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天影の華  作者: AIO
第一章「学園」
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第五話「これより中盤」

《天野上越学園:体育館》

握力。それは男子にとってのプライドであり、尊厳。

女子に、ましてやかわいい女の子に負けていいはずのない種目なのである。


「ふぅ......ッは!!あああぁぁぁ!!!」

「そんなに長く握ってても意味ないぞ。」


しかし、彼女はそれでも負けたくなかった。細くか弱い腕と小さな手のひらを最大限活用し、今出せる最大出力を握力測定器に注ぎ込む。


「右手ぇええ!!」

「それ意味ないぞ。」


この間30秒。握力の測定というのは瞬間的な握力を測るものであって、早ければ1秒で終わるのだが、彼女はそこで諦めなかった。


「フッ!握りつぶせぇえええ!!」

「意味ないって。」


ガチである。身体測定において全力を出す事の重要性は確かに分かるのだが、ここまでの徹底ぶりを見るに余程負けたくないのだろう。


「......クッ!」

「気が済んだか?」


何故か。

紗由美さゆみは気が付いたのだ。残るは握力、持久走、射撃、能力測定の四種であることに。

そこまで本気になる理由として、彼女の仕様についてお話ししよう。

確かに50m走、立ち幅跳びにおいては規格外の身体能力をみせたものの、長座体前屈に至ってはどうだろうか。確かに異常といえば異常な、ぶっちぎりの最下位である。

そう。動的運動の身体能力においてはピカイチなものの、静的運動に関してはあり得ないくらいに無能という、珍しいタイプの運動音痴なのだ。


「これ以上の力で握った事は、今までの人生で一度もないわ......確実に......」

「14kg。」


では、彼女の性質が分かったところで残りの種目をもう一度確認しよう。

握力、持久走、射撃、能力測定。

何とも言えない感じである。今行っている握力は明らかな静的運動であるため、確実に記録は伸びない。


「うそ!?」

「ほんと。」


14kgというと、凡そ9歳女児くらいの平均握力。12歳女子の平均握力が21kg前後であることを鑑みると、面白いくらいに握力がないことがわかる。


「壊れてんじゃないのソレ。」

「じゃあ俺が測ってみるから、壊れてたらもう一回右を測ろうか。」


そう言うと涼夜すずやは握力測定器に手をかけ、瞬間的に最大出力を注ぎ込んだ。

その間、僅か2秒。


「ふぅ、お。44kgじゃん。」

「へぇ。まぁまぁね。」


44kgというと20歳男性の平均握力であるため、涼夜はそれなりに握力があることがわかる。


「はいはい。ありがとうね。」

「褒めてないわよ!」


何はともあれ測定器の不調でないなら、次に計測するのは左。

一般的に右より左の握力のほうが弱く、左利きでもない限り右の握力を左の握力が超えることはない。そこで気になるのが紗由美の利き手なのだが、ペンを握るとき、箸を持つとき、ハサミを持つとき、吊革につかまるとき、全てにおいて紗由美は右なのだ。


「おりゃあああああ!!ふんッ!あああああ!」


つまり、


「はぁ、はぁ......」

「12kg。」


こういうことである。

握力において右と左の平均値を自分の記録とするのか、右か左のどちらか高い方を自分の記録とするかでかなり勝敗が変わってくるのだが、今回に限っては一切そういったことはなさそうだ。


「じゃあ、俺も左を測るか。」


なぜなら、この時点で紗由美の完敗は決まっているから。最高値については言うまでもないが、平均値に関しては涼夜が例え0kgを叩き出したとしても紗由美の敗北は決していたのだ。


「ほっ!」


握力勝負に関しては勝敗が決まったので、ここからは反復横跳びとハンドボール投げを何故測らないのかについて話していく。


「39kgよ。」

「去年より3kgも増えてるじゃん。やったね。」


握力測定の面白みがこれ以降無いのだ。一切。

一応後ろで二人のやり取りを流すため、ここに関しては大目に見てほしい。

あまりに紗由美の握力が幼すぎて話にならないのだ。


「2回目測るぞ。」


しかし、反復横跳びであれば紗由美の独壇場であったことは間違いなく確定的な事実であり、幅跳びで見せたあの破格の運動能力を前に、涼夜は一切の手も足も出なかったであろう。

実際、彼女の小学六年生時の反復横跳びの記録は65回で、3024年度における都内女子2位の記録であった。

では、ハンドボール投げはどうか。

僅かにずれた話をするが、紗由美の最速投球速度について少しだけ語ろう。

とある球場にて行われた児童参加型の大型企画。一切能力の使用なし、投球練習もなし、事前学習なしの一球目だった。左足をスッと上にあげ振りかぶったその一球は、非公式ながらも101km/hを記録。

プロ顔負けの投球姿勢とその速度、威力に球団関係者は彼女を本気でスカウトしようとしたという事が去年あった。とあれば、もちろんハンドボール投げも異次元.....

と言いたいのだが、硬球と違ってハンドボール投げの球というのはだいぶ大きく、紗由美の握力では上手く握れなかったのだ。記録としては11mで、普通といった感じだった。


「フンっ!!ぬっ!!」

「おーいいぞー。いい調子。」


では本題の、何故反復横跳びとハンドボール投げを計測しないのかについてだが、そもそも酷天者オボロに対しては遠距離から能力を使って応戦することが基本であり、奴らを相手に自慢の足技を見せたところで、圧倒的な能力もしくは単純かつ理不尽な力の前に捻じ伏せられてしまうだろう。

近距離専門の能力者は少なく、殆どが中遠距離型の能力者のために反復横跳びは計測されないのだ。ただ、近距離型の能力者に関しては個別に計測することもある。


「13kg。」

「調子いいって......嘘ついたわね......」


しかし酷天者オボロを相手に反復横跳び65回の実力を見せたところで、2秒生き延びるのが関の山。

65回とはいえ未だ一般人の域を脱しておらず、反復横跳び程度で測れる敏捷性など奴らには意味をなさないのだ。


「じゃ、次左ね。」

「無視してんじゃないわよ!!」


そんなこと言ってしまえば、全種目において同じことが言えてしまうではないか。と思われるかもしれないが、そんな意見には必要最低限という言葉を送ろう。

必要最低限、これだけは必要という能力を測定しているのだ。


「ふんーッ!!」


任務遂行時に求められる走力、持久力、跳躍力、握力、そして身体の柔軟性。

そして接敵時に求められる、射撃力と能力。


「11kg。」

「......これやる意味ある?」


ハンドボール投げに関しては、都外演習において投擲する機会が無に等しいため計測されない。手榴弾や閃光弾など、投擲物が酷天者オボロに効くのなら能力の育成なんてそもそも行わないのだ。


「うーん、握力測る意味ってなんだろ?」

「私が聞いてんのよ!」


以上をもって握力測定は終了である。

ちなみにだが、涼夜の二回目の記録は右42kgの左36kgと、一回目に比べると見劣りする結果となった。


何故その内容を書かないのか。


それは一切の見どころというか、面白みというか、すでに勝敗のついた試合ほど見ていて楽しくないものはないからである。

よって、勝負は涼夜2勝2敗、紗由美2勝2敗の大接戦へともつれ込むことになった。



()棟二階:食堂二階食事場》

しかし、その大接戦に決着をつけるには腹がすきすぎている。


「教室が使用禁止なんて、先生たちもひどいことするわよね。」


青春の昼食といえば教室にて机を合わせて食べる弁当であろうが、学園生活初日の今日に限っては、その光景を見る事は一切かなわないのである。


「でも、女子の着替えは教室に散らかしたままだろ?」


なぜなら1-1や1-2などの教室は、女子の更衣室として使用されているからである。

ならば男子の更衣はというと、一階体育館にて行われた。

学生時代、必ずと言っていいほど経験するであろう、集団更衣時における男子の更衣場所理不尽問題。女子は各教室で広々と空間を使えるのに対し、男子は一か所に全員集められ、両手を広げる事さえ難しいような環境で更衣をしなければならない。

しかも、時差更衣という混雑回避を謳った戦略により、更衣時間はかなり短く設定されているという追い打ちまであるのだ。


「それもそうね......」

「それに比べて、俺たち男子の更衣環境はひどいもんだぜ全く。」


ここで更衣のことについて語っても意味は何もないのだが、しかし、こういう差が存在するということを頭のどこかにそっと置いておいて欲しい。

話は変わって今はお昼時。お昼休みを告げる鐘が鳴ってから11分ほど経った12時51分である。


「別に俺は構わないけどな。」

「勝手に言ってなさい。」


紗由美は涼夜の言葉に一切の動揺を見せず、その言葉をいとも簡単に撥ね除けた。

少々の賑わいを見せる食堂で、朝に紗由美が作った弁当を一緒に食べる二人の目の前に一人の先生が腰を掛ける。

食堂を称した教室に設けられた六つの長机の内、黒板に向かって一番左前の席にスッと音もなく座って見せたのだ。



「へへ、前、いいかな......?」


申し訳なさそうに、心配そうに、二人に対して着席の許可を求めたのは、食堂にて天ぷらうどん天ぷら抜きを購入したての応西おうにし七恵ななえであった。

ここで豆知識なのだが、ここの食堂では本来なら天ぷらうどん税込350円のところ、天ぷらを抜くと150円差し引かれて200円ピッタリとなり、素うどん220円より20円お得になるという錬金術が可能なのだ。

そんな質素な昼ごはんを前に二人は一瞬脳をフル回転させ、応西が今置かれているであろう状況を瞬時に察した。そんな人に”いいえ”なんて言えるわけがなく、ただただ右の手のひらを前に出し、


「ど、どうぞ......」


と、優しく許諾することしかできなかったのだ。

そして先生を前にしばらくの沈黙の後、涼夜はふと疑問に思った事を紗由美に質問した。


「そういえば......上級生とか見てないけど......お昼時なのに食堂でごはん食べないのかな。」


そう。お昼時という食堂が最も繁盛する時間帯にもかかわらず、この教室だけかもしれないが空席が目立っていたのだ。しかも、埋まっていたとしても体操服を着た一年生のみである。


「上級生は四日から登校よ。てか、食べながらしゃべらないの!」


その理由は簡単で、二年生以上の登校開始は4日だからである。

何を隠そう3025年4月2日は土曜日であり、今日から始業としてしまうとあまりに生徒がかわいそうという理由で、というか始業式は必ず第一月曜日に行われるため、今年は4日に行われるのだ。

なら一年生は何故能力測定をしているのかというと、一年生だからである。

そこに深い理由はなく、入学式を1日に行ったのであれば能力測定は次の日のほうがいいという、先生たちによる考えなのだ。


「あぁ、次から気を付けます。」

「よろしい。」


しかし、ここまで仲がいいと無口な応西もつい口をはさんでしまうようで、少ししか手を付けていない天ぷらうどん天ぷら抜きを両手からそっとお盆の上に戻し、ふと洩らすように口にした。


「ふふ、仲いいね。」


「そんなことないです。」

「そんなことないです!」

《天野上越学園:全学園対象時間割時間表》

 開門  6時00分

一限目  8時50分~9時40分

二限目  9時50分~10時40分

三限目 10時50分~11時40分

四限目 11時50分~12時40分

昼休み 12時40分~13時50分

五限目 13時50分~14時40分

六限目 14時50分~15時40分

 閉門 20時00分


「時間割構成時注意事項」

一週間に一度、五六限目は能力育成訓練授業とすること。


「注意事項」

開門以前の入校は原則禁止とす。

閉門以後の入校は原則禁止とす。

8時30分以降は遅刻とす。


次回予告

お弁当を食べ終われば持久走ッ!

ここ最近全然運動して無い二人は、一体勝負になるのであろうか。


次回「その勝負、迎え撃つ」

お楽しみに!!!


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