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追放者 ジーン = ケンプソン

 噴水に腰かけ、頭を抱えている少年は、確かに今朝見たジーン = ケンプソンその人だった。まだこちらには気づいていないようだが、イザベラは全身を紅潮させている。いますぐ飛び掛かるといったことはなさそうだが、十二分に警戒しているようだ。


「イザベラ、スキルを解いてくれ。おそらく彼が襲い掛かってくることはない。こうして会ったのも単なる偶然だ。それに彼は私の不手際による被害者だ。謝罪こそすれ、暴力をふるうことはできない」

「……わかりました」


 イザベラは右腕を除いてスキルを解き、制していた左手も下した。目で訴えたが、右手の紅に変化はなく、これが彼女のボーダーラインなのだろう。アロンはあきらめて、ジーンのいる噴水へと歩みを進めた。しかし、再度左腕によって制される。


「アロン様、不用意な接触はおやめください」

「イザベラ、これは私の単なるエゴかもしれない。しかし私には、彼に謝らなければならない責任がある。それに、悩めるものを見捨てて何がアドバイザーか。安心してくれ、ただ謝って彼の話を少し聞くだけさ。もうすでに無視して帰るってこともできないのだから」


 二人の言い争いが耳に入ってきたのだろう、噴水に腰かけるジーンとアロンはすっかり目が合ってしまっていた。


「あなたたちは……」

「ジーン = ケンプソンさんですよね、話は隣の彼女から聞きました。今回の件に関しましては、私の不手際によるものです。申し訳ございません」

「……頭をあげてください。思うところがないと言えば嘘になりますが、結局のところ役立たずの僕が一番悪い。荷物を運ぶことしか能のない僕が、今日はそれさえできなかったのだから」

「失礼を承知で申し上げますが、詳しい内容を聞いてもよろしいでしょうか」


 ジーンは一度うつむいた後、静かに語りだした。今朝の騒動の後、イザベラにやられたけがを治すべく高級ポーションの使用を余儀なくされ、すっかり懐が寂しくなったクライド一行は、ギルドに掲示されていた高額なモンスター討伐の依頼を受けることにしたそうだ。難易度的には普段こなしているものより少し難易度は上がるが、決して無理ではない代物であった。しかし、実際に現地に赴いて遭遇したのは、依頼書に載っているモンスターから変異したレアモンスターであったそうだ。


「レアモンスター……。どのようなモンスターだったのですか」

「依頼書に載っているものでは、原種は大蛇。しかし実際には翼が生えており、口から炎を吐いてきたんです」


 ――レアモンスター。

 簡潔に言えば冒険者に討伐されず、発生から十三年生き延びてスキルを手に入れた強者である。これはある物好きな貴族が、極秘裏に飼っていたモンスターに食い殺された事件により判明した事実である。その貴族が残した日記によると、偶然領地のはずれで見たことのない卵を発見し、珍しがった貴族はそれを持ち帰ったのだが、孵ったのはトカゲ型のモンスターだった。少々危険かもしれないとはわかっていたものの好奇心には勝てず、頑丈な檻を用意してそこで飼うことにした。

 しかし、やはり貴族自身も怯えがあったのだろう、モンスターが力をつけて檻を破らぬよう生きるのに最低限と思われる量の餌だけを与えていたようである。そのため、ワニ程度の大きさにまで成長したモンスターであったが、終ぞ檻を破る力は得られなかったようである――十三の夜を迎えるまでは。

 その時期を境に、ある貴族の領地にてかなり凶悪なモンスターが出没するという噂が出始め、それと同時にその貴族が姿を見せないという噂も広まった。そして、その貴族の邸宅を調査した冒険者たちが見つけたのがその日記であり、モンスターもスキルを手に入れることが出来るということが判明したのだ。その日を境に、スキルは神からの授かりものであるという宗教は廃れ、超自然的な存在の戯れによるものではないかとささやかれ出したのである。以降、冒険者という職業の需要は向上し、冒険者スキルを手に入れたなら、冒険者にならなくてはならないといった風に社会情勢は変化した。


 そんなレアモンスターであるが、クライド一行は一度交戦を試みたもののとてもではないが手に負えず、装備をすべてジーンに預け、撤退したそうである。しかし、いくらスキルによって大人三人を背負って走れるジーンであっても、レアモンスターの前では意味をなさず、装備を捨てて誰よりも早く撤退したそうだ。そして運のいいことに無事全員命からがら逃げることが出来たそうだが、装備を捨てて誰よりも早く逃げたジーンは三人から詰められ、追放されたようだ。


 話を聞いていたアロンは、そのあまりにも理不尽な仕打ちに眩暈がしそうになった。まず仮に荷物持ちだとしても、すべてジーンに持たせるのはどうかと思うし、そもそもレアモンスターに一度交戦を仕掛けること自体判断ミスである。例えイザベラのような傑物たちがパーティーを組んでいたとしても、依頼書と記載の異なるモンスターであれば、レアモンスターではないかということも危惧して、体制を整えるために即時撤退するであろう。話を聞く限り、気弱なジーンだからこそうまく丸め込まれたのだろう。


 アロンはますますジーンを不憫に思うようになった。そして、これは後になって分かったことではあるが一つの間違いを犯してしまう。


「イザベラ、今から行うことを見なかったことにしてくれないか」


 瞬間、イザベラに両肩を指が肌にめり込むほどの力で抑えられた。しかし、アロンも引く訳にはいかない。彼らは数十秒間見つめあうことになった。最初に目をそらしたのは、イザベラだった。


「――ここで貴方を止められない私は、やはり弱い人間なのでしょうね」


 すまない、とイザベラに謝った後、アロンはジーンに向き直る。


「ジーン = ケンプソン、私は今から君を対象にスキルを使用する」

「えっ、でもそれって」

「あぁ、規則違反だ。私のスキルには回数制限があり、ギルドには今年何度使用したかは毎日確認されるほどに厳重に管理されている。今朝君も見た通り、私は認識できないがスキル使用時には特殊な発光があるようだから、スキルは発動しなかったとごまかすことも不可能だ。報告しなくてもいずれバレる」

「そんなこと聞かされたら、ますます受けられませんよ。それに僕にあなたにそこまでしてもらう義理なんて」

「――私にはある」


 ジーンが断ろうとしている際に、アロンはその言葉を遮った。


「私にはあるんだ。頼む、ジーン = ケンプソン。これを一種の人助けだと思って、受けてくれ。もし君がここで断るのなら、私は一生、罪なき少年を自らの不手際で理不尽な目に遭わせたと後悔することになる。私はどうせ後悔するなら、何もせずに後悔するより、自らの行動によって後悔したい」


 気弱なジーンを「これは人助けだ」と無理に説得し、アロンはスキルを使用した。仮にそれでもジーンが断っていても、アロンはジーンの意思を無視して強行していただろう。


 頼む、今度こそ成功してくれ。その願いが神か、あるいは超自然的な存在に届いたのか、目を覚ましたアロンが見たのは、白い世界と少し凛々しくなったジーンであった。そのときアロンはひどく感動したようであるが、夢であるためか今になってみれば詳細には思い出せない。今思い出せるのは、ジーンの正しいスキルの使い方である。ジーンのスキルは『物を軽くするスキル』ではなく、『触れずに物を動かすことが出来る念動力を使えるスキル』であった。夢が覚めた後、本人にスキルの正しい使い方を説明したのだが、スキル使用時の違和感を抱いていたそうである。武器を軽くして振り回している際に、腕にしっくりと来ていなかったり、今朝の騒動のときだって、よく器用に三人を背負って走れるものだなと夢中だった当時は思わなかったが、今になってしっくりきたそうだ。


 これで彼も実力を身に着け、著名な冒険者になっていくだろう。きっと今朝の騒動のパーティから追放された冒険者が異常なほどの速度で活躍するのだ、アロンが申告しなくても、すぐに不正使用はバレるだろう。どのような罰が下されるのだろうか。アロンが早くも自らの行動による後悔をしていたところ、ジーンはこちらへ向き直り、勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます。あなたのおかげで、自分のスキルの正しい使い方に気が付けました。それに、なんだか力がみなぎってくるように感じます」


 そういってジーンは、先ほどまで腰かけていた噴水を、スキルによって周りの地面ごと持ち上げて見せた。アロンのスキルの体験者は、しばしばジーンのように「力がみなぎってきた」というような発言をすることが多いが、アロンはそれを一種の思い込みであると考えている。このように今までできなかったことが出来る、と噴水を持ち上げて見せてもアロンからすれば、対象者の夢の中で、正しいスキルの使用法を(未来? の)本人から直接聞いて、それを伝えているだけで、他人のスキルを強化していることなどはない。あくまで自分は、スキルがうまく使えていないものに対して、正しいスキルの使用法を教えて、成長させているだけなので、噴水を浮かせられたのだって元々ジーンにはそれだけの力があったハズである、それがアロンの考えであった。


「私のおかげではないよ、それはもとから君に備わった力だ。そもそも自分では持ち上げられなさそうだと思ったものは、まず持ち上げようとはしなかったハズだ」


 アロンがそう告げても、ジーンはどこか納得のいっていない風な顔をしていた。横でイザベラは「また貴方はすぐに謙遜して」とぼやいていたが、アロンとしては事実をそのまま言ったつもりでいるのでやるせない気分になる。


 そのあとは、時間も時間ということで解散となり、アロンは女性に家まで送られるという惨めな思いをして家路についた。


 それからひと月が立ち、ジーンは幾人かの者とパーティーを組み、見事あのとき追放の要因になったレアモンスターを討伐するという偉業を果たした。また、アロンのスキル無断使用の件は、以外にも減給処分で済まされ、この一件は何事もなく終わったかのように思われた。


 しかし、その約一週間後に事件が発生した。クライド = ヘンズリーがジーン = ケンプソンに殺されたのである。

碌な社会経験がないから規則違反の罰則がどんなのかわからん。

とりあえず減給にしておきました。


他に思い付いたのは、謹慎とか解雇ですけど、一応ギルドの上層部にスキルの価値を認められてる風に設定しているので、解雇はないんじゃないかな、知らんけど。

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