アロン=ベイル様へ
ジーン = ケンプソンの手紙
突然の手紙で失礼します。
先日お世話になりましたジーン = ケンプソンです。
あなたがこの手紙を読んでいるころにはもう僕はこの世界にはいないでしょう。自分のスキルでもって――あなたによって成長した力で、僕は死ぬのです。
なぜ自殺するのかにつきましては、もうすでにご存知かと思いますが、僕がクライド = ヘンズリーを殺したからです。
人を殺す行為は悪いことであると、僕自身誰に言われるまでもなく、人として生きる当然の常識として、幼いころから身についているのです。
しかし、彼を――クライド = ヘンズリーを殺したことに対して、僕は罪悪感を抱けませんでした。殺人をおこなったという事象に対して、嫌悪感や、拭えない汚れがついてしまった様な感覚はあるのですが、それは倫理観というか常識というか、あるいはよく分からない内なる自分の声であって、僕自身に感情の動きがないのです。
僕にとっては卵をカーペットの上に落として、黄身をぶちまけてしまったときに、カーペットの汚れを嘆いたり、卵の値段を暗算することはあっても、その卵を産んだ鶏に対して、耳カスほども申し訳ないと思わないような感覚なのです。
僕は彼を殺した罪よりも、それに対して心が動かない自分自身が何よりも怖い。
だから僕は死ぬのです。あなたによって成長した力で、僕は死ぬのです。
僕は別に、誰かに許してほしいわけではありません。ただ自分が今どういった状況にあるのか知りたいのです。しかし、馬鹿正直に誰かに事情を話しても、僕は捕まって答えを知ることもなく死ぬのでしょう。どうせ死ぬのなら自らの力で死んだほうがいい。力がなかったころの僕にとって、自殺は最も勇気のある行動でした。それがこの僕にとって生きづらい世界に対する唯一の反逆だったのです。しかし、今の僕にはそれはただの逃げでしかない。
アロン=ベイル様、僕はあなたを憎んではいない――それこそ彼を殺したときの罪悪感ほども。しかし、ひどく罪悪感を覚えている。あなたは生涯、僕に対して負い目を感じて生きるかもしれない。恩を仇で返す様な行為をしてしまい大変申し訳ないと思っているので、僕が彼を殺した夜について、あなたには伝えたいと思い、この手紙を送らせていただきました。自分勝手な願いになりますが、僕のことなんか、年に一度思い出すか、昨晩食べたもののようにトイレに記憶を流し去ってしまってほしい。
僕があの日、あなたのスキルによって力を得てから、僕は新たな仲間を手に入れ、追放の原因となったレアモンスターを討伐することが出来ました。たったひと月ほどでしたが、その時間は今までの人生では得られなかったほどの充実感があり、僕のパーティーは成功していた。
それとは対照的に、クライド = ヘンズリーたちのパーティーは自分たちの身の丈に合わないような高難易度な依頼を受けてそのたびに失敗し、何度も危険な目に遭っているようでした。彼らとは顔を合わせるたびに言い争いになっており、僕としては彼らに対して負い目を感じていたので、どうすることも出来ずに困っていました。
――クライド = ヘンズリーから和解しようと、一対一の話し合いの場を設ける知らせが来たのはそんなときでした。
僕は特に疑うこともなく、指定された時間に酒場に行くと、そこにはすでに出来上がっているクライドがいました。
「もう呑んでるのか」
と僕があきれていると、
「テメェが来るのが遅いんだよ」
とまるで僕が遅刻したようにクライドが攻めてきたのですが、そんな彼に僕はどこか懐かしさを感じて、つい謝りながら彼の対面の席につきました。クライドは酒が入るといつも以上に饒舌に、そして下品になる男で、誰かの悪口や下世話な下ネタを店の外まで聞こえるほどの大声で話したり、何か芸をやれと強要するといった絡み酒をしてくるので、僕は少し警戒していました。
しかし、そういった行動はせず、やけに度数の高い酒ばかり飲ませるといったいつもとは違う絡み方をしてきて、不審には思ったものの、「ここは俺がおごるから」と頻りに言ってくるので、これが彼なりの償い方なのかと一人納得しました。
それから二件ほど回った後、
「少し外を歩かないか」
と彼が言ったので、僕もうなずいて彼とともに夜の街の中を歩いていました。そのころには僕もすっかり酔っぱらっていて、思考もうまくまとまらず、自分の体から5cmくらいの距離で全身を包み込む暖かい空気を纏っているような感覚でした。靴越しに感じる地面の感触も曖昧で、フワフワしたまま彼の背を追っていると、気づけば僕たちは街から出ていました。
「クライド、いったいどこへ向かっているんだ」
僕は気になったので、彼にそう訊ねたのですが、
「もうじき着く。いいから黙ってついて来いよ」
と彼は吐き捨てるだけで一向に目的地については話さず、三十分ほど歩いていると、ようやく彼は立ち止まりました。
「ここは……」
よほど酔っていたのかそこでようやく僕の鈍い頭でも、目的地の場所が分かりました。
「やっと分かったのかよ、相変わらずトロくせぇな、ジーン。謝罪するってんなら場所はここしかねぇだろ」
クライドが僕を連れてきたのは、あの追放された日にレアモンスターと遭遇したダンジョンでした。僕が戸惑っていると、彼はそそくさとダンジョンの中へ入っていこうとしていました。
「おい、まさかダンジョンに入るつもりか? 僕もお前もまるで装備を持っていない丸腰じゃないか」
「はぁ、寝ぼけてんのかテメェ。俺もお前も魔法があんだから装備なんていらねぇだろ。ここには雑魚モンスターしかいねぇ。なんたって今の俺たちを倒せるようなレアモンスターはテメェが倒したんだからなぁ、『念力』のジーンさんよぉ」
いいから行くぞ、と半ば引きずられる形で僕たちはダンジョンの中へと入っていきました。このとき平常時ならクライドがまるで謝る気がないような態度であることも気づけたであろうし、彼の腕を振り払って抵抗することもできただろうと今になってみれば思います。
もう何度階段を下りただろうか、ぼんやりとした思考のままクライドに引きずられながら歩みを進めてだいぶ深い層まで辿り着いてしまいました。道中のモンスターは二人で手分けしながら倒したが、酔いの影響からか何度か危ない場面がありました。酔いの影響はクライドにもあったのか何かを確認しているような素振りをしており、頭の遠いところで警鐘がなっているように感じました。
そして開けた場所についたときに、ようやくクライドの足が止まったのです。
「このあたりでいいか」
「クライド、今更ではあるけど、たかが謝罪のためにわざわざこんなところまで足を運ぶ必要があったのか」
「当たり前だろう、なんせ誰にも見られるわけにはいかなかったからな」
自分が僕に謝罪している姿をそこまで誰にも見せたくないものであろうか。彼のあまりの尊大な態度に僕は呆れを通り越して尊敬してしまいました。
「分かったからさっさと謝罪してくれないか。僕もさすがに疲れたんだ。早く帰って床に就きたい」
「……お前何か勘違いしていないか? 謝罪するのはテメェだよ、ジーン」
「え」
僕が驚いていると、クライドは掴んでいた僕の腕を握り直し、次の瞬間には投げ飛ばしていた。
「うっ、い、いったい何を」
「テメェいつから俺と同じ目線に立っていると自惚れていやがった? 荷物持ちでしかなかった雑魚が、ちょっとスキルに恵まれた雑魚と弱者同士で仲良くなって、強くなったと勘違いして、生意気にもパーティーを作って、あのときのレアモンスターを倒しただと」
倒れ伏す僕の胸ぐらをつかんで、クライドは囃し立てた。
「全部テメェのせいだよ。パーティーで依頼がうまくこなせねぇのも、お前のこと引き合いに出されて陰で笑われんのも、酒でうまく酔えなくなったのも。全部テメェのせいだよ」
クライドは僕をつかんでいた腕を乱暴に離すと、目一杯に振りかぶった右足で僕を蹴飛ばした。
「謝罪しろよ。そしたら許して、またパーティーで荷物持ちとして飼ってやる。でなきゃモンスターの餌行きだ。どうするよ、ジーン」
「ふざけるなよ。もう僕は泣き寝入りするだけの、力なき荷物持ちのジーンじゃない。あの人に強くしてもらった『念力』のジーン = ケンプソンなんだ」
僕がクライドを睨みつけながらそう言い放つと、
「そうかよ」
と吐き捨てるようにつぶやいたかと思うと、彼の周囲には無数の氷柱が生成された。
「じゃあ、テメェは餌行きだ。食いやすいように細切れにしてやるぜ」
クライドのスキルによって放たれた無数の氷柱は、まるで壁のようだと思わせるほどの密度で集中しており、とてもではないが横に飛ぶなどしても躱せそうになかった。僕は念力を使って、咄嗟に氷柱をはじき返した。時間にして一秒にも満たない瞬間的な出来事だった。
クライドとは元々同じパーティーに所属していたから、彼のスキルの詳細については知っていた。彼のスキルは、生成した氷柱を高速で射出する魔法を操るスキルで、射出された氷柱の行き先を後で変えることはできない。だからクライドは、そのスキルを複数回同時に使用して、対象とその対象が避けるであろうスペースを狙って氷柱を射出する。はじき返せば彼にそれをどうにかするすべはないことを知っていた。
知っていたハズだった。まずいと脳裏によぎるときには、氷はクライドに届いていた。
――即死だったのだと思う。僕が近づいて確認したときには、かろうじてそれがクライドだと分かる程度で、首から下はグチャグチャになっていた。以上が、あの夜にあった出来事です。
僕が彼のパーティーにいたころ、正に荷物持ちとしてこき使われていたころ、依頼の分け前は彼らの三分の一程度で、何かあれば殴る蹴るの暴行に遭い、ときには重い盾を持たされタンク紛いのことや、囮役などをやらされた。そのたびに、暗い感情がわいてきて、脳内で彼らに対してどのようなことを行うか考えただけで、酒を飲んだときよりも体が火照るのを感じた。妄想でしか抵抗できないあの頃の僕はあまりにも無力で、
「ぶっ殺してやる」
と口に出しても、手にかけられるのは妄想の中の彼らだけで、
「死んでやる」
と決意しても、臆病な僕にはナイフを眺めることしかできなかった。
しかし、実際にこうして手にかけてしまった僕は、妄想のときのように熱を感じることはなく、グロテスクなクライドの変死体を見ても、感情が揺らぐことはなかった。
あの日、アロンさん、あなたに強くしてもらったあの日に、僕は弱者ではなくなった。自らのスキルを正しく認識し、敵わなかったレアモンスターを討伐できた。叶わなかった妄想を実現できた。僕は強くなった。
しかし、殺人を犯して動揺しない僕に、内なる自分が囁くのです。
「お前は過ちを犯した。何も感じないその心こそ、この上のない罪だ」
強くなった気でいた僕は、ただの臆病者でしかなかった。臆病者に残されたのは、自殺しかない。だから僕は死ぬのです。あなたによって成長した力で、僕は死ぬのです。あの日あなたからもらったのは、彼を殺した強さだろうか、自らを捻じ切る勇気だろうか。
アロンさん、あの日の僕は、あなたに救われたのだろうか。
手紙ってこんな感じでいいのかな。
スマホを手にして以降、年賀状すらSNSの「あけおめ、ことよろ」で済ます私としては、書き方がよくわからない。でも、今から死にまーすってやつが、いちいちマナー気にした手紙書くか、って聞かれても、そうかなぁって素直に頷けない。最後くらい礼儀とかええやろ、伝われ! って気持ちそのまま、思いついたことをそのままに殴り書きしそう。
本来は能動的にジーンがクライドを殺す予定でしたが、前回の時点で、「もし自分がジーンなら、クライドぶっ殺したらアロンに申し訳ねぇな」と思ったので、こんな感じになりました。
相変わらず淡白な印象を受けるけど、普通に戦闘してたらそれはもうただの殺人になってしまいそうな気がする。クライド殺した後、彼のパーティーメンバー二人が襲ってくるとか、藪の中みたいに、彼らが飲んでいた酒場の主人、クライドのパーティーメンバー、クライドの霊を憑依させたイタコ的なサムシングの各視点とか書くべきなのかな
殺人犯の手紙とか書いてみたら楽しそうだなと思っていたのですが、実際に書いてみるとなんだかめんどくさくなって、早くまとめてしまいたいという気持ちが強くなりました。ココが書きたくて、書き始めたのになぁ。殺人犯に自殺させて、主人公に遺書送り付ければ、トリック考えずにお気持ち表明できると思ったけど、なんかうまくいきませんでした。
話は変わって、英語だと感動したはI'm moved. っていうらしい。感情が、あるいは心が動かされたってことなのかな。ショックを受けてOh, my god. (あぁ、我が主神かな?)とかなんだか詩的だなと思うこともあれば、日本語の深い表現が、ものすごく薄っぺらな、簡素に訳されているのをみたりと場合によってさまざまで、言語って面白いと思う。英語は苦手やけど