第十四話「徹底解剖」
人間とは実に面白い。
身体、思考、行動、表現、歴史、何をとっても学問だ。
そして彼が最も好むのは、構造である。
彼は何から何まで構造がどうなっているのかわからないと気が済まない性格で、5歳頃から小学二年生までの間で被害に遭った家電はゆうに1000を超える。
逆に、幼い頃の彼が家電以外に手を出さなかったことが不思議だという声が、彼の身近な人物から複数あがるほど。
しかし、解体して構造を理解したのなら組み立てることもできるはずなので、そこまで彼を問題視する必要はないのではないか。ただの機械イジりが好きな少年だったのではないか。
確かにそうだ。確かに彼は解体したものを再び組み立てていた。
ただ、組み立てるのは親に言われたからであり、好きにやっているという訳ではなかったのだ。
そんな少年が、授業の一環で体験した解剖実験。
これが、彼の人生の中で最大の発見だった。
解剖を終え、構造を完全に理解した少年は、いつもの癖で取り出したものを再び組み立て始めたのだ。いつも通り、側だけになったソレに中身を入れて繋ぎ合わせ、組み立てたのだが、ソレは一向に動かない。
構造は確実に元通りだ。何もかも解剖する前と一緒。
しかし、それは動かなくなったのだ。
いつもと違う。
いつもなら、全く同じように組み立てるだけで元通りになるのに、コレは動かない。
セイブツ。それは家電とは全く違う、未知なる構造を持つモノ。
「はい、席について。」
彼の本質は、構造の理解に他ならない。
故にその瞬間、彼は生物の構造に興味を持ったのであった。
「あの先生、すごいね」
「えぇ、特にお腹が......」
涼夜と紗由美が互いに向き合い、静かな声でひそひそと話すその内容は、あの教壇に立った先生の容姿の他なかった。
あまりに出ているのだ。腹が。
今思い返せば、確かにそういう肥満体形かつ初老の先生は必ず一人はいた。
あの先生は、おそらくというか確実にその枠で間違いないであろう。
「はじめまして、喜田義弘と申します。」
そう言って下げられた頭は、腹がつっかえているのか全然下がらず、ほぼ首だけで下を向いているような感じ。
「漢字で書くと......」
参考までに、喜田がこの前受けた健康診断で測定された腹回りの一周の長さは、112cmであった。これは50代で肥満とされる85cmを軽く超えており、医者からは文句なしの肥満体形という烙印を押されている。
喜田が動くたびに教壇が軋むことからも、彼の体重が並みはずれていることが分かるであろう。
話の流れから既に分かっているであろうが、前置きで話した少年は約40年前の喜田である。毎日家電の解体に明け暮れ、親に怒られて組み立てていた少年という言葉からは、まるで想像できないほどに色々な意味で大きくなった喜田だが、それは、あの頃のワクワクも同様であった。
あの日解剖されたソレは、喜田少年に大きな謎を残したのだ。
小学校高学年になれば、死ねば生き返らないということは嫌でもわかるようになる。
しかし、当時小学二年生の彼には謎で謎で仕方がなかった。
「えぇ、僕は見ての通り肥満です。君たちのような健康的な体形とはかけ離れているんですけど、この腹の中に入っている内臓の場所だったり、働きだったり、仕組みっていうのは一緒なんですよ。不思議じゃないですか?」
その次の日から謎を解明すべく、魚を釣ってきて捌いてみたり、猟師に付いて行って猪や熊を捌いてみたりなど、徹底的にありとあらゆる構造を知ろうとした。
その結果、殆どの生物は内部構造において、根本的にほぼ同一であるということを自力で察する。当時8歳、小学三年生での発見だった。
口、胃、腸、脳、目など、それと思しき構造が、喜田少年が解剖した生き物の全てに確認できたのだ。
「まぁ、皆さん当たり前じゃないかって顔してますけど、僕は、そういう構造の不思議みたいなのが大好きでね。ありとあらゆるモノの構造を知るために色々なことをしました。」
そんな喜田少年へ、ある日大量のサンマが送られてきた。海沿いに住む猟師のおじさんから送られてきたものだ。
もちろん喜田少年はサンマを捌き、中を確認する。身、骨、内臓、川で見る魚とほぼ同じ。
しかし、あれが見つからない。
おかしい。口も腸もあるのに、あれだけがない。
「そしてね、ある日おじさんから送られてきたサンマを捌いてみたんです。それはもうワクワクしながらね。僕の生まれ育った所は山と川以外何もないド田舎で、海の魚を目にすることはあまりなかったんですよ。」
胃が、無い。
「でね、サンマを捌いていて途中で気づいたんですけど、胃がなかったんです。」
あの日解剖したアレにも、川で釣った魚にも、山で狩った猪にも胃があったのに、サンマには胃がなかったのである。
もしかするとこの個体だけ胃がないのかもしれない。
そう考えた喜田少年はその日のうちに全てのサンマを解剖したのだが、そのすべてに胃が無かった。その後、親からは大目玉を食らい、解剖されたサンマを全て開きにして天日干しにした喜田少年なのであった。
小学四年生、秋の事である。
「いやぁ、もうびっくり仰天で。100匹くらい送られてきていたんですけど、全部解体しました。でもね、全て胃がなかったんです。不思議でしょ?そういう魚を無胃魚って言うらしいです。」
無胃魚。
イワシ、メダカ、コイなどがこれに該当し、食道と腸が直結している魚のことを指す。
食べてもすぐ排泄されちゃうので、常にお腹が空いているらしい。
「まぁ、大量に開かれたサンマを背にして、お母さんに大目玉食らったのはいい思い出です......。」
ちなみに喜田は胃があるにも関わらず、すぐにお腹が空く。
まぁ、今までの喜田の話というか、昔話を聞いていれば察しがつくかもしれないが、最初の解剖を除いて食い物しか解剖していないのである。
ある日いきなり魚を釣ってきて捌き始めたかと思えば、必ず毎日何かを解剖するようになったため、母はこれを好機と見たのか料理のことを少し吹き込んでやったのだ。
すると喜田少年は母の目論見通り、晩御飯を毎日作るようになった。
流石に熊肉が食卓に並んだ時は驚いたが、それ以外は何ら問題ない美味しい料理が毎晩のように並んだため、いつしか自らの増え行く体重に気が付かなかったのだ。
数年後、ようやくその事実に気づいた母は息子に晩御飯作りを止めさせると、今度は喜田少年があっという間に太ったというオチである。
これが理科生物担当教諭、喜田義弘の過去である。
なんと平和な過去だろうか。これに関しては、「へぇ。そうだったのか」程度の浅い理解で大丈夫だ。何故なら、そもそも内容が浅いのだから。
学園には、こういった何の変哲もない先生もいる。
島巳のように個性の塊でなくても、応西のように元学園関係者でなくても、紀藤のような世紀の天才でなくてもいいのだ。
こういった喜田のような、一般生まれ一般育ちの能力とは一切関係ないような人間でも教員免許を持って正規契約を交わせば、立派な学園教諭なのである。
「では、授業を始めましょうか。」
喜田はそう言うと、教壇を軋ませながら再び黒板の方を向き、チョークを使って今回勉強する内容の題名を書く。
”様々な構造”、黒板の左上にはこう書かれた。
今時珍しい、昔ながらの黒板で授業をする先生だ。
ここ二十年で非接触型電光画面というのが徐々に導入され、それまで長らく使用されていた投影機を遥かに凌駕する利便性から殆どの先生が非接触型電光画面を使用しているのだが、この喜田は投影機すら使用することなく、自分の刷ってきた用紙と教科書だけで授業をするなんとも古臭い先生なのである。
「喜田先生、黒板使ってるね」
「私はチョークの音好きだし、悪くないわ。」
多くの小学校では既に黒板が取り外され、非接触型電光画面へと変わっているため、チョークが黒板を擦る音なんて聞いたことないはずなのに、その音というのは何故か懐かしさを感じさせる。
「僕の授業では刷ってきた用紙を使うので、教科書は必要ありません。他の教科書とか重いだろうし、鞄はなるべく軽いほうがいいですからね。教科書が必要な時は連絡するので、その時以外は置いてきて大丈夫です。」
こんな言葉を聞くと、喜田を”古臭い”で片付けるのは如何なものかと思えてしまう。
昔のいいところを最大限生かして生徒に楽をさせてくれる、いい先生ではないか。
「ゆるいな。まぁ、お言葉には甘えるけど。」
「紙ならノート使わなくて済むし、教科書も持ってこなくていいからありがたいわ。」
しかし、授業に用紙を使うという事であれば、一つ注意しなければならないことがある。
「あ、そうだ。スズヤ、紙は”完璧”に”綺麗”に保管しなさいよ。クシャクシャにしたり、ビリビリにしたりしたら後で提出できなくなるからね?」
「......」
そう、管理方法だ。
「では用紙を配っていくので、配られたら名前を書いて待っててね。じゃあこの列から......」
教科書とノートの間に挟んだのに、何故かクシャクシャになる。
教科書の背表紙に挟んだのに、ビリビリになる。
「無くしたりしたら先生から紙を貰って、もう一回埋めなきゃいけないんだから。”きちんと”管理しなさいよ。」
「......」
そして、どっか行く。
こういった大惨事にならないよう用紙を使う授業には、その授業用のファイルを作っておく事を強くお勧めする。
それだけで用紙の管理が何倍も楽になるのだ。
「返事は?」
「......はい」
紗由美と涼夜の列にそれぞれ用紙が配られ、一番奥の列にも行き渡った。
「では皆さん、今日は色々なものの構造について知っていきましょう。授業みたいに堅苦しい感じじゃなく、楽しむ感じでね。」
少年の心を忘れない、いつまでも好奇心を持つ、気になったものは徹底解剖。
それが、喜田義弘という先生である。
【非接触型電光画面】
多くの教育施設で利用されているタッチパネル式黒板。
用意してきたスライドを非接触型電光画面に映し出し、専用ペンで授業内に書き足していくのが主流のスタイル。画面上部に設置されたセンサーで手の動きを察知し、手を横に動かすことで次のページに行ったり、ペンの動きから画面に触れずとも書き込むことができる。
喜田先生は使うと解体したくなるらしく、非接触型電光画面も投影機も使わない。
現代の機械は難しいらしく、解体しないことには流石の喜田にもどうなっているのか全く分からないそう。しかし解体の許可が下りないため、渋々黒板を使っている。
応西は単純に使い方がわからないため、非接触型電光画面も投影機も滅多に使わない。
以前の授業は質問会に変更となったため黒板を使う姿は見れなかったが、普段は黒板を使う。
次回予告
四限目が過ぎた今、訪れるものと言えばお昼休みに他ならない。
教室で、中庭で、屋上で、食道で。
ありとあらゆるところで食される昼食は、新たな出会いを招くかも。
次回「三人目」
お楽しみに!!!




