第十六話「昼下がりの友達」
「わたしは、大垣有美っていいます......」
彼女の名前は、大垣有美。
「ユウミちゃんね。あぁ、そういえば名前言ってなかったわね!あたしは唯波紗由美、サユミって呼んでね。」
「さ、紗由美さん......分かりました......」
見るからに、というか隣に座った瞬間に分かった。
遠くから見ていたから感情しか読み取れないのだと思っていたが、それは違った。
彼女から何も感じないのだ。生気、温かみ、思考、それらが一切感じ取れない。
唯一わかるものと言えば、先ほども言ったように有美の感情だけであろう。
「かたい!かたすぎ!敬語はいらないよ、あと”さん”も付けなくていいって!」
「いや、その、わたし......」
困惑、戸惑い。
感じられた。さっきまでと違うモノ。
「ユウミちゃ......うーん。じゃあ、あたしはユウミって呼んでいい?」
「え、いいですけど、その、本当にいいんですか?」
持ってるじゃん。
「いいよ、いいよ全然!」
「わ、分かりました......!さ、サユミ......ちゃん......」
いいよ。あたしが全部受け止めてやる。
っと、辛気臭い話もここまで。ここからはまた別の話。
まぁ、突然出てきた有美の正体が気になるだろうが、彼女の話に少々お付き合い願おう。
「出身は?この近く?」
「いえ、戸張が丘区です、その、何もないところです......」
《戸張が丘区》とは都内南方にある事実上の最外区で、標高4000mを超える山脈の麓にある区である。
故に雪解け水が有名。それくらい。
他には特になんもない田舎である。
「戸張が丘ってことは、上進にある学園の方が近かったんじゃない?」
「そうなんですけど、その、わたし、自立したくて......こっちの学園に入学しました。」
つまり地元の中学校に行くと、心の弱い自分は友人に甘えてしまうからということで、敢えて遠く離れた天野上越学園に入学したのだそう。
それにしても凄い意気込みである。
自立したいからという理由で地元の中学校に行かないのは分かるが、最寄りの《上進区》をすっ飛ばして、まさか《上縁区》にまで足を延ばすとは。
「すごいね......ガチじゃん」
「そ、そうですか......?」
そういった判断ができる時点で既に立派だと思うのだが。しかし、そういった考えは有美にとって野暮なのだろう。
「あたしなんて、とにかく優秀な成績とって、なんとなく秀才面して、気まぐれに良い面だけ揃えて。」
「......ふふっ」
故に、紗由美の全てが面白いのだ。
まるで社会を理解したかのような大人ぶった考えに、少々子供混じりな感情。
弱い自分に自ら怯え、表に自分を出さないように蓋をしてきた有美にとって、ここまで自分に正直な人間を見たことがないのだ。
有美にとって、紗由美は見たことない面白い人間。
人に興味を持ったのは何時ぶりだろうか、いや、初めてか。
「んー?さては馬鹿にしたなぁ!?」
「い、いや、うらやましくて......わたしもそんな事言えるようになりたいなって......」
長い間、特定の人物としか関わってこなかった有美は、優秀と呼ばれる条件も、秀才が一体どんなものなのかも、良い面の仕方も分からないのである。
故に”とにかく”とか、”なんとなく”とか、”気まぐれ”とかでそんなモノを語れる紗由美がとてつもなくうらやましいのだ。
「このこの!ツンツンしてやる!」
「あははは、くすぐったいよ!サユミちゃん!」
友達って、こんなにも温かいのか。
知らなかった。
私が知らないことを彼女は知っている。それだけでも有美にとっては、とても魅力的なのだ。
「(これ、俺の出番なくね?)」
あの二人がまぶしすぎて近付くこともできず、完全に隔離状態の涼夜。
この放ってけぼりは、いつまで後方腕組おじさんを演じるつもりなのか。
紗由美に話しかける体で、あの輪に入ればいいじゃないか。
「(アイツら、眩しすぎるんだが。)」
しかし、それができていれば隔離状態なんかにならないのだ。
本当はあの輪に入りたいハズなのに、何故か過去の傷にあの眩いばかりの光がザクザクと音を立てて刺さりまくっているのである。
もし半径1m以内まで近付こうものなら、太陽よりも眩い光によって骨も残らないほどに焼き殺されてしまうであろう。
「(あれ?一人ぼっち、俺だけじゃね?)」
さっきまで、ほんの少し前までは、あそこにいる有美が一人だったはずなのに、いつの間にか一人ぼっちは涼夜になっていた。
周りは少ないながらも、各々の友達と楽しそうに弁当を食べている。
隣りの棟の屋上も、そのまた奥もそうだ。
「(マズイ!このままじゃ、あの時と一緒じゃないか!)」
膝に弁当を乗せ、某司令のように顔の前で手を組み、じっと二人を見ながら解決策を練る涼夜。
「(おい。こっちを見ろ。気付け。忘れ物だぞ。俺のことを思い出せサユミ。)」
不審者か。
「ね、ねぇ、サユミちゃん、あ、あの後ろの子って知り合い......?」
その視線、そういったものに敏感な有美が感じていない訳がなく、五秒でバレた。
しかし、有美は涼夜のほうを一度も見ることなく、紗由美にこっそり後ろから見られていることを伝える。
当たり前である。何故か不審な視線でガン見してくる不審者のほうを、小心者の有美が向けるわけがないのだ。
故に、後ろは紗由美が確認する。
「(あ、こっち見た。おい、俺のこと忘れ......)」
「あぁ、知らない。」
無常である。
放置よりもひどい他人扱いとは、なかなか紗由美もえげつない性格の持ち主だ。
「おい!目が合っただろッ!」
「あぁ、ごめん。忘れてたわ。」
涼夜は少量の怒りと九割の気遣いと弁当を抱え、紗由美のもとへとゆっくり向かった。
彼女に怖いと思わせてはいけない。
彼女を不快にさせてはいけない。
彼女が怯えてはいけない。
「いつ紹介してくれるのかなって見てたのに!」
「いやぁ、ごめんごめん。」
それくらいは涼夜も分かっている。なるべく面白く、愉快な登場が適切なのだ。
「紹介するね。アイツはスズヤ。根はイイやつだから仲良くしてやってね。」
「一言余計だ」
ベンチの真ん中で向かい合って話す紗由美と有美を、雲の合間を縫って射す太陽の光は美しく照らす。こんなにも眩しいのに、何故か目を閉じることができない。
そんなことを考えているうちに、あと二人は座れそうなベンチの隙間を涼夜は埋める。
「よいしょ。」
「私の隣に座るの?ユウミの隣りじゃなくていいの?」
「俺はここでいいの。」
日差しが暖かい。
「あの......」
「あっ。一応、俺からも自己紹介しておきますか。」
まだ昼休みが始まって15分。
「えぇ、と......」
「涼夜が名前で、苗字が柊です。よろしくね。」
昼休みは、あと半分以上残っている。
今日のお昼は、一人で食べなくてもよさそうだ。
「あ、ありがとう......ございます......」
「ん?あぁ、いえいえ、どういたしまして。」
ここからは有美の自己紹介だ。
ただ、全てを一気に紹介しても面白くないので、彼女自身に語って貰おうではないか。
「そういえばユウミ!戸張が丘のどの小学校に通ってたの?」
流石、紗由美といったところ。
ほんの一瞬、会話の後にできる静寂を利用して話に割って入るのが上手い。
「えぇっと、一応、端出小学校っていうところ......刻を三人も輩出してるらしくて名門とまではいかないけど、ちょっと有名なはず......」
端出小学校というと、少々名の知れた小学校である。
良い意味でも悪い意味でも。
金持ち小学校や私立大学の系列ではなく公立の区が運営する小学校なのだが、七大学園主席を三人も輩出しているのだ。
これは公立小学校の中では同率一位の輩出数で、能力に関する授業は一切行っていないにもかかわらず、なぜか都内屈指の能力者が生まれているのである。
更に次席の輩出数も五人を数えており、それなりに名の知れた名門校なのだ。
これが良い面の端出小学校。
「へぇ、スゴ。でも端出かぁ......聞いたことないかもしれないわ。」
「うーん、こっちだと遠すぎてそんなに有名じゃないのかな......」
端出小学校のもう一つの顔。
「でも、有名なのは刻とかそんなキラキラしたもの以外にもあって......」
それは、いじめの横行である。
内容は詳しく書かないが、それなりに惨いものである。それも、子供が考え付くはずもないような。
とにかく、公立なので地元の子供のみで構成される端出小学校では、転校生をあまり受け付けない傾向にあるのだ。
前述したように、それなりの名門として近所では有名な端出小学校には、引っ越してでも入学させたい親が一定数いるのである。
いじめなんて噂程度と掃き捨て、まともに調べないまま。
察しの良い人ならお分かりであろう。
「わたし、2年生のときに転校したの......端出に。」
田舎ならではの、よそ者を受け付けないというアレである。
なるほど、それならわざわざ天野上越学園まで来た理由が分かるというものだ。
「へぇ。でも田舎ってことはよそ者展開があったり......?」
「......うん」
「(えげつなぁ......)」
しかし、自立したい、甘えてしまうからという理由も嘘ではない。
初対面の人にこんな理由を話せないため、建前として話したという訳でもないようだ。
「だからこっちに来たんだ?」
「いや、それもあるんだけど、やっぱり自立したくって......」
田舎のよそ者展開というと総出で阻害するというものを思い浮かべるのだが、実際は少し異なるようだ。
『(え?どゆこと?)』
それを理解できない紗由美と、ずっと聞き耳を立てながら弁当を食べている涼夜は、全く同じ反応をしていた。
というか、二人とも全く同じ顔で理解できていないことを必死に訴えていた。
「あ、あぁ、その、助けてくれる人がいたの......一人だけ......」
『(あぁ、なるほど。)』
有美の補足によって二人の顔は理解した表情に戻り、数回の頷きをした。
つまり、地元というか端出から遠ざかりたかったのはもちろんの事なのだが、その子にも迷惑をそれ以上かけたくなかったということである。
「その子には、とっても感謝してるんだ」
「なるほどねぇ。」
「(良い話じゃん)」
《伊棟二階:職員室》
「へぇっ......くしゅんッ!!」
「だ、大丈夫?姫さん......?」
「大丈夫です......。」
ここは職員室にある応西の机の前。
「風邪か?帰るか?」
「帰るわけないでしょ」
朝呼び出されていた二人が、なんと律儀に用意された椅子に座っていた。
「い、一応、保健室行きますか?」
「いえ、大丈夫です。」
《第一学園区:上進区》
再開発区、天真区、戸張が丘区に隣接している区。
上華学園、紅陽姫学園、神立英恵学園、東雲永翔学園と、それぞれの寮がある。
天野上越学園がある上縁区と大差はなく、一般人も暮している。
しかし、都内の南方にあるため冬は極寒である。
次回予告
お昼休みも、もう終わり。
すっかり仲良くなった有美だが、そういえばどうして昨日は休んでいたのだろう。
また後で聞けばいいか。
次回「美しいを伝える術」
お楽しみに!!!




