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氷雨のクライド

「――あの、アロン様。聞こえていますでしょうか」


 イザベラと出会った日のことを思い出していたら、目の前からイザベラの声がして、アロンはようやくイザベラが今日アドバイザーの業務があると伝えに来たのだと思い出した。彼女の今日の装いが、あの日と同じ深いブルーのドレスであったことからか、ついうっかり呆けてしまっていた。しかしやはり彼女には――


「あぁ、すまない。君のそのドレスを見て、つい三年前のことを思い出してしまった」

「――もう三年になりますか。こうして貴方と知り合ってから」


 イザベラもまた感慨にふけるようにこぼすと、執務室の机をさらりと撫でた。


「ところでアドバイザーだったね、連れてきてくれてかまわないよ。それで、今日はどっちなんだ」

「それが、どうやらフリー枠の様です」


 イザベラはそういうと、今回の対象者となる人物をまとめた簡単な書類をアロンに手渡し、冒険者を呼ぶために執務室を後にした。


 ――フリー枠。

 それはアロンがギルドに十五のときに所属してから、ギルドの上層部から推薦されるかたちで著名な冒険者にスキルを使ってきたのだが、ホッグホッグのおおよその著名な冒険者に使い終わって、まだスキルのストックがあまっていた。

 そのため、ギルド側でアドバイスを受けられる権利を高額で販売した。その権利をフリー枠と呼んでいるのだが、この価格設定がベテラン冒険者パーティーの一年間の収入程度であるため数としてはそれほど多くはない。そもそも一年間に使用できるスキルが十三回なので、アドバイザー業務自体が月に一度あるかないかといった程度である。


「フリー枠か、今回はうまくいってくれるといいが」


 そう一人執務室で待つアロンがつぶやいていると、イザベラがフリー枠の冒険者たちを連れてきた。数は四人で、おそらくリーダーなのであろう勝気そうな金髪の男がフリー枠のチケットを持っていた。


「こんにちは、フリー枠ということですが、アドバイスを受けるのはチケットを持っている金髪のあなたでよろしいでしょうか」

「あぁ、俺が受ける。俺はクライド = ヘンズリー、このパーティーのリーダーをやっている。それにしてもただの職員のくせに随分イイ女を侍らせてるじゃねぇか。それが噂に聞くアロンハーレムか」


 クライド = ヘンズリー、イザベラから渡された書類によれば、ツララのような氷を魔法によって打ち出すスキルを使用して、無数の氷柱によりモンスターを討伐している冒険者のようだ。その戦いぶりから「氷雨」と呼ばれており、なかなかの実力を持っているようだが、その素行の悪さからギルドの推薦枠から外されていたようだ。イザベラもまた問題児だったと思うが、彼女の場合はただ人よりも仕事に熱が入ってしまっていただけで、その働きぶりは評価されていたのだろう。――実力の割には推薦される時期がやや遅かったようだが。


「ハーレムなど、そのような大層なものではありませんよ。彼女は私のアドバイザー業務をする際のボディーガードの一人ですから」


 ――アロンハーレム。

 これもまたアロンが抱えている問題の一つであったりする。アロンがアドバイザー業務を行うようになって、ホッグホッグの冒険者の活躍が目覚ましいものになったことで、その要因となったアロン=ベイルは、周辺諸国から狙われるようになった。その対策として、ギルド上層部はアロンのボディーガードを、以前アロンにスキルを使用された推薦枠の冒険者たちから選ぶようになった。ボディーガードはローテーションで、週替わりで交代されるのだが、男性率は低く美人な女性冒険者ばかりが選ばれていたため「アロンハーレム」などと揶揄されるようになった。

 おそらく引き抜きなどをされないための上層部からの計らいなのだろうが、アロンとしては女性冒険者に申し訳がなく、かえってボディーガードが男性冒険者のときの方がひどく安心する。


 イザベラも「アロンハーレム」と呼ばれたことが腹立たしかったのだろう、クライドを見る目が尋常ではない。これ以上面倒ごとになると厄介なので、アロンはクライドを椅子に座らせ、さっさとアドバイザー業務を行おうとする。


「それでは始めますね」


 と形式的に話すが、実際アロンはこれから十分ほど眠りにつくため、傍から見ればシュールな絵面である。アロン自身仕事と称して居眠りしているのではないか、などと言われるかもしれないと思い、なるべく早く起きようと努力するが成果は見られず、眠りに落ちる速度だけが速くなっていった。


 アロンは意識をクライドへ向け、脳内のトリガーを引く。そして現れる脱力症状、目も開けていられなくなり、アロンは意識を手放した。

 目を覚ましたアロンが見た景色は黒。それを見てアロンは大きなため息をついた。


「失敗か、面倒なことになったな」


 アロンのスキルによる対象者への効果の有無は、夢の内容でわかる。成功時は、一面に広がる白い世界で、対象者から自身のスキルの正しい使い方を学ぶのだが、失敗時は、今のような何もない黒い世界で、夢が覚めるまで待機することになる。ギルドに所属してこのアドバイザー業務を行うまで、自身のスキルが失敗することを知らなかったアロンは、初めてこの黒の世界に訪れたときはひどく困惑したものである。夢が覚めた後もいつもと違って対象者に何らかの変化もなく、自身も対象者から夢でスキルの正しい使用法を聞かされていないため、「どうゆうことだ」と冒険者や上司から詰められてしまった。


 ――もう自分はスキルが使えないかもしれない。

 当時、一種のアイデンティティの喪失を味わったアロンであったが、幸い次の機会に行ったアドバイザー業務では無事スキルを使用できた。その後、スキルの発動に失敗した冒険者を再度呼び出し、スキルの使用を試みたが、結果はまたも失敗であった。

 ――どうして彼にはスキルの効果がなかったのか。

 アロンはそれが気がかりであったが、幸いほかの冒険者に対しては効果があったため気にしないことにした。そして、忘れかけていた翌年の暮れにそれはまた起こった。一回目の冒険者とは性別、年齢、スキル内容ともに共通点はなく、それぞれの冒険者と似たようなスキルを持つ冒険者には効果があったためまたも謎は解明できなかった。そして二一になる今現在において失敗したのは、六人。冒険者たちに共通点らしい共通点はなく、アドバイザー業務を行った時期も残りストック数も異なっていた、――ただこの黒い奇妙な世界を除いて。


 アロン自身は特にこの世界に対して、恐怖であったり、嫌悪感のような負の感情は抱いてはいなかったが、この後の展開を想像して気持ちはブルーになる。


 嫌だなぁ、と思いながら現実逃避していたら意識が浮上していくような感覚に襲われる。再度意識が飛ぶような感覚を味わった後、目が覚めるとぼんやりなんだかぬくもりを感じる。どうやらスキル使用時の脱力感による机と頭の衝突を未然に防いでくれたのだろう、アロンはイザベラに抱きかかえられていた。別に一度受け止めたあとは、ゆっくりと机に体を預けさせて寝かせればいいと思うのだが、アロンがそういってもイザベラがボディーガードのときはずっと抱きかかえられたままだ。


「イザベラ、もう目が覚めたから手を放してくれ」

「もうお覚めざめになりましたか、もう少し眠ったままでもよろしかったでしょうに。それで結果はどうなったのでしょう」

「……あぁ、残念ながら失敗だ」

「なんだとっ!」


 正面から耳障りな音が響く、氷雨のクライドだ。


「使えないやつだ、呑気に眠ったかと思えば失敗だと? まぁ、いい。もう一度待ってやるからさっさと俺にスキルを使え」

「……その場合ですと、もう一枚のチケットが必要になるのですが」

「なにっ」


 スキルを失敗してしまったため、アロンは申し訳なく告げるが、予想通りの激昂に寝起きの頭が刺激される。アロンのスキルのストックは、成功失敗にかかわらず使用することで消費される。ただでさえ十三回という数少ないストックにかかわらず、今のところスキルの効果がなかったものに再度使用してもいたずらにストックを消費してしまうため、(ギルドの欲深さもあるが、)フリー枠の値段は高騰してしまっている。推薦枠でアロンにスキルを使用された冒険者は、たとえ失敗してもただいたずらに時間がとられるだけであるため、文句の一つは言われるが大したことはない。しかし、推薦枠の冒険者の場合、高級な装備をパーティー全体で買い揃えられるほどの大金を失うのだ。だまし取られたと怒り狂うものが出てもおかしくはない。


「ふざけるな、こんなちっぽけな紙切れを買うのにいくらしたと思っているっ! いいからもう一度俺にスキルを使え」


 怒り狂ったクライドが、アロンに掴みかかろうと詰め寄ってくる。『他人を成長させるスキル』しか持ち合合わせていないアロンでは、まるで太刀打ちできない。もし仮に、一対一で決闘しようものなら、アロンは辞世の句を詠む間もなく体に無数の穴が開くことになるだろう。


 しかし、この執務室には一人の傑物がいる。クライドが、アロンに掴みかかろうとした束の間、クライドの腕はあらぬ方向に曲がっていた。


「ぐぁ、テメェ、何しやがるっ」

「これは正当防衛です。いえ、私が襲われたわけではないので、正当防衛ではありませんね。訂正いたします、私はボディーガードとして動いたまでです」

「コイツ舐めたことぬかしやがってっ」


 後ろで話を聞いていたクライドのパーティーメンバーの二人が加勢して、イザベラに殴りかかるが揃って撃退されていた。スキルを使用して紅潮した彼女の拳は、その細身の腕からは信じられない破壊力で、想像したくないものが破裂する音を執務室に響かせる。

 アロンはこのボディーガードに助けられているときが最も自らの惨めさを感じる。美しい女性たちに守られて、優秀な冒険者に少し手助けをすれば、彼らの功績から評価を受け金が転がってくるのだ。モンスターと命のやり取りをしてお金を稼ぐ冒険者の存在を業務を通して知っていくと、やるせない気持ちになる。


 しばらく破裂音がしなくなったかと思えば、イザベラに殴りかからなかったクライドのパーティーメンバーの一人が三人を抱えて執務室から走り去っていった。凄い力持ちだと感心していれば、目の端に紙が入る。先ほどイザベラに渡された資料だ。パーティーメンバーということもあり、先ほどの彼のことも載っていた。名前はジーン = ケンプソン、スキルは『物を軽くするスキル』で、どちらかといえば冒険者スキルよりも生活スキルに分類される。武器などを使おうにもスキルの効果で威力が軽減されてしまうことからか、パーティーでの役割はもっぱら荷物持ちなどの雑用をしているようだ。一見便利そうなスキルではあるが、うまく使えていないということが所謂『生活スキル』たる所以であろう。スキルのオン・オフが瞬時に行えるのなら、インパクトの瞬間だけ重さを戻してモンスターを攻撃するといったことが使えそうだ。本来なら、彼のようなものにこそスキルを使用したいものだが、ギルドの規則によりスキルの無断使用は禁じられている。


 アロンはジーンが出て行った執務室の扉を眺めていると、不意に脱力感に襲われた。


「イザベラ、すまない。スキルの使用による副作用が出たようだ、引き続き警護を頼む」

「了解しました」


 その言葉が聞こえると同時に、アロンの視界は暗転した。


 アロンが目を覚ますと、辺りはすでに暗くなっており、太陽は沈みかけていた。肩にかけられていた毛布からはイザベラの香りがする。暴力性を持つ彼女であるが、やはりこういった気遣いから彼女の優しさを感じることができる。


 もう今日は帰るか、たまった業務は明日の自分が何とかしてくれるだろう。ほとんど寝て過ごしたような気がするアロンだが、そそくさと帰り支度をする。そんなアロンに対して、後ろに控えていたイザベラが話しかける。


「アロン様、お目覚めのようですね。ご報告したいことがございます」

「あぁ、イザベラ。すまない、かなり眠り込んでしまった。報告したい事って何かな」

「今日アドバイスを受けに来たクライド = ヘンズリーのパーティーメンバー、ジーン = ケンプソンがパーティーから追放されたそうです」


 フリー枠のチケットは先述の通り膨大な価格で、アロンのスキル結果の成功失敗によりその後の進路に多大な影響を及ぼす。成功すればほぼ確実な大成が約束され、失敗すれば大金を取り返すため無謀なモンスターの討伐に挑み命を失うといったものも少なくない。しかし、フリー枠の冒険者に限って、スキル結果の成功失敗にかかわらず奇妙な共通点として、パーティーメンバーを追放するという問題が多発した。それが『パーティーメンバーの追放』である。大成したパーティーは、より箔をつけるために役立たずを追い出し、失敗したパーティーは、お前のせいで失敗したと疫病神のように扱い、メンバーを追い出す。メンバーが一人抜けることにより、一時的にはどちらも一人当たりの収入が増えるが、モンスター討伐においてパーティーのバランスは一人の抜けは容易に冒険者を危険にさらす。スキルが成功して成長していれば、それでも何とか乗り切れるであろうが、失敗したパーティの場合運が悪ければ命を落とすものもいるであろう。


「そうか、彼がパーティーから……」

「えぇ、ですから今日はご自宅まで護衛させていただきます」


 すっかり足取りが重くなったアロンは、しばらく下を向きながら歩いた。そんなアロンにイザベラはあまり気にしない方がいいと声をかけたが、そんなことが出来るハズもない。これで七人目だ、どうして自分のスキルには効果が出ないものがいるのか。そう悩みながらアロンが歩いていると、行き先を阻むようにイザベラがアロンを手で制した。


 一体どうしたのだろうか、とイザベラが見つめる先に目をやると、そこには噴水に腰かけて座る頭を抱えた少年がいた。ジーン = ケンプソン、クライドに追放された少年だった。

ジーン = ケンプソン……追放された冒険者、元荷物持ち

いつものサイトで、主人公っぽい名前が出るまでポチポチ生成しました。追放される奴はなんか知らんけど荷物持ちばっかりなんで、荷物持ちにしました。個人的にはバックパッカーみたいな風貌で戦う方が危険だし、ダサいと思う。ただでさえ鎧とか剣とかで重そうなのに、自殺志願者かな。


クライド = ヘンズリー……追放したパーティのリーダー

この人も同様にジーンと並行で生成。なんとなく語感るから、雨がある二文字くらいの熟語何かないかと思い、検索してみて初めは「雨衣」になる予定でした。水を纏って攻撃躱したり、刀に纏わせて切れ味を良くしたりとか考えたけど、某鬼斬りの長男みたいだなと思いやめました。


ボディーガードが暴行とか普通に訴えられたら負けそう。


意識してみたら確かに文章が読みづらいわ。そのとき書きたい!って思ったことを書くために、惰性でその展開にするための中間地点を書いてるからだろうな。

あと一話に出てくる固有名詞が多いな。その度に説明があるからペースがダレるし。でも、すでにほぼ最後まで書いちゃったから軌道修正できそうにない。

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