第十二話「わたしは先生」
彼女こそが国語担当教員、応西七恵である。
生徒たちも驚いただろうが、学園で教職をする限り何かしらの授業を担当しなければいけないのは当然のことであり、それは極度の人見知りであっても変わらないのだ。
「あ、あの、出欠.....とります......いいですか、?」
絶対向いていない。
そんなこと彼女もわかっている。
ではなぜ彼女が極度の人見知りながら、教員なんて職に就いているのか。
ここから少し詳しい話になるのだが、能力というのは5歳頃から発現して20歳を過ぎると殆どの人が喪失するものであり、いくら遅くても30歳までには完全に能力を喪失する。
しかし、稀に喪失しない者がいるのだ。
20歳を過ぎようが、30歳を過ぎようが、例え100歳を超えようが、一生その能力を発揮し続ける者もいるということである。
これを【能力保持者】と呼ぶ。
そういった能力保持者は本人の意思に関係なく燎灯科園により管理され、一般社会とは隔離された人生を送らなければならない。
隔離と言っても様々で、応西のように教員になる者や燎灯科園の職員になる者など、確かに一般社会との見えない障壁はあるものの、そこに一般人との明確な格差があるという訳ではないのだ。
これには様々な理由があるのだが、端的に言うと能力を持った大人が反逆者となるのを事前に防いでいるのである。
過去にそう言った出来事が起きてから、政府と燎灯科園は能力者の管理をより厳しいものにし、都内に対象がいる限り能力が喪失するまで情報保管庫にてその詳細を管理し続けているのだ。
と、まぁこれが応西が教員の職に就いている理由だ。
彼女には燎灯科園の職員になるという選択肢もあったことであろう。
その方が人と関わる機会も減るだろうし、なにより応西が最も苦手とする子供の相手もしなくていい。
しかし、現にここにいるという事は、彼女の胸の中には教員になった理由がしっかりとあるのだろう。
「(わたしは教えるためにここに立ってるんだ、シャキッとしろ!この子たちに.....教えるんだ......)」
これ以上、上辺だけで話すのはやめよう。
得手不得手より、”やりたい”か”やりたくない”かの意思である。得手不得手だけで道を絞っていたら、もしかすると後悔する日が来るかもしれない。彼女はそう思ったのであろう。
「隣近所の席でお休みの人がいたら、その、教えてください......」
先ほどまでの余韻に少しばかり浸り続けている七組の教室は、少々のざわめきを今も残し、また静寂とは似て非なるものであった。
何かこの前と違うのだ。あの能力測定の日とは違う何かが。
新島先生がいないのもそうだし、紀藤先生もいない、頼れる人がいない。
しかもここは教壇の上だ。ただ人前に立っているという訳ではない。
教師として教え導く立場にいるという、今更ながらそんな当たり前のことが頭の中でグルグルめぐり始めたのだ。
「先生!東条くんと姫さんがいません!」
「えぇ!?うそ......朝はいたのに......」
そんな思考の中、一つの問題が浮き彫りとなる。
配属一年目から担任を任され、人見知りを克服しなさいと周りから言われ続ける日々の中で、そのうえ問題児の相手までしなきゃいけないのか。
この前は新島先生と紀藤先生があの二人の対処をしてくれたのだが、今この問題を解決しなければいけないのは応西自身なのだ。
「あ、えと、ど、ど、どうしよう......」
探しに行くにも、この子たちをおいて行くのは如何なものか。
ただでさえ先程迷惑をかけたばかりなのに、また迷惑をかけるわけにはいかない。
しかし、あの二人を放っておくのも教師としてどうなのか。
なにより担任であるが故にそれを見過ごすわけにもいかず、途方に暮れた。
やっぱりわたしには荷が重い
あの子たちの心が分からない
わたしが嫌だから抜け出したのかな
名簿では数学の時間は出席してるし
あれ、教室が静かになってる
見られてる......みんなから見られてる
「(あ、怖い。)」
彼女はその瞬間、頭が真っ白になった。怖いのだ、視線が。
この間、30秒。
静かなざわめきを見せていた教室は、今や静寂そのものへと変貌し、全ての視線が応西へと向けられていた。
こんなことになったのはあなたの所為。そんな言葉が透けて見えるような視線。
あの時と一緒だ
全く、全部あの時と一緒
わたしじゃない、わたしの所為じゃ......
やめて、そんな視線を向けるのは
やめてよ、そんな顔で見ないで
「(わたしの......みないで......)」
この子たちの心を透かして読めたら、わたしの思い通りにできるのに。
こんな視線なんて今すぐ消せるのに。
目をつむらせて、首をひねらせて、下を向かせて。
「(にんぎょうみたいに......できるのに)」
外で降りしきる雨の音が真っ白な頭の中をグルグルと響き渡り、徐々に大きくなっていく。
まずい。焦るのではなく、冷静に応西を見ていた紗由美はこの状況を察した。
「(先生、怖いって思ってるんだろうな。)」
誰もそんな視線を送っていないのに、ただ先生を心配しているだけなのに。
大丈夫かな、何かあったのかな、大変そう、そんな同情の視線は痛いほど応西に刺さって抜けない矢となり、全てが彼女の心をこれでもかと貫いて離さなかった。
目の前で、皆の前で放心状態になっている応西を見て、紗由美はあの二人を連れ戻しにいこうと立ち上がろうとした瞬間だった。
「先生、探してきましょうか?」
何か聞こえた。はっきりと。
応西に向けられていた視線はおもむろに席を立っていた声の主へと瞬時に移され、応西もまた、彼に思考を奪われた。
声だ。声がしたのだ。視線じゃない、わたしを救ってくれる声が。
わたしが背負った苦しみに対する視線じゃなく、わたしの目を見てくれる、わたしと目を合わせてくれる声。
「え......」
驚きのあまり思わず声が漏れてしまうほどに、応西は驚愕した。
え、いいの?
これが応西の最初の感想だった。
「俺が探してきますよ。」
あの、やる気なしだった涼夜が席を立って、二人を探してくるというのだ。
応西は一瞬にして我に返り、刹那の思考の後に涼夜に返答した。
「スズヤくん、ありがとう」
周りの、皆の目を見た。何故あの時、これができなかったのだろう。
絶望、悲観、幻滅、そんな視線を”わたし”に向けていたのは他でもない”わたし自身”じゃないか。誰もそんな視線を向けていなかったじゃないか。
「でも大丈夫、あの二人は後でわたしが叱っておきます」
これでいい。
曇天の空模様とは正反対に、彼女の心はこれ以上ないまでに晴れ渡った。
快晴とは言えないにしても確かに彼女は前を向き、七組の生徒全員へ向けて初めて顔を上げたのだ。
その顔は澄み切った笑顔だった。
いつも俯いた顔しか見てなかったけど、正面向いても案外笑えるじゃん。
涼夜は応西の上がった顔を見ると、ほんの少し口角を上げた。
「わかりました。」
そう言うと静かに席に座り、周りの視線など気にせず堂々と前を向いた。
その瞬間、静寂そのものだった教室は一気に和み、前に立つ応西には期待と応援の視線が再び向けられることとなる。
そう、本来自分が感じるべき視線。もう勘違いなんてしない。
「あ、スズヤくん......?寝ちゃダメだよ?」
「はい、気を付けます......」
笑いと共に授業は始まる。
応西は周りから見て分かるほどに変わっており、このわずか10分程であの極度の人見知りで前を向けなかった状態から、教師として担任として恥ずかしくないまでの顔つきになっていた。
「で、では、教科書の目次を開いてください。」
ここで応西は時計を見てあることに気づく。
「あ、あと半分くらいしかない.....」
どうする、応西。
黒板に向かった体から後ろを覗くようにして顔をほんの少し傾け、生徒の視線を感じ、今度はしっかりと視線を合わせる。
「じゃ、じゃあ、この前自己紹介済ませちゃったけど、わたしに質問とかあるかな......?」
次の瞬間、2度目の静寂が訪れた。
「あ、あれ......?」
しかし、”違ったかな”なんて考える余地もなく、静寂は生徒の元気な声にかき消される。
「先生の趣味は!?」
「つまんねぇこと聞くな!ここは理想の男だろ!」
「ちょっと男子黙って!」
「先生の服はどこで買ってるんですか!?」
「出身校は!?」
『先生!!』
今度は生徒ひとりひとりの顔を見て、理解して、きちんと全員に気を配る。
顔を上げるだけで、こんなに違うのか。
「(......わたし、勘違いしてたかも)」
ようやく先生としての一歩を踏み出した。でも、一人前までの道のりは長いぞ。
がんばれ、応西先生。
【能力保持者】
基本的に、20歳を超えて能力を喪失しなかった者を指す。
20歳を超えて能力を喪失した場合は【後年能力喪失者】として能力再発の可能性があることから、能力を喪失して以後5年は燎灯科園の管理下に置かれ、詳細な情報もその間は情報保管庫に残る。
【能力保持者の義務】
教員となった能力保持者は都外演習に参加し、学園生と共に都園を守る義務を背負う。
職員となった能力保持者は学園公安委員会に所属し、都内の治安を維持する義務を背負う。
【能力保持者は何故生まれるのか】
これまで幾千もの研究者がこの問題に終止符を打つためにその生涯をかけてきたが、そもそも能力自体が一体何なのか分からないのに、何故それを喪失しない人間がいるのかと聞かれても分かるわけがなかった。
次回予告
やる気というものは対価に比例する。
次回「非常勤なので」
お楽しみに!!!




