第八話「まぐれも実力」
ここまでお送りしてきた七番勝負。先にお伝えしなければならないことがあるのだが、勝負がつくのは4月2日の今日ではない。
確かに、一つ一つ丁寧に記録を見ていくというよりは、1日動き回っても平気であるかどうかという総合的な生存能力を見ているのだが、能力別測定は違うのだ。
さすがに能力を今日測ってしまうと、最善の状態ではないがために色々面倒くさい事があるのだ。
例えば今後行う『能力育成訓練授業』の組分けでは、運動能力ももちろん考慮するのだが、最も重視されるのは能力であり、これの記録が最善でない場合は適正な育成強度の組に振り分けられない。
単純に言えば、育成不足が起こってしまうという最悪の状況を招きかねないのだ。
他にも色々理由があるのだが、能力別測定に関しては“まぐれ”による記録のブレを無くすため、今日から一週間あけた4月9日土曜日に行われるのである。
この七番勝負、開幕の50m走から紗由美の白星で始まり、そのまま幅跳びと連勝を決め込んだ紗由美がそのまま圧勝かと思われていたが、涼夜の追い上げも凄まじいものであった。
長座体前屈、握力、1500m走と、まさかの大どんでん返しで大逆転。
逆に、紗由美は静的運動が果てしなくできないということが立証されるような結果となった。
では、動的運動でも静的運動でもないと言うと語弊があるかもしれないため、言い換えると圧倒的潜在能力の差で決まる『射撃』ならばどうであろう。
割と何でもこなせる涼夜の方が有利なのか、突出した才能に恵まれすぎている紗由美の方が有利なのか。どちらに軍配が上がるのであろうか。
そんな疑問に似合う回答を、二人はできるのであろうか。全く持って未知の領域であるため、先が見えない。
「なぁ、サユミ。ケツ治った?」
「まぁ、治ったけど......言い方考えなさいよスズヤ。」
400m全力疾走を終えてから20分が経過した、14時15分。未だ七組は校庭の上にいた。
移動しないのかと思う方もいるかもしれないが、一応1500m走の後であるが故に動けない生徒が多数いるのだ。
しかし、ここで動けなくなったからと言って悪いことではない。
幅跳びで足を攣るなんていう例外的な行動不能状態は別として、長距離走の後のダルさというのは必ず起こるものであり、この点においては学園側も考慮している。
今できなくても後から伸ばせばいいのだ。
それはさておき、校庭で寝そべる二人の頭上から影が一つ伸びてきた。
「二人とも、あの、ふ、太腿はもう大丈夫?」
応西だ。
ジャージ姿に首にかけたストップウォッチが印象的なこの先生、見た感じ明らかな運動音痴であり、こういう測定とは縁遠い存在だったのだろうと窺える。
別に応西を馬鹿にしたわけではなく、単純に運動などせずとも評価されるほどに優秀な人間なのだろうということである。
「はい。もう大丈夫です。」
「大丈夫でーす。それより、先生って運動できるの?」
覗き込むような形で話しかけてきた応西に対し、二人は寝そべりながら答えた。
「わ、わたし?えぇーと......どうかなぁ......」
しかしながら、この紗由美の問、応西の姿を見る限り的を射た疑問だ。
“体育の時、専門外の先生も偉い顔してるけど本当は動けない説”立証の時である。
《天野上越学園:射撃訓練所》
ここは天野上越学園の最奥にある施設、射撃訓練場。
奥行き86m、幅17mほどの細長い箱状の施設で、多数の銃が保管されている超重要施設でもある。
綿密な湿度管理、明確な入退室管理、厳格な施錠管理がなされており、間違っても事故がないように安易に立ち入れないような構造になっているのだ。
14時55分。そんな施設で、銃の使い方について30分ほどみっちり講義を受けた後であった。なんせガッチリした建物のため、春でも蒸し暑いのかと思えば、換気がしっかりされているため長時間滞在するにしても苦ではない。
そんな空間で二発、快活な銃声が生徒たちの耳をかすめたのだ。
間に挟まった槓桿を起こして排夾する音も、これまた心地よいものであった。
「このように!えぇ、弾を込めてから、実際に射撃するまでの流れは、分かったとおもうので......その、あと十分後に計測を始めます......!」
応西の射撃能力など、見ればわかる。
こういった前に出てお手本を示す場合は、わざと失敗の例を示すというのが鉄板のネタなのだが、彼女は違った。
ド・真ん中。
この言葉以外に、彼女の異常なまでの射撃能力を表すものはないであろう。
『......』
そこにいた生徒全員が唖然とした。
何より応西先生が、ここまで頼りがいのある人物に見える日が訪れようとは誰も思わなかった事であろう。
50m先にある中心高度75cm、直径112.4mm標的へ放たれた二発の模擬弾は、立射152.7cmの高さから綺麗な放物線を描き、見事吸い込まれるようにして標的の中心を穿った。
応西が弾倉に二発の弾を込め、構えに入ってから引き金を引くまでの時間は、わずか3.9秒。更に槓桿を起こして排夾、次弾を装填し、再び射撃を行うまでの時間は2.6秒であった。
とりあえず、射撃に関してかなりの腕を応西は持っていたのだ。
その時まで、おどおどしながら銃の使い方と注意事項を分かりやすいように、ゆっくり丁寧に話していた姿からは想像できないほどに。
「ス、スズヤ。私、これ無理かもしれない......」
複数の銃声に混じりながら放たれた一発。
練習用で10m先に置かれた的を狙って撃った紗由美は、これまでの勝負に対する熱意が嘘のように弱音を吐いた。というか、普段から紗由美が弱音を吐いた次の日は雨が降ると言われるくらいには弱音を吐かない紗由美がこの場でこの言葉を放ったのだ。
「スゥ......なるほど。当たる気がしないな。」
少し間をおいて、これまた多数の銃声に呑まれながら放たれた、もう一発。
それに答えるようにして涼夜も引き金を引いたのだが、反動がすごいのだ。
もちろん初心者である生徒たちに、応西がやっていたような立射で的を狙えというのも無理があるので、射的屋台のように机にもたれ掛かって撃つような形式をとっている。
しかし、初めて触る実銃と模擬弾に少々のワクワクと頭のどこかに潜むような緊張感を一身に受け、今こうして練習をしているわけだが、この膝立ちでも慣れるまでには時間が必要そうだ。
説明が終わってから、かれこれ10分くらい経っただろうか。
15時07分、測定が開始された。
「じゃ、じゃあこれから測定を始めるので、その、出席番号1番の人から順に先生の所まで来てください......」
出席番号が10を切っている人は、学園生活を送っている内にこういった事象を不公平と捉えるだろう。
どういうことかと言うと、練習時間が短いのだ。
出席番号が頭の人とお尻の人で、かなり練習量の差が生まれてくる。
たかが10分20分、されど10分20分で、この時間の間に何かのコツを掴むかもしれないにも関わらず、きっちり練習時間分で区切られてしまう。
測定の内容はこうだ。
実際の射撃訓練のように、撃った弾が中心に近ければ近いほど高得点、外れれば点数なしだ。しかし初めてでそんな当たるわけがなく、目標命中の点数は加点要素になる。
逆に先ほどの講義で教えた装填方法であったり、構え方であったり、槓桿の起こし方だったりがきちんとできているかなどを重点的に採点するのだ。
簡潔に言うと、的に当たったとしても装填方法、構え方、次弾装填が悪ければ大した点数が付かないということである。
いきなりの実銃を使った測定に理不尽と思う人もいるかもしれないが、人の話を聞いて、忠実にそれを再現していれば、通常以上の評価をされるということだ。
一発、二発、三発。
測定している方向から聞こえてくる銃声というのは、どうしようも無く耳に届いてしまう。
あとどれほどしたら自分の番か、アイツはどれほどの点数を叩き出したのか、気になって気になって仕方ない。
出席番号がお尻の人たちは、こういった緊張という嫌な雰囲気を長い間享受することになる。故に待っている人たちは、早くこの緊張から解放されたいのだ。
本当に上手にできている仕組みだと思う。
練習時間が短いが緊張からすぐに解放されるか、練習時間が長くて緊張とともに練習をするか。
と、余談はこれくらいにしておこう。彼らの出番が回ってきそうだ。
「ヒイラギ、次だ!後ろに並んでおけ!」
「タ、ダダナミさーん!次だから後ろに並んでおいてー!」
応西先生が見る標的と新島先生が見る標的の二射線があり、涼夜は新島先生、紗由美は応西先生が見るということだ。前の田中と灰島がほぼ同時に測定を終了し、偶然にも二人は共に測定を受けることになった。
50m先にいる社会科の紀藤が的を交換し終え、とうとう始まる大事な一戦。
涼夜が勝てば4対2で勝負あり。
紗由美が勝てば3対3で勝敗は来週にお預け。
なんとも息がつまりそうな勝負である。
「こちら準備完了でーす。」
紀藤のやる気のない声を合図に、測定は開始された。
《天野上越学園:射撃競技場》
天野上越学園にある施設の中で、一番奥にある施設。
【大きさ】
奥行き86m・横幅17m・高さ7m
鉄筋コンクリート製の箱状の建物で、中に入った手前から奥行き5mの銃倉庫、そこを抜けると10mのコンクリートの床、以降向こう側の壁までの51mが土床、その壁の向こう20mが火薬庫となっている。
奥の火薬庫から入り口に向けて常に風が僅かに吹き抜けており、雨の日でも湿気を一切許さない。
手前の銃倉庫と奥の火薬庫が分かれているのは盗難の観点から、同じ場所に保管してはいけないという規則のためである。
次回予告
一転攻勢。
紗由美の方が崖っぷちになり、逆に涼夜は勝利まであと一歩。
双方、息がつまりそうな戦いは一体どちらに軍配が上がるのか!?
次回「まぐれ勝負の行方」
お楽しみに!!!