第二十四話「壊れなかったモノ」
《新都会:燎灯科園本部19階会議室前》
午後4時12分
「(はぁ、休日に呼び出しだなんてついてない......)」
この日、この人は
「(しかし、変なお願いだったなぁ)」
本部から呼び出しをくらっていた。
もちろん燎科園(=燎灯科園)でもコレを休日出勤と言う。
この呼び出しの辛いところは、本部で話している時より、遠く離れた《上縁区和摂》から《燎科区新都会》までの片道4時間弱の通勤のほうが精神的にも体力的にもキツイというところであろう。朝早く起きて、街の明かりも街灯のみという時間に電車に乗り、帰ってくるのは夜遅くの街の明かりが消え始める時間帯。
そんな街を見ながら足取り軽く帰宅する者など、よほどの労働愛好家か、よく訓練された社畜のみなのである。
まぁ、一概にそう言えない場合も存在する。
例えば、そう。
「(ふふ......でも、楽しそうかも)」
楽しそうな業務を任された時、とか?
しかし、現実はそう甘くはない。
「応西さん!緊急のご連絡です!」
「え!?あ、あの、どど、どうしたんですか!?」
仕事終わりの清々しい帰路など、この世に存在しないのである。
《天野上越学園:校庭》
あの結末より少し前
午後5時30分、激動の7分の始まりである。
「唯波さん!大丈夫ですか!?」
「ギリギリ息はある......お願い、ダメ......」
仰向けになって血の池に浮かぶサユミの元へ駆けつけたのは紀藤とリトル白野、そして碓氷であった。
「碓氷君、今彼らは何処に?」
「図書室だと思います」
「唯波さん......」
しかし、自分の判断を恨む間もない唯波の状態に、紀藤はただ祈るほかできず、白野がどうにかしてくれることをひたすら待つ事しかできなかった。
「確実なのは!?」
「三階図書室から衝突音と土煙を確認」
ここはあまりに戦場。
下手な動き一つ晒すだけで命はすぐに失われてしまうような場所だ。
「了解、ここで外傷を塞ぎます。」
碓氷はその言葉を聞き、本能的に防衛態勢をとった。
あの、詳しくは見えないが圧倒的な危機だけは感じ取れる三階から目が離せなくなったのだ。
絶対に、守らなくてはいけない。
その時、背負えるものは全部背負ったと思う。
「紀藤先生に付いてきてもらって良かった」
「......?」
碓氷の背後では例の、あの処置が開始された。
「あの、うまくいきますかねぇ......」
「多分。」
「多分!?」
紀藤、困惑。
今の白野と避難誘導をしている遠藤の姿を見るに、紀藤もああなるのだと分かってはいるのだが、どうにも多分という言葉に引っかかってしまう。
「このために遠藤先生に頑張ってもらったんです。手を握ってもらえますか?」
そう、保健室のけが人は殆ど遠藤が引き受けたのだ。
勿論、避難誘導という面でもそうだが、それ以外に治療の糧としてという意味でもある。
若返っても20代までという白野の制止も聞かず、今渦中にいる彼ら、彼女の為にと。
遠藤の覚悟、そして何より唯波を前に悩んでいる暇などあるものか。
「お願いします。」
鳴り響くサイレンがどんどんと近付いてきて、公安委員会がようやく現場に到着し始めたとわかる。
校門付近では取り残されていた生徒と先生たちが公安委員に保護されており、ある生徒は震えて毛布に包まれ、またある生徒は渦中である校舎を凝視し、またある生徒は公安委員への報告を行っていた。
遠藤と新島以外の先生は生徒の回復を最優先して重症を負ったまま何とか避難し、到着した救急救命士によって処置が開始された。
その時。
ものすごい轟音と共に校舎の窓ガラスが割れた。
校門に一番近い校舎の三階部分から球体の何かが徐々に姿を現し、やがて軸を持ち、独楽のように回転を始めたのだ。
《校門前》
「な、何だあれ......」
「えぇ......」
「これも、東条が......」
《校庭》
「なッ......!!」
「な、なんですかアレぇ!?」
「紀藤先生、集中し......えぇぇ!?」
《校門前・校庭》
『な、何じゃありゃー!!!!!!!』
薄暗い空に、ぽつんと現れた真っ黒な歪んだ点。
それによって壊された瓦礫は宙を舞い、やがて吸い込まれていく。
幾つかの瓦礫は吸い込まれずに周りへと拡散され、校門付近にいる人間や、校庭にいる三人を襲ったのだ。
「先生方は治療に専念してください!こっちは僕が何とかします!」
「あ、ありがとう」
「頼もしいねぇ......」
その紀藤の声は、既に幼かった。
《校門前》
「ちょ、ちょっと!戻りなさい!」
「......ッ!」
遠藤の制止も聞かず、ただひたすらに彼の元へ行こうとする姫の姿があった。
「待ちなさーいッ!!」
勿論、命を落としかねない非常に危険な行為。
しかし、自分の命惜しさにそんな行為を見逃す訳にもいかず、遠藤はひたすらにその短い足を動かして彼女を追った。
「あぁ!何をしてるんですか!止まって下さい!!」
「女子生徒2名が校舎へ走っていきました!」
しかし、誰も後を追おうとしない。
公安委員とその場にいた生徒全員が彼女ら2人の行動に理解が追いつかず、その場に立ち尽くす事しかできなかったのである。
5……
「碓氷くん!君も避難しなさい!いずれここも巻き込まれる!」
あの球体、いや、歪みは確実にその大きさを増しており、いずれここら一帯を、世界を抉りとるであろう。
4……
「出来ないですッ!その子が治るまではここを動きません!!」
氷が砕かれる音、感触、伝わってくる。
この氷の壁も、あれは防げないと分かっている。
3……
「ま、マズいねぇ......」
あの歪みを前に円な眼を瞑り、ひたすらに同じ大きさの白野の手を握る。
あの気持ちが分かりそうで怖いから。
2……
「待ちなさい!一人じゃ危険でしょ!」
何故、そこまで彼に執着するんだ。
何故、そこまで危険を冒せるんだ。
何故、彼をそんなに心配するんだ。
1……
「ライト......ッ!!」
私は、助けて貰ってばかりだから
助けられなくても、助けにならなくても、
そばに居てあげたいんだ
0
その瞬間、歪みは急激に収縮し、周りの瓦礫を残して消え去った。
『......え』
同時に、そこにいた全員が恐怖を困惑と勘違いした瞬間でもあったのだ。
何も音のない静寂が1分ほど続いたであろうか。
「消えた......のか......?」
碓氷は緊張の糸を解き、氷の壁は音を立てながら冷気をまとって空へと消えていく。
「やっと塞がった」
「......ッ、良かったぁ......」
紗由美の傷もようやく塞がり、一応は窮地を脱したと言えよう。
この小さな2人の手によって九死に一生を得たのである。
《崩壊した校舎》
そこは崩壊した校舎と地面に募った瓦礫があるのみで陽の光もロクに差さず、薄暗かった。
「......ッ!マズい......目の前が真っ暗に......」
視界が、暗い。
「み、見えない......」
前が、見えない。
「呑まれる......ッ!」
力の使いすぎか涼夜の視界は急激に奪われ、瞬く間に立っていられないほどの目眩に襲われた。
「マダ......いき、アる」
いや違う。ただ燃え尽きただけでは無さそうだ。
まるで先程までの東条のようだが、何か違う。
類似しているようで正反対の何か。
東条とはまた違う何かが、涼夜を呑み込もうとしているのだ。
「何言ってるんだ俺!もう終わっ......」
〈まだ生きているぞ。〉
誰だ
「もういいじゃ......」
〈貸せ、その体。〉
やめてくれ
「やめッ......る訳ないだろう。」
涼夜の目から希望が消え、そこには現実のみを直視する雲がかかったような視線となっていた。
「まって!」
胸に穴を開け、か細く息を繋いでいる東条の前に姫が堂々と胸を張り、涼夜との壁となったのだ。
大の字になって、それはそれは真っ直ぐな目をして。
「みんなを守ってくれて、みんなのために戦ってくれてありがとう......」
「そう思うのなら、そこを退け。」
思いがけない正義の言葉。
正論だ。今、姫が守ろうとしているのは大勢を傷付け、命さえ奪おうとした悪である。そいつへの裁きを妨げるとは何事か。
「でも、でも!」
「なんだ。」
でも、結果として誰からも命を奪っていない訳だし、しかも、アレは絶対にライトじゃなかった。
「悪いやつはスズヤくんが倒してくれたから......」
「しかし、元凶を絶たねば再び同じ道を辿る。」
言い返せない。
「......」
「口も開かず、そこも退かぬと言うのなら貴様諸共殺してしまうぞ。」
上手く、言葉にできない。
「......」
「これが最後だ。そこを退け。」
で、でも、これが私の意思だから。
「退きませんッ......」
絞り出した。
「......見事......やめろやぁああああ!!!!!!」
「......ッ!?!?」
瞬間に握りこまれた涼夜の右手は、涼夜の顔面目掛けて弧を描くように振り抜かれた。
鼻血を噴水のように吹き出し、綺麗すぎるノックダウンを前に姫は唖然とするしかできなかったのだ。
「大丈夫か!お前ら!」
そこへ息を散々に切らした遠藤が駆けつけ、それに続くように校門で待機していた公安委員と救急救命士もワラワラと瓦礫の山を登ってきた。
「大丈夫ですか!?いきなり校舎へ走り出すもんですから、焦りましたよ!」
「少年!顔が凹んでるじゃないか!鼻血もこんなに......」
一気に緊張の糸が全て解ける感覚。
もう、怖いものは無い。
そう思えた。
「遠藤先生、この少年が東条くんで間違いないですか?」
「はい、間違いありません。」
ただ、全てが全て綺麗に片付く訳ではない。
「あ、あの、先生......ライトは......?」
「私も最善を尽くすが、どんな処罰が下るかは検討もつかない。すまないが、今はなんとも言えないな......」
命を絶つという裁きは下らなかったものの、多くの目に触れてしまった以上は、ある程度の罰を下さねばなるまい。
「い、いえ......」
もしかしたら、この学園だけでは収まらなかったかもしれないような事案だ。
それ相応の罰が下るだろう。
「その子は僕が背負うので、先生方は頑張って歩いてくださいね。」
「もう力が入らないよ......」
「この体、慣れないなぁ」
ただ、これだけは言える。
「それでも、もし退学になったとしても、私はライトのそばに居るつもりです。」
「......わかった。」
冴えない夕焼けはようやく校舎の隙間から光を覗かせ、そこにいる全員を照らし、暗くも眩くもない黄昏時は瞬く間に過ぎていくのであった。
ようやく日をまたいだ翌日
4月10日午前8時34分。
《公安刑事部2階小会議室》
「お、おはようございます、木乃美さん。」
「おはようございます、先生。」
せっかく日をまたいだのだから前日の話を長々とするのは止しておこう。
まぁ簡単に言うと、緊急手術中の東条を待つ姫の前に、いつの間にか応西が居たのだ。
それは夜の9時頃、突然だった。
「てっきり取調室に呼ばれるのかと思ってました。」
「い、いやぁ、先ずはお話を聞かないとですし......それに、取り調べなんてガラじゃないので......」
《公安刑事部3階小会議室》
「ガラじゃないなんて、よく言いますね。専門でしょ!せ・ん・も・ん!」
「確かに能力を使えば一発ですけど、どうして面と向かってお話してるんですかね。」
学園の校舎を半壊させ、多くの生徒と教員を命の危機にさらした大事件であったが為に、その当事者の周りの人物にも詳しく話を聞く必要がある。
それ故、先生と生徒間のみでこの会話が処理されるなんてことはなく、しっかりと盗聴され、上の階で会話履歴が残されていた。
「考えても無駄。何か応西さんにも考えがあるんだよきっと。」
「そういうことにしておきましょう」
《公安刑事部2階小会議室》
「では、何があったのか私に話してもらってもいいですか......?」
応西のその言葉に姫は一切の恐怖を覚えず、静かにその口を開き始めた。
《鬼の応西》
応西が現役の刻だった時につけられた異名。
今のふにゃふにゃな性格からは想像できないほどにイケイケだったらしく、都外演習に赴けば50以上の討伐戦果を挙げていたらしい。
応西の能力によって、体を自ら引き裂いて息絶えていく酷天者へ冷徹な視線を送るその姿はシンプルに【鬼】と呼ばれていた。
次回予告
次回は第一章最終話!
ゆっくりと大雑把に話そう
この事件が、どう処理されたのかを
次回「迎える、学園生活」
お楽しみに!!!




