急襲と余波
【ダンジョン街 診療所】
その空間は、ピリピリとした緊張に包まれていた。
薬の匂い、アルコールの匂い、そして、血の匂い。
「容体は?」
「意識混濁。胸部の裂傷、心臓にもダメージを受けてます。小さいですが、血が止まりません!」
「では内蔵からだな。
治癒を集束する。強めにかけろ、横から補助して集中的に治す。
構造の意識も忘れないように」
「はい!」
最低限必要な確認と、即座の対処。
白ローブの少女の治癒に、トマスが両脇から手を添え、効果範囲を絞る。
心臓の痛みに患者が思わず覚醒し悲鳴を上げるが、「大丈夫だ、治るぞ」と冷静に告げ、治癒を続行。そのまま外側まで修復し、施術は完了した。
「次」
「40代、男性。上腕・大腿部の骨折と、それに伴う裂傷です」
「複雑骨折か・・・・・・面倒だな」
「成形はわたしがやります、先生は治癒を」
「・・・・ああ」
「すいません!骨をきちんと治すためにいったん傷口を広げますよ!我慢してください!!」
少女の声掛けののち、患者の絶叫が響き渡る。
・・・・次々行われているやりとりは、まるで戦場での報告と上官の指示のようだった。
実際、命がかかわるやりとり、という意味では間違ってはいない。
できることは率先して助手が対応し、手に余るものは上司が指示を出し迅速に対応する。そんな息つく暇もない作業が、もう数時間。
この診療所は、いま、戦いの真っただ中だった。
――――――――――5時間ほど前。
轟音と共に、ダンジョン街の地上エリアへ、侵入者が現れた。
以前も現れた巨大な芋虫が3体。しかも、それぞれ離れた場所へ。
たまたま『マギ・クラフト』付近に出現した1体は瞬殺され、街中に現れたもう1体も冒険者が対応し討伐できたものの。
最後の1体は街のはずれ、森林付近の家屋の真下に出現したため対処に遅れてしまい、冒険者ではない住民にまで被害が及んでしまったのだった。
被害を受けたのは、家に住んでいた住民と、周辺にいた12名。うち、重症者が3名。
軽傷で治癒を受けるまでもない者もいたが、それを除いても半数以上が診療所に担ぎ込まれる事態になってしまった。
とはいえ・・・・荒事にも慣れたダンジョン街の診療所である。次々と治癒で治し、動けるものは即日退院させ、重傷だったものも完治後、体力回復のためベッドへ放り込み。
「―――――――――――――術式完了」
「はい。先生、お疲れさまでした」
あっという間に、搬送を含めたこの数時間で、全員を治癒しきってしまった。一般的な医療を知る者からすれば、奇跡のような速さであった。が。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・くっ・・・・」
どさり、と床へ座り込むトマス。緊張が解けたからか、全身から汗が噴き出し、顔色も悪い。
「・・・・・・・・・・・・ひっ・・・・・お、終わっ・・・た・・・・・・・」
ばたり、とこちらは床へ倒れこむローブの少女。こちらは汗どころか、顔中いろいろな液体でどろどろになっていた。顔色も蒼白である。
いくら重傷、荒事の対応が多いとはいえ、限度はある。
しかも、命のかかるような緊張感のある施術が連続したため、心労も肉体疲労も限界だ。
雑務をこなすスタッフはいるが、医療スタッフはこの二人のみ。
ポーションで魔力の補充はもちろん、最後には希少なライフポーションで体力の補給もいれていたものの、二人ともとうに限界だった。
(この状態では、おそらく今日を含め、回復に明日一日は安静にしているしかないだろう。
くそっ。ストックしていたライフポーションも使ってしまった。厄日だな・・・・・)
とトマスが思っていると・・・・
「二人ともおつかれー。対応ありがとうね」
突然の声掛けにふたりが振り返ると、施術室の入り口にマギが立っていた。患者を搬送する際に、『マギ・クラフト』の面々には手伝ってもらったが、ずっと残っていたのだろうか?
げんなりした顔でトマスがじろりと睨みつける。
「・・・・・・・悪いが、軽口に付き合ってやる気力も、労いに応える余裕もない。帰れ」
「そんな邪険にしないでよー。だいじょぶだいじょぶ、そうだろうと思って、元気が出るモノもってきたから」
「「・・・・?」」
元気になるもの?と倒れた二人が顔を見合わせていると、おーい、とマギが通路へ声をかける。すると。
「お待たせしました!!出張『飯処 ユタカ』でーーす!!ポーション鍋、大盛り!お持ちしました!!!」
ばかに元気な声と共に、巨大な寸胴鍋と、金髪の元気っ子が現れた。




