龍退治のため、三歩目
【『簒奪』ダンジョン】。
そこは、「奪う者たち」が集まる、深い森だ。
陽の光など入らず、地面はぬかるみ、どこまでも闇が続く。
そしてその闇に「獣」が潜み、立ち入るものを血で染める魔の森。
そこが『簒奪』というダンジョンだった。
その、最下層―――――――――――――――――――
『ky!ky!』
『kkkkkkkkッ!!』
『kky kkkky!!』
『『『kky!kky!kky!kky!kky!』』』
聞いていて頭がおかしくなりそうな、甲高い奇声の大合唱。まるで、目の前の獲物をあざ笑っているかのようだ。
・・・・いや、実際そうなのだろう。
こんな、数を武器とする小鬼だらけのダンジョンに、一人きりで挑んできたのだから。
『kkkッkkkkkkッ!!』
小鬼の一体が、ひとつ、武器を摘まみ上げる。
その持ち手には・・・・・持ち主のものだったと思われる、手だけがついた状態だった。
『kッkyakyakyakyakya!!!!』
小鬼が笑う。獲物の前に「お前もこうなるぞ」と持ち主がついたままの武器を掲げ、周囲を扇動する。
まわりの小鬼たちも、同調するようにケタケタと笑いあい、先ほどよりもけたたましい声を上げた。
誰かの腕。
誰かの足。
目玉、指。胴体。・・・・・・そして、頭。
――――――――――――――そこに集められていたのは、このダンジョンへ訪れ、奪い、辱められた、冒険者だったものの残骸たちだった。
・・・・・小鬼どもの習性は、シンプルだ。
集団で生活し、自分たちの縄張りに入ったものを襲い、殺す。「個」ではなく「群」の強さでもって脅威となるもの。一体一体ではそこまででなくとも、集団での戦いを習性としてもっているもの。それが小鬼であった。
・・・・・ただ、彼らにはそれに付随する性質がある。
娯楽だ。
獲物が泣き叫ぶことを楽しみ、苦しむことを喜び、絶望するのを見て興奮を覚える。
周囲に散らばる人間の残骸も、その娯楽を楽しむための舞台装置、といったところか。
より効果的に、入ってくる獲物を恐れさせ、苦しませ、悲しませ、その表情を引き出すための。
―――――――――そこは。この世の下劣さを集めたような地獄だった。
「・・・・・・・・外道が」
相対するそのたった一人の影が、心底嫌そうに吐き捨てる。
傷一つないきめ細かな肌、腰まで届く絹のような滑らかな金の髪、長い手足、整った顔に緑色の双眸。そして、長い耳。
長命種である、エルフであった。
前面に広がる怖気が走る光景に、震えあがるでもなく、怒り狂うでもなく。
「多勢で人型、というから、多少斬る修練になるかと思って潜ってみれば、なるほど。誰も潜りたがらぬわけだ」
一息ついた後、腰の剣へ手をかけた。
瞬間、小鬼たちの目つきが変わる。獲物がこちらを攻撃する、というのを悟り、その周りを囲んで包囲網を敷いた。
・・・・だが、小鬼どもは口もとを吊り上げ、馬鹿にしたような表情を崩さない。
この獲物は狩りやすい、と判断したのだ。
一人であるのもそうだが、なんとこのエルフ、防具もつけず、道具をもっているらしき様子もない。
つまり、腰の剣以外の装備を持っていないのだ。
通常、ダンジョンに潜る際、そういったものは欠かせない。
敵の攻撃を防ぐ防具。
冒険を有利に進め生存率を上げる道具。
なにより、手当や回復するための手段をひとつも持たずに向かうなど、金のない初心者か自殺志願者でなければしない所業である。
小鬼たちは、潜ってくる冒険者を狩りながら、いつしかその知識も持つようになった。
結果、目の前の獲物に油断したのだが―――――――――――――
『・・・・・・・・・・・・・ky?』
一体の小鬼が、異常に気付いた。
獲物を囲っていた仲間たちが、次々と血しぶきをあげて倒れ、円陣が薄くなっていく。
目の前の獲物は、いつのまにか剣を振るっていた。
自分たちが気が付かないうちに、最前列の仲間が斬り裂かれていたのだ。
まるで勢いもなく、衝撃もなく、ただただ散歩するように歩きながら、流れるように小鬼を血祭りにあげていく。
ようやく気が付いた他の仲間たちも、今度は一斉に飛び掛かっていくが・・・・
「・・・・まったく」
次の瞬間には、全員が同じ軌跡で真っ二つにされていた。
「獣に芸を求めるのは酷だとは思うが、もう少し考えてほしいものだ。
こちらの手間は省けるが、これでは試す数も減ってしまうではないか」
そうため息をつきながら、流れる太刀筋は止まらない。
・・・・・・・圧倒的な実力差に、小鬼たちが震えあがる。
この獲物は、防具をつけていないのではない。
つける必要がないほど強いのだ。
そのことに小鬼たちが気づいた、わずか数分後――――――
「ふむ、打ち止めか。まぁよかろう」
そこには、周囲の冒険者と同じような残骸になった、小鬼たちの山があった。
「少々骨格は小さいが、まぁ仮想相手としては悪くなかった。
形だけを真似た人形よりは、人を斬るのにも活かせよう」
そう言って血を払い、その場をあとにした。
転がった遺品や小鬼の素材を、ひとつとして拾うことなく。
ただ、斬ったことだけを成果として。
そのエルフ。
世界を転々とし、立ちふさがったものを獣、魔、人、問わず斬り続け。
斬ることしか興味を示さず、いつしかこう呼ばれるほどになった者。
――――――――――――――剣聖。
「・・・・・・・・・・・さて。次の行先か」
道すがら、数枚の手紙を取り出す。
彼のもとへ送られた、方々からの招致の手紙であった。指南の希望、討伐依頼、国に召し抱えたい等、様々なものがあったが。
その中から、一枚の手紙を選ぶ。見覚えのある封蝋の、ふざけた文面の手紙。
「斬ったことのないものを斬らせよう、とは。儂のことをよくわかっている。
もどきはあっても、龍はまだであったな」
ほかの手紙をその場に捨て去り、その足で目的の場所へ向かう。
目指すは、ダンジョン街―――――――――龍の首であった。




