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天影の華  作者: AIO
第一章「学園」
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第十五話「三人目」

12時40分、この時間になると四限目の終わりを告げる鐘が鳴る。


「あらら、鳴っちゃいましたね。では、今日配った用紙も定期試験前の提出物に含まれますので、無くさないようにお願いします。では、起立。」


喜田は授業の終わりを残念がりながら、七組の生徒全員を起立させた。


「礼、おつかれさまでした。」


そして礼をするのだが、やはり腹がつっかえて満足な礼ができていない。


「また休みの日に、ファイル買いに行こっか。それまで綺麗に保管しておきなさいよ。」

「顔、圧が、ちょ、わかった!わかったから!」


ちなみに先程まで降っていた雨はいつしか止み、雲の隙間から太陽が覗くまでに天気は回復していた。


「お弁当、どこで食べる?」


紗由美さゆみは先程の授業の用意を机の中に直しながら、涼夜すずやに訊いた。


「教室っていうのも味気ないし、屋上でも行く?」


それに答えるように鞄から弁当を取り出しながら、涼夜は屋上で食べることを提案した。

昨日は能力測定だったため昼食の場所は決まっていたのだが、今日からは通常授業という事で昼食の場所は校内なら何処でも良いのだ。

しかし、そう簡単に屋上で飯が食えるわけではなく、場所取りという名の争いがあるのだ。

それは四時間目が終わる鐘の音で始まる、いわば速さを争う戦い。

喜田の授業のように、鐘が鳴ってから終わりの挨拶をしていたのでは明らかに出遅れている。しかも涼夜と紗由美がファイルのことでゴタゴタしているうちに、教室にいた生徒の約半数が既に教室を後にしていたのだ。

これは七組だけにとどまらず、一組から八組、更に他の学年でも同じことが起きていると考えられる。

よくよく考えてみれば、この数分で屋上は満員の地獄絵図になっているだろうし、今から行っても無駄足になると確信した涼夜。


「なんつって。屋上はもう満員だろうし教室で食べ......」

「屋上行くわよッ!!」


しかし、紗由美にブレーキは存在しない。


「絶対に人でごった返してるって!屋上に行って、また教室に戻ってくるの面倒なんですけど!」

「ごたごた言ってないで行くわよ!」


足の速さなら誰にも負けないでお馴染み、紗由美さん。

しかし、廊下は走らないという最低限の校則はしっかり守る。

用意の遅い涼夜を置いて、ギリギリ歩いていると言える速さで人込みをすり抜け、教室の前を横切り、中央階段は一段飛ばして登るというガチっぷり。

そこまでして屋上で食べたいかと言われると、紗由美は必ず首を縦に振るであろう。

屋上で昼食を食べて良いと言われれば、確かに一度は食べてみたいと思うのも頷ける。

しかし、屋上につながる重厚な鉄扉を開いた先に広がっていた景色は想像とは全く逆の世界であった。


「あれ.....?」


紗由美を屋上へと閉め出すように、鉄扉は軋む音を立ててゆっくりと閉まった。

それから数十秒後。


「まさか......放っていくとは......思わなかったよ......」


息を切らした涼夜が苦戦するように鉄扉を開けると、紗由美と同様に一瞬の思考に入った。


「あれ......全然空いてるじゃん......」


涼夜は切れた息を何とか戻そうと深呼吸をしながら、今見た景色をそのまま言葉にした。

あれほど混雑が予想された屋上には8人しかおらず、ベンチもまだ幾つか開いている状況だった。そう、スッカスカだったのである。

先程まで雨が降っていたというのもあるのだろうが、それにしても、もう少し賑わってもよいのではないかと思ってしまうほどに人が少ない。


「まぁ、良かったわ。さっさと食べちゃいましょ。」

「あぁ、うん。」


一段飛ばしに必死で全くと言っていいほど気が付かなかったが、確かにココに来るまでの廊下は人でごった返していたものの、階段はと言うと人っ子一人登って来ようとする者はいなかったのである。



一方その頃、《波棟:食堂》は


「うぉおお!!席を探せ、時間が無くなるぞ!」

「食道がだめなら購買部だ!」

「あぁ、ダメ。購買部にも長い列が......」

「人が多すぎて、まともに献立が見れないッ!」


地獄であった。

学園の寮生は自炊のため、朝食と弁当を作る時間が無い者どもにとって食堂と購買部は救世主となる。よって、一年生から六年生、果ては先生まで、弁当を作らなかった朝ギリギリ組が昼食の時間になると一気に食堂もしくは購買部へ流れ込むのだ。


屋上で弁当を食べるとかいう以前に、そもそも屋上で食べる弁当を作らない生徒が多いのである。

青春より、朝ギリギリまで寝る方が大切なのだ。



《呂棟:屋上》

話は変わるが、そういえば屋上は広かった。

四つある棟の全てに屋上があるわけで、全校生徒が800人いる内の何人が屋上で弁当を食うかという話である。

食堂で昼食を済ます人、移動が面倒で教室で食べる人、移動はするものの中庭で食べる人。

これらを鑑みれば、屋上が超満員になることなどあり得ないのだ。


「うわ、あっちの棟の二階見て。あそこって食堂よね。」

「あぁ、なるほど。みんな弁当を作らないからか。」


ベンチの上の水滴を手で払い、そこへ座る。

そして超満員の食堂を見て悠々と弁当を食す、これこそ愉悦。


「見晴らし良いわね。」

「やっぱり、自分で作る弁当は一色になっちゃうな......」


見ていて楽しいのは食堂だけではない。

天野上越学園の校舎は周りから中が見えないように小高い丘の上に建てられており、更に一切の建物が周囲に建てられていないため、見晴らしが最高なのだ。

故に和摂の街が一望できる。


「すごいわ!あんな遠くまで見える!」

「昨日の買い出しで野菜も買っておけばよかった......」


「あの高架が学園特急だから、あそこが和摂駅よね?」

「うーん、今日はサユミに分けてもらうか。」


「サユミ、野菜を下さい。」

「アンタね!?」


しかし、そんな見晴らしなど涼夜の前では野菜に関心を奪われてしまう。


「あれ?人......全然いない......」


鉄の扉が重そうにゆっくりと開いたかと思えば、そこには一年生と思しき女の子が唖然として立っていた。

おそらく二人と同じ考えで屋上まで来たのだが、あまりの人の少なさに驚いたといったところであろう。


「一人で屋上にくるとは、なかなか寂しい子ね。」

「まぁ、彼女にも色々あるんだろ。あんまりジロジロ見ないほうがいい。」


しかし、見るからに気弱そうな子だ。応西と同じ雰囲気を感じる。


「やけに肯定的ね?もしかして......」

「一人で飯を食ったことはない。決して......決してだッ!!」


涼夜の苦い過去は放っておいて、問題は彼女だ。

彼女は三人は座れるであろう向かい側の濡れたベンチに一人で座り、食べかけの弁当の蓋を開けた。


「ひぅ......冷たっ......」


しかし、濡れているベンチにそのまま座ったせいでスカートに水が染みてしまったようだ。


「あ......お弁当がぁ......」


しかも、不意に立ち上がったせいで膝の上に置いていた弁当がひっくり返って床に散乱してしまった。彼女はスンとした背中を紗由美に向けながら床に散らばった具を拾い集め、弁当箱に再度詰め始めた。

おそらく、教室の明るい雰囲気に気圧されて屋上に逃げてきたのだろう。


「いや、給食だったし。一人じゃないし。”皆”で机を寄せて”皆”で食べてたもん。一人じゃないッ!一人じゃなかったハズだッ!!」


彼女を放っておけない。これが紗由美の性格だ。


「スズヤ。」

「っは!え、どうした?」


涼夜に声をかけた紗由美は、真っすぐ彼女を見ていた。


「......」

「まさか、やめておいたほうがいいって。拒絶されて終わり。見返りなんてない。」


しかし、涼夜も鬼じゃない。

あんな背中を見て、何もできない弱虫でもない。

涼夜の言葉を聞いてなお、真っすぐに彼女を見る紗由美に折れた。

感心したのではない。呆れたのだ。


「......ッ、はぁ。」

「よし、いってくる。」


そう、何度も言うが紗由美にはブレーキが無いのだ。

止めても無駄なら好きにさせるのが一番。


「(そうやって、何人にちょっかいかけてきたんだ)」


ゆっくり、確実に彼女へ近付く紗由美の背中に何故か既視感を覚えた。


「(どうせ、手を差し伸べられたことがないんだろ?なぁ、サユミ。)」


そんな奴、いずれ崩れ去るに決まってる。

大きく優しい背中は、傷ついた自分を隠すために差し伸べられる手を阻む壁、本当は弱い自分を封じ込める蓋なのだ。

それに気付かない救われた側は、あの人は他人を救える余裕がある、それよりもう一度わたしを救ってくれと思うのみ。

それを見た周りは、あの人なら大丈夫と高を括り手を差し伸べることをやめる。

自分は手を差し伸べ、周りからは手を差し伸べられない、そんな人間がやがて崩れるなんて火を見るより明らかじゃないか。


「大丈夫?」

「......え、わたし......?」


他人を見境なく救う、そんな優しい人間ほど孤独なのだ。

紗由美も、いい加減中学生なんだから、その事実に気付くべきだ。

と、持論を頭の中で巡らせる涼夜。

お前はやって後悔するよりやらずに後悔するほうが何倍も悔やまれるという事に気付くべきである。


「私の弁当分けてあげる!」

「え......あの......」


持ち前の強引さで容易く彼女の退路を塞ぐことに成功した紗由美は、ベンチに付いた水滴を手で払い、そこへ座った。


「ほら、座って」

「はい......」


更に自分の隣りの水滴も払い、そこへ座るように仕向けた。

この行動力は一体、何処から湧いているのだろうか。これは例え同性だとしても惚れてしまうほどにイケメンじゃないか。

彼女は言われるがままベンチに座り、埃のついた弁当箱を静かに袋へ仕舞った。


「あなた、名前は?」

「え、わ、わたし......?わたしは......」


ずっと離れた場所で見ている涼夜。

散々持論を頭の中で巡らせただろう。さぁ、一歩踏み出してみろ。


「わたしは、大垣おおがき有美ゆうみっていいます......」

【和摂駅における通勤・帰宅ラッシュ】

あまり広くない街だが、学園特急の駅があるため人の出入りはかなり激しい。

しかし、学園生にとって出勤帰宅時の混雑など脅威でも何でもない。

確かに学園生も社会人も経六行きの特急に乗るのは間違いないのだが、学園生は三高から和摂まで、社会人は和摂から経六までと棲み分けがされており、学園生が社会人の通勤帰宅ラッシュに巻き込まれることは無いのだ。


【和摂駅の利用者数】

一日平均58320人の利用者数をほこり、そこそこデカい駅として認識されている。

利用者の大半が通勤や帰宅をする社会人であり、学園生の利用者数は一割程度に留まっている。



次回予告

どうにも不思議で掴みどころのない有美さん。

普通の学生でなかったのはあからさまだが、他にもなにかありそう。


次回「昼下がりの友達」

お楽しに!!!


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