭を下げれば東りすぎる唯のその風だけど、知ってしまうと嵐の中叩き込まれるのと同じだからな・・・
「・・・そうね・・・それが良いかもね・・・」
「三浦さんは本当のところ、どうなんですか?」
「なにが?」
「会社本当は加藤さんの事がなければ辞めたくないんじゃないですか?」
「そうね・・・できれば・・・」
「三浦さんには本当に申し訳ないですが、私も生活があるので働かせてくれるだけで有難い限りなんです。ここに来るまでにいくつか面接落ちてしまって結構ダメージが残ってるんですよね。だから、働くのをやめるという選択肢がないんです・・・すいません・・・」
「・・・いいのよ別に・・・。私も一度決心したんだし・・・。余計なこと言ってしまったかもね・・・。ごめんなさいね。」
それほど悪い人じゃないな・・・やっぱババアが癖強すぎるな。
「加藤さんが、ちょっと・・・かなり・・・すごっく注意しなくてはいけないという事は分かりました。教えて貰えなかったら大変な事になっていたと思います。有難うございます。ほかに注意した方が良いことがあったら教えてください。三浦さんだから分かる事や、感じることがあると思うので・・・教えて頂けるとすごっく助かります。」
「わかった。なるべく沢山思っていること話すね。」
「有難うございます・・・あっご飯来ましたね。暖かいうちに食べましょう。」
「そうね。」
私は食事に舌鼓を打ちながら、会社の歴史や三浦さんの前に働いていた人の事、他支店の事務員さんとのつながりについて三浦さんから話を聞いた。歴代の事務員さんは長続きしたためしがないらしいことも不安を少し膨らませた。話の端々に、私の就職を止めたがっている事が感じ取れたのは、まあ、仕方のない事だろう。そして、三浦さんの橋の持ち方や扱い方は決して良いとは言えなかった。・・・あぁ・・・これは指摘されてもしょうがないわ・・・後少しの付き合いだし黙っとこう。せめて口は閉めて食べてほしいけど・・・。食欲失せるわぁ・・・。
この後私の反応が薄かったせいか今日は色々言ってくることは無かった。会社へ帰ってから死んだマグロのような眼をしてボ~っとしている時間がちょくちょくあったせいか、支店長に
「上杉ちゃん大丈夫かい?」と聞かれてへらへら笑っていた気がする。いや~な気分だけ抱えて一日は終わった。お疲れ様ですと挨拶だけ述べ、頭の中では家に帰ってもろくな事無いし帰るのもやだなぁ...。なんて考えながら家路についた。
きっとこれから良い事あるよね・・・。なくては困る。平和で、好きな事やって、言いたいこと言って、美味しいもの食べて、好きなもの見て、気に入ったものに囲まれて生きていきたい・・・。なのに・・・生きる気力が削がれるばかりの一日だった。
▲ページの上部
続きは気が向いたら出します。