第二十話「きずだらけ」
《天野上越学園:裏山》
「いい加減降参しなさいよ!」
「僕が?何故だ。」
「聞き分けのない男は嫌われるわよッ!!」
~現在より18分前~
最出組も耐久組も全力のため、一瞬で決着が付く場合もあれば平行線を辿ることもある。
そして迎えた大将戦......?
最出組に対し、驚異の6人抜きをしてみせた碓氷神真がこのまま逃げ切り、主席の意地を見せるかと誰もが思ったのだが、ただ一人、それを良しとしない者がいた。
そう、唯波紗由美だ。
サユミは碓氷に対して初手から本気と思われるハチャメチャな威力でぶつかり、ことごとく無力化されていた。
それにより、体力的に一切の無駄がない碓氷に軍配が挙がると誰もが予想していたのだが......
ここには彼女の連続動作性測定を見た者はいない。
~現在、午後3時56分~
「(なんだ、この子。倒れる気配がまるでない)」
「うーーーりゃ!!」
そう。彼女の全力、そして底なしの体力を知る者がここにはいないのだ。
「(しかも、格闘センスまでずば抜けてるときた)」
「あんた、喧嘩得意じゃないでしょ。」
学生だから、一年生だからと侮る。
故に見誤る。
跳び蹴りを一発浴びせただけ、近接戦における回避を一度見ただけ。
「(見破られた)」
それで相手の癖から得手不得手を看破する目は、流石といったところ。
しかし、碓氷も負けていない。
「この距離、躱せないだろ。」
近付かれたのなら、それはそれで好都合で絶対不可避の一発をお返しするまで。
「氷の冷たさ、思い知れ。」
ただサユミにとって、まだそこは絶対不可避の距離ではなかった。
例えそれが眼前15cmから放たれる氷柱であってもだ。
碓氷が氷を生成して射出するまでに0.4秒という常軌を逸した早業だったのにも関わらず、紗由美はそれに反応し、空中という事で体を自由に動かせないため、首を傾けるのみでそれに対応した。
「外した!?」
「躱したのよ!!」
これには碓氷も少々驚いた。
そして、サユミはこの機を逃すほど甘くもない。
「ぶっとべ!」
「ッ!防げn.....」
次の瞬間、地面より生成される途中であった氷の壁をもろともせずに放たれた、サユミの爆音デコピンにより碓氷は初被弾を果たす。
「(地面、湿ってたのか。)」
触れてみないと分からない感覚。
土の柔らかさ、小石の固さ、そして女の子の指。
最後のやつは思ったより柔らかかったというのが正直な感想だ。
縦に回転したのか、うつ伏せで地面を見ていると前から嫌な爆発音と衝撃が伝わってきた。
「(来るッ!)」
わかっててタダでやられる碓氷ではない。
瞬時に顔を上げ、もう一度反撃の準備を整えた。
「あれ、いない」
しかし、来てるはずの彼女の姿が見えない。
周りを見渡しても、こちらを見ているのは既に測定を終えた生徒と先生方のみで、肝心のサユミが一切視界に映らないのだ。
「まさか、上か!?」
「これが絶対不可避よ!覚えときなさい!!」
ほぼ真上、そこから放たれる特大範囲の衝撃波は今から間に合う全ての回避手段を試したとしても逃げ切れるものはないだろう。
ならば、
「撃ち落とすッ!」
攻撃される前に撃ち落としてしまえ。
悪くない。あの限られた思考時間で焦らずこの判断ができるのは好判断ともいえるだろう。ただ、詰めが甘かった。
圧倒的に時間が足りない。既に自分が地面に伏してから16秒、時すでに遅しであった。
「無駄!」
サユミの大きく開かれた両腕が勢いよく閉じられた瞬間、鳴り響く轟音と共に打ち出した氷が衝撃により軒並み撃ち返され、自らに降り注がれる。
「(壁!ダメだ、氷もろとも潰される......!なら......!)」
そして、地面に到達した衝撃波は周りの木々を吹っ飛ばし、山肌を大きく抉り、数多くあった氷を粉砕した。
「あれ?」
《天野上越学園:校庭》
『キャーーー!!』
「東条!!抑えて!!」
「うそ......」
マジで殺人現場になる一秒前、悲鳴だけが嫌によく聞こえる校庭。
「(間に合え!)」
殺されるか否かの一秒でスズヤは、テニスボールが入っていた買い物かごを動かし、自分の頭上を通り過ぎるその瞬間に何とか右手で買い物かごを掴み、引きずられるようにして東条の拳から何とか逃れた。
次の瞬間、爆発音と共に土煙が立つ。
「チッ。」
しかし、東条も一度逃げられたからと言って、殺害対象を追いかけない訳がない。
「逃げて!」
言われなくてもわかってる。
分かっているけど。
「肩が......ッ!」
肩の激痛のせいで上手く能力が扱えず、買い物かごを操って自身を引きずりながら逃げる事しかできない。
「ちょこまか逃げるな。鬱陶しい」
連続で舞い上がる土煙から何とか逃げることに必死で解決の糸口が見つけられず、このままじゃ、いずれ追いつかれてしまう。
島巳を含む数人の男手は東条を取り押さえようとするも、なんせ先に測定を終わらせた生徒は帰宅しており、この時点で学校に残っている20人程度では明らかな力量差を前にどうすることもできず、たった一人相手に全滅した。
2分かかっただろうか。第三級以上の能力者や大人を含め、10人はいたであろう男手を圧倒的な暴力によって、息を吐くように潰していったのだ。
「応西先生は!?」
「今日は、本部に呼び出されてるとかで有給とってますねぇ......」
遠坂、紀藤を含めた残された先生陣も生徒を避難させながら何とか彼らを止める手だてを探すのだが、如何せん暴走した東条を止めるにはどうしても力不足で、こういう時に限って一番の実力者が不在という”お決り的な展開”に頭を抱えた。
「紀藤先生!負傷者を、早く中に運んで!」
「う、うん、わかった!」
涼夜は一瞬、紀藤の前を横切ると、そう伝えて再び校庭の空へと飛んで行った。
「負傷者を中に!急いで!」
「はい!」
残った生徒と校庭にいた先生で、負傷者を誰も居ない保健室まで運んで応急手当を行う。
「裏山、まだ測定してますよね。」
「あぁ、確かに!」
「結局生徒頼みになってしまいますが、いいんですか?」
先生たちでどうにかできないのかと聞かれると、それは不可能だ。
何故なら、ここに能力保持者はいないから。
「私が新島先生に連絡します。」
この間、スズヤも頭を抱えており、この状況をどう打破するのか答えが見つけられないまま逃げる事しかできなかった。
もし、このまま市街地の方に出てしまえば東条も少しは考えるだろうか。
一般市民を巻き込んでまで、スズヤを殺しに来るだろうか。
考えた。
いや、殺しに来る。
異次元の執着心をもって確実に殺しに来るだろう。
「......どうする!」
なにもできずに校庭を買い物かごと共にグルグル逃げ回るのだが、東条もいい加減学んだらしく、スズヤ本人を直接狙うことをやめた。
「(あれ?攻撃してこないのか?)」
立ち止まった東条はおもむろに地面を掬うと、なにやらスズヤに投げてきたのだ。
相手は疑似的に空を飛んでいるんだぞ?そんな砂の投擲ごときで撃ち落とせたらマタギはいらない。
「落ちろ」
刹那の沈黙の後、周りが幾つもの爆発で埋め尽くされる。
「え?」
驚きのあまり右手はとっさに防御姿勢をとってしまい、買い物かごを手放してしまうと、東条はもう一度地面を掬って未だ飛び回る買い物かごに向かって投げたのだ。
「しまった、戻ってこい!」
まるでクラスター爆弾のように爆発するそれは、スズヤに戻ろうとする10年物の買い物かごに止めを刺し、粉々に粉砕した。
「あぁ......」
「トドメだ。」
最悪だ。
逃げる手段を失った今、残された手段は防衛もしくは反撃なのだが、防衛ができるのなら最初から逃げ回ることなんてしない。
明らかに何回も生身で防げるような攻撃ではないことから、早急に反撃手段が求められる。
こうなったら悪あがきだ。
「もう、やけくそだ!」
涼夜は散らばった数百個に及ぶテニスボールを浮かせ、全てを東条に向けて段階的に撃ち飛ばした。
肩の痛みを忘れるほどに集中しなければ、あんなに大きい的にも当てることは困難で、さっきはあんなに簡単だった操作も、今はこれが限界だ。
「くッ!」
「......」
ボールにサービス並みの初速を与え、東条に当たるころには時速180km/hまで速度が出ているハズだ。ハズなんだ。
撃ち出した全てのボールが、数百を超えるボールが東条を襲っているはずなのだが、何故か手ごたえがない。
何かが無いような、あるはずのものが無いような。
「手ごたえがない......」
今どうなっているのか確認したいのだが、東条の周りは浮かせたボールで囲われており、腰を落として尻込みしている涼夜からは視認ができない。
しかし、ヤツが倒れていない事は確かだ。
次の瞬間、裏山からものすごい爆音と衝撃が伝わってきた。
《天野上越学園:裏山》
「よっと。」
足の側面同士を一度優しく合わせ、その音で小規模な衝撃を発生させることで、落下の勢いを殺す。これでいくら高く跳んでも容易に着地ができる訳だ。
「あれー?こんなデカい穴空ける予定じゃなかったんだけどなぁ。」
「おーい!唯波!そこまでだ、碓氷が死んじまう!」
200mだろうか、それくらい離れた草むらから大声を上げているのは新島だ。
他の生徒と共に草むらから見ていた先生たちでさえ、この大穴を見れば決着がついたことくらいわかる。
しかし、唯波は終わろうとしない。
「聞こえてないのか?」
「さ、さぁ......」
先程の衝撃波で放心気味の白野と紗由美の様子を不思議がっていると、地面がいきなり凍ったのだ。
それも紗由美が空けた大穴を中心に、新島達がいる場所までの範囲全部。
「やっぱり。手ごたえ無かったのよねー」
紗由美の視線の先、凍った地面の中からまるでゾンビ映画かのように出てきたのは、傷だらけで右半身が凍った碓氷であった。
「イタタ......」
右半身にくっついた氷を叩き落としながら、ゆっくりと地面から立ち上がる。
何をしたのか。どうやったら、あの衝撃波を耐え抜けるのか。
碓氷の様子を見る限り決して無事とは言えないが、意識もあるし、まぁ耐え抜いたと言っても差支えないであろう。
「はぁー、死んだかと思った。」
「その割には元気そうじゃない。」
「ッ......!はぁ、手加減されてたのか。」
「ふふーん、さぁねぇ。」
では、説明しよう。
あの場面で、紗由美と碓氷の間に氷の壁を隔てたとしても、氷が衝撃波に押されて碓氷もろとも地面にめり込むのがオチだ。
では、かまくらのような形ならどうだろうか。まぁ、オチは一緒だ。もろとも潰されて地面にめり込む。
となれば、氷の壁を作ること自体が自滅を招く。
なら、自身を凍らせて防御力を上げるのはどうだろうか。
例えるなら、地面に置かれた氷に金槌を振り下ろしているような状況だ。
ただの氷でも、金槌にどつかれた衝撃自体は耐えられる。ましてや能力によってカチカチに固められた氷であれば、生身よりは盤石だ。
しかし、地面の上だという事を忘れてはいけない。
地面の上で金槌にどつかれれば、例えそれが石であったとしても粉砕されるという結果は不可避である。
では、地面を緩衝材のようにしてしまえば良いのでは?
幸い、地面は湿っている。
碓氷であれば、地面に滴っている水を霜のように凍らせることだって可能だ。
衝撃に耐えられるだけの強度さえあれば、その衝撃を緩衝材へと逃がすことができる。
となれば、後は簡単な話。
衝撃波を受ける半身を凍らせて防御力を上げ、もう半身で地面を緩衝材へと変えて、雪山に埋もれるかのようにうずくまり、その時を待ったのだ。
故に、紗由美の予想を超えた大穴が空いたのである。
「まだやる?」
「いいや、降参だ。」
流石に、次の一撃を耐えるだけの余力は碓氷にはもう無い。
「碓氷!大丈夫かー!?」
「今、手当しますからね!」
ボロボロになった碓氷の姿を見た新島は、これ以上の測定はできないと判断し、隠れていた草むらを白野と飛び出し、ここまで走ってきたのだ。
「誰ですか?この子。」
「迷子?」
誰のことを言っているのか。この子?迷子?一体なんのことだ。
あ。そういえば。今、白野の体は7歳くらいだ。
もう一度言う。7歳くらいだ。
白衣を引きずり、医療鞄を両手で抱えて走る姿には、どうも違和感を感じる。
そんな白野が、紗由美と碓氷の測定までに治療した生徒の数は20人以上。
それも、こむら返りとかいう”しょうもない怪我”ではなく、内臓の損傷や骨折も含む重症ばかり。どれだけ若返るかは、ある程度操作できるとはいえ、最小まで絞ってもマイナス50歳は避けられなかったのだ。
「あ、自己紹介してなかったわね。私、白野と申します。」
「......?」
「ええぇぇ!?そんなに若返るの!?」
碓氷は分からないだろうが、紗由美は腰が抜けるほど驚いた。
「じゃ、治療しよっか。」
「は、はい」
《天野上越学園:裏山》
天野上越学園の校舎がある丘から1.7kmほど南にある浅香山の事を指す。
校庭では行えない能力測定や演習授業の一部は、浅香山の山麓緩斜面で行われる。
浅香山は学園管轄地であり、一般人が立ち入れないよう山を囲うように鉄柵と有刺鉄線が張り巡らされている。
次回予告
彼が本当に見ていた相手の姿は、どれほど大きなものだったか。
相手にならないほどに強かった彼は、これでしか張り合えなかった。
これでしか、あいつらを守れなかったんだ。
次回「助けてなんて言ってない」
お楽しみに!!!




