第二十二話「衝撃の救世主」
《昇降口》
「大丈夫ですかぁ!?今、応急手当をしますからねぇ!」
そこには救急箱を持った紀藤が息を切らしながら呆然と、しかし、確かな眼差しで二人を見つめていた。
遠く、細いその息切れは、現場がどれだけ混乱しているかという指標でもある。
「姫さんはかすり傷だけど、涼夜くんはボロボロすぎて救急箱だけじゃ手に負えないねぇ......」
今、養護教諭がいない保健室には東条を止めようとした先生や生徒が運び込まれており、症状が酷い順に素人ができる最大限の処置だけ施して安静にしている。
傷薬や包帯の予備が何処にあるかもわからないような状況で、これほどまでに多くのけが人の処置をできるわけがない。
「先生、僕の肩をハメられますか?」
「え......?肩抜けてんの!?」
こいつ、想像以上にボロボロである。
「いつから!?」
「東条にペンぶつけて、肩つかまれた時です。」
初っ端から肩抜けてんじゃねぇか。
そんな体で、よく東条から生き延びたな。
「ごめんなさい、柊君......」
「え?あ、いやいや、姫さんが謝ることはないよ」
「昔からあんなので、一回怒っちゃうと歯止めがきかなくて......」
「(まぁ、だいたい見た目通りの性格してんのな。)」
「でも、守ってくれて......根はいいやつなんです!だから......ッ!」
分かってるよ。それも見たら分かる。
「任せて」
ずっしりと軽い。重いはずなのにふわりと緩やか。
そんな感じ。
その「任せて」には姫の望むもの全てが詰まっていたのだ。
《校庭》
校舎の外、二人を逃がした後の校庭では音速同士のぶつかり合いが行われていた。
「タフすぎでしょアンタ!!いい加減降参しなさいよッ!!!」
「......」
何も伝わっていないだろうに、捗っているときの独り言の如くポンポンと言葉を投げかける紗由美。
返事なんて返ってくるはずないのに。
瞬間、また右足が飛んできた。
「(なっ.....)」
音速を超える衝撃。超音速波と共に意識する前に飛んでくるそれは、脊髄で反応してもギリギリ遅れをとらない程度であり、頭で考えているようであれば間違いなく頭を蹴り飛ばされるであろう。
「予備動作くらい見せなさいよ!!」
「......」
右へ吹っ飛ばされながら、文句を言う紗由美。
「私だって、そんくらいできるわ......よッ!!!」
吹っ飛ばされている最中だというのにクルリと体を回転させ、3mはあるプールの土台へ垂直に着壁し、その音の反発により亜音速で東条に突っ込んだ。
そして紗由美が着壁してから、0.5秒もかからないうちに紗由美の左裏回し蹴りが東条の顔面を直撃した。
「(は?岩!?)」
いや、硬すぎ。
紗由美の脳では何が起こったのか理解できないようなので、解説しよう。
簡単に言えば、タイミングをずらしたのだ。
ボクシング漫画などで見たことはないだろうか。拳が最大限に加速する前に額で受ける技を。
体を前に、それも音速で突き出した。
足裏の空気を圧縮して解放することで音速を超え、それと共に東条の目の前に押された空気による壁が形成される。
まぁ加速しきっていない、ましてや加速しきっても亜音速の紗由美と、音速を超える東条では力量に覆しがたい壁があるのは確かであり、紗由美の左足が振り切られることはなかった。
空中で踏ん張る地面も無い中バランスを崩された紗由美は、東条にそれ以上のことをされなくても、勝手に自分が生み出した反発の力で流されるように吹っ飛んでいったのである。
そして土煙を上げながら歯を食いしばり、何とか地面に指を立て、つま先を立て、文字通り身を削りながらブレーキをかける。
あまりの勢いに言葉は出ないが、言葉は思い浮かぶ。
「(痛ァぁあああ!)」
何とか停止したころには指先は血まみれで、履いていた靴もつま先部分のゴムが解けて変形していた。
地面に伏しながら、何が起こったのかを懸命に考える。
「(アイツ、喧嘩に慣れてる......あの眼鏡より勘がいい......)」
「イ...たい......」
あれ、効いてる?
紗由美に背を向けて直立不動を決め込んでいるが、しかし、軸に安定性がない。
フラフラ揺れている。
「(調子に乗って頭で受けるからよ!)......追撃だッ!!」
次の瞬間、左のつま先で地面を叩いた紗由美は再び亜音速で東条に突っ込み、無防備な彼の背中を折る勢いで蹴った。
今度は軸足の左で踏み込み、効き足の右で蹴る黄金攻撃。
しかも、蹴る瞬間に能力で衝撃を加えるオマケ付きだ。
「ゥガェっ......ッ!!!」
声にならない音。
それが東条の腹の底から聞こえたと同時に、そのまま吸い込まれるように昇降口へ吹っ飛んでいった。
《昇降口》
「任せてって、柊君あなたどうするつもり!?公安が到着するまで絶対に東条君には近づけさせませんからねぇ!!」
「それじゃ遅いですよ先生。ここらの公安じゃ、アイツを止められない。」
所詮、能力が使える学生の寄せ集めといったところか。
今のアイツを止めるには、少なくとも周辺に待機している公安委員ではダメだ。
「柊君、君は十分頑張ったんだから。とりあえず保健室へ行こう。遠藤先生は姫さんをお願いします。」
「はい。」
「先生!僕はまだッ!」
紀藤は涼夜の肩を含め、諸々の傷を治そうとはしなかった。
治せば絶対アイツの元へ行くだろう。
もし、そうなれば残された生徒たちを守れる?
「(賭けてみる価値はある。)」
唯波さんとならアイツを止められる?
「(あり得る結果だ。)」
止められなくても、時間は稼げる?
「(あぁ、間違いない。)」
この子の先生として、それが最善策か?
「いいや、君は彼相手に十分過ぎるくらいの立ち回りをした。後は彼女に託そう。」
「......」
その1分後くらい。昇降口にいた全員が保健室に着いた頃。
ものすごい轟音と共に東条が昇降口へ突っ込んだ。
《校庭》
「流石のアンタでも効いたでしょ、東条!!」
相変わらず独り言が弾む紗由美とは裏腹に、轟音の後の静寂に包まれた昇降口。
「降参なら降参ってはっきり言いなさいよ!じゃないと......ッ!?」
瓦礫と長年蓄積された埃が舞う昇降口から、ソレは飛んできた。
確かにそうだ、昨日は雨。
朝も少しぱらついた。
しかし、今はどうだ。快晴じゃないか。
であれば、持って帰らないという事が可能になるソレが。
置き勉より、忘れ物より多く、持ち主不明で毎年先生達を困らせている
”置き傘”
である。
「危ないわね」
普段脊髄で会話している紗由美だけあって、音速に近い速度で飛んでくる傘を目の前にしても首をかしげる程度で躱すことができるのだが、コレ、涼夜なら確実に突き刺さっていただろう。
まぁ、置き傘が一本や二本で済むのなら毎年先生達も頭を抱えない。
一本、また一本と舞う埃を切り裂き音を立てて傘が飛んでくる中で、紗由美は見て、聞いていた。
「(飛んでくる場所が左に移動してる。そこにある傘、全部撃ってくる気かァ!!)」
ニカッと笑った紗由美は傘が飛んでくる場所を、音と目で特定し続けていたのだ。
煙が晴れる、その一分程度で毎秒のごとく飛んでくる傘を躱しながら。
しかし、傘も一直線に飛んで行って終わりじゃ味気ないじゃないか。
「ん?」
何かを感じた紗由美は上を見た。勿論、昇降口から飛んでくる傘も全て意識下に置き、それでも尚、余裕をもって上を見た。
「なんでもありね」
まるで立方体の中を動き回る分子のように、弾性衝突を繰り返しているかのように跳ね回り、無作為に飛び回っていた。
一本一本、丁寧にこれを仕込んでいたのか。
そして、
「来る......」
今まで飛んできていた60本程度の傘が一気に地面に向かって飛んできたのだ。
各学年、10本づつあった計算か。まぁ、そんなことはどうでもいい。
紗由美の場所なんて知ったことかといった軌道で、地面へ次々と向かって行くのだが、しかし、当然と言うべきか地面すれすれで弾性衝突をしたかのように跳ね上がり、空間を満遍なく切り裂いている。それも四方八方だ。
圧倒的、力業ッ!
確実に、しかし、大雑把に。
聡明かつ堅実な殲滅方法だ。
煙の中、相手が見えないのは東条も同じ。
なら潰せる範囲全部潰してしまえば、勝手にあの邪魔なヤツも潰れるだろう。
「あぁ」
紗由美の瞳に映る点の如き傘の先端は、数十を超え、こっちを向いていない者などないかのように、銃口を向けられたかのような緊張感があった。
「......無意味ッ!!!」
紗由美は一歩、地面を踏み抜くかのように踏み出した。
すると飛翔する傘は全て地面に叩きつけられ、刀の戦場かのように辺り満遍なく突き刺さった。
「(あ!あぁ、よかった煙は晴れてない。)」
この間、余裕がなかった。
故に、いま傘が飛んできていれば危なかったかもしれない。
そんな安心が、よぎった瞬間だった。
「(爆発音!?今!?無駄だって気付かないの!?)」
こっちに飛んでくる傘を視認し、その飛んできた場所を一瞬で見極める。この間、わずか0.32秒。
流石に学んだ。さっさと撃ち落としたほうが懸命であると。
「え?」
傘が、開いた。
男の子用65cmだろう、真っ黒の生地だ。
「......ッ!」
紗由美が傘を打ち落とそうとし、目の前、1m内で真下方向に衝撃波を生じさせたのだが、傘が急に開いたことによる急停止で撃ち落とせなかった。
音速に近い傘だ。より引き付けて撃ち落としたほうが確実なのだが、撃ち落とせなかった。
目隠しか。
気付いた時にはもう遅い。
何も、音で相手の場所を探っていたのは紗由美だけじゃない。
二回も。二回も衝撃波を使った。
気付くべきだった。
何故、そこまでして効くかもわからない攻撃を仕掛けたのか。
何故、場所を眩ませながらこちらを攻撃したのか。
何故、この傘はここまで正確に自分を目掛けて飛んできたのか。
自分の場所を隠したまま、相手の位置を特定するためだったのだ。
なかなか晴れない煙もそういうこと。
反撃しようにも、つい0.12秒前にこの傘を撃ち落とすために能力を使ったじゃないか。
流石に、この隙を埋められるほどの高頻度で衝撃波は打てない。
次の瞬間、黒い傘の生地部分を幾つもの瓦礫が貫通した。
おそらく昇降口で強烈な爆発があったんだろう。
徐々に裂かれていく傘を見ながら、いずれ来る音速を超える衝撃を待った。
「おい......サユミは......紗由美はどうした」
「マッてた。おマエ」
少し後、10秒も経たないくらい。
既に煙の晴れた昇降口、東条のすぐ後ろには涼夜がいた。
「質問に答えろ」
「オまえオ、殺ス」
その涼夜の視線の先にはボロボロになった傘と、その先で血の池に倒れている人影があったのだ。
「......東条ォォオオッ!!!!!!」
《和摂:市街地》
時刻は5時02分、紗由美が吹っ飛んでってから21分経った頃。
前代未聞の、市街地を爆走する三人乗りの軽快車が目撃された。
次回予告
ライトとスズヤ、正真正銘のガチケンカ!
その先は喜劇的な自我の救済か、悲観的な友情の崩壊か
救われたいのなら、「助けてって言ってみろ!」
次回「救われる意味」
お楽しみに!!!




