「生きろ」という命令
【ギルド『黄金の果実』内にて】
『――――――――処置をはじめる』
さきほどのやり取りののち。ソルの前に立って、トマスが宣言する。
隣には、新人治癒師の少女。
周囲をギルド職員たちと、騒ぎを聞きつけてきた冒険者複数名が取り囲む中、術式が開始された――――
『さて』
開口一番、トマスが少女へ宣言する。
『僕が言うことを死ぬ気で実践しろ。でなければ患者が死ぬ』
「・・・・・・!!」
なんて言葉をかけてくるんだろう。本当に悪魔のようだ。
歯をくいしばってプレッシャーに耐えながら、なんとかうなずく。
『まずは、目の前にあるものをしっかりと見ろ』
「ひっ・・・・!」
そう言って、悪魔が傷口を少女の鼻先へ持ってくる。思わずひるんで後ろに引こうとするが、がっしりと後頭部をつかまれて動けない。
『逃げるな。見ないとはじまらん』
「・・・・っ・・・・・っ!!」
どくどくと血が流れる傷口の断面を見させられ、それだけで気を失いそうになるが、さきほどの啖呵をきった手前、なんとかして意識を保つ。
『何が見える』
「ち・・・・血です」
『ほかは?』
「え・・・・き、傷・・・・」
『違う。肉、骨、神経。この「腕」を構成しているものだ』
傷口のひとつひとつを指さしながら、その部分の名称を語る。
『――――――――――――――――相対しているものの構造を理解しろ。
どの方向に血が流れているのか、どこに骨があり、肉があり、どう動いているのか。
お前が思い描く方向へ、身体の治癒を促し、元のカタチに戻るよう呼びかけるんだ。
治るようにお前が導け』
「わたしが・・・・導く???」
言っていることがわからない。治癒とは、自身の魔力をほかの肉体に送り込むことで自然回復力を上昇させる魔術だと教わった。
(導くも何も。結局治すのはその人自身の治癒力なのだから、治癒する側は祈る以外ないのでは・・・・?)
理解できず戸惑った顔をしていると、厳しい顔をして、トマスが告げる。
『いいか?ただ「治れ」と祈るやつらは三流だ。しかも、慣れれば慣れるほど、融通がきかなくなる。
経験を積んだものは、回数をこなして身体に染み付ける「習慣」で、治癒しながらの対応力は上がるかもしれないが、そもそも治癒する意図が雑で効率が悪すぎる。
結果、患者には長い痛みを与える割に、効果が表面上薄くしかはたらかない。
そんなもの、包帯を巻く方がまだマシだ。
明確な意図でもって、その治癒を利かせたい部位に、肉体のひとつひとつに魔力を送り込め。
治るよう祈るな、治せと命令しろ』
「・・・・・・祈らず・・・・命令」
――――――――――考えたこともなかった。
自分は、治癒を『お願いするもの』と思っていた。
相手の身体に、治るよう『祈る』ものだ、と。
治癒師の先輩たちからも、同じようなことを聞いていた。人によって少々違いはあったが、基本的には『願う』もの、と。相手の回復力に頼るものだ、と。
この悪魔は、まったく逆のことを言った。
『言うことを聞かせろ』というのだ。
受動的のではなく、能動的と。
彼女は、なにもかもわからない。
そもそも経験が少なく、こんな重症の患者・傷自体、見たことがない。
当然、治しているところなど見たことも聞いたこともない・・・・・・・できるはずはない。
・・・・・・だが。
一般的な治癒ではだめだという状態の患者が目の前にいて。
目の前の悪魔は、その一般的ではない治癒なら治せる、という。
できなければ・・・・・・待っているのは、失望と落胆と、二人の死だ。
―――――――――やってみるしか、ない。
「・・・・・っ、ふっ、ふぅっ・・・・!!」
緊張で泣きそうになりながら、傷口へ向けて手をかざす。
いつもは―――――――――――手を組み、瞳を閉じて瞑想状態へ入り、治癒する相手を思い浮かべて「治れ」、と祈るところを。
『目をあけろ。出し惜しみはするな、一気にやれ!!』
「っ・・・・・っぐ!!」
傷口を睨みつけながら、その部位めがけて「治れ!」と、魔力を通して命令する―――――――――。
「っっぎああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
治癒対象のソルが絶叫する!傷口が熱を帯び、まるで焼けているかのように蒸気を発している。
普段、治癒では見たこともない状態だ。
絶叫する患者も、惨い傷口も、もっていかれる魔力の量も、経験したことがない。
「っひぃ・・・・・」
思わず治癒を解きそうになるが―――――――
『怯むな!続けろ!!!止めればそれだけ痛みが続くぞ!!!!!!』
下げようとした腕をトマスにつかまれる。目の前の惨事に恐怖で吐きそうにながら、泣く泣く治癒をかけ続ける。
絶叫は止まない、傷口の蒸気も出続け、この短時間の行使なのに、魔力なんてもう尽きそう。周囲の心配するざわめきが広がり、自信がどんどんなくなる。
・・・これで本当に治癒できているのだろうか?
不安しか出てこない。失敗したかもしれない。恐怖と緊張で胃液が逆流し、口の端からだらだらと流れ出る。
(怖い・・・・・怖い恐いコワイ!!!!!!)
頭がどうにかなりそうになる。
なんで自分はこんなことをしているんだろう、とわけがわからなくなり、魔力の枯渇で治癒の光が消えかけた。
・・・・・・・・・・・・・と。
そこで、傷口に変化があらわれた。
正確には、ようやく成果が目に見えるようになった。
あれだけ傷のひどかったソルの腕から・・・・・・出血が治まっていく。
まるで傷ができる過程を逆しまにみているようだった。
骨や神経が、盛り上がった肉に覆われはじめ、そして、表面に皮が張り―――――――――
『そこまで。
・・・・・及第点だな』
「―――――――っぇほっ!!えほっ!!はっ、はぁっ!!!」
トマスの判断に、少女が緊張から解放され大きく息を吐いたところで―――――――――――腕の傷の治癒が終了した。
まだ治り切ってはおらず、ジュクジュクとした一部傷口と表面のまばらな凸凹はあるが、あとは自然治癒でも十分治る程度の傷へ変化していた。
患者自身も・・・・・・かろうじてだが、息はある。
『ライフポーションは飲ませてあるな?では、安静に。ベッドに寝かせて経過を観察しろ』
「は、はい」
トマスから確認をとったギルド職員が、治癒されたソルをベッドへ運んでいく。
周囲からはどよめきが起こっていた。
「うそだろ、治したぞ?!」
「すごい・・・・ソルさん、生きてる!!」
「ぜったい無理だって思ってたのに・・・」
「すごい治癒・・・・・これを、あの子が・・・・・?」
驚愕と安堵が空間を支配する。それほどまでに、いまの治癒は衝撃的だった。
ローブの少女は緊張から解放され、尻もちをついた後、自身の両手を眺めて「信じられない」という表情をしていた。
(わたしが・・・・・・・治した????)
なによりも驚いたのは彼女である。自分はまだ新人で、見習いで、経験もなくて。
まだまだ学ぶことばかりで、先輩に達に比べ、何の役にも立たないと思っていたのに。
・・・・・先輩たちが治せない傷を。驚くような治療を、成功させてしまった。
先ほどの施術で体力と精神力、魔力も使い切ってなにもかもすっからかんなのだが、達成感も相まって、妙にすっきりとした気持ちになっていた。
と、そこへ
『・・・・思っていたよりも筋がいい。この状況による一時的なものかもしれんが、治癒を使いだしてからの集中力も悪くない。これは拾い物だな』
悪魔―――――――――トマスが、興味深そうに声をかけてきた。
「・・・・・・・・・先生」
『呆けている暇はない。患者はまだ残っている、それも危険な状態で。すぐに次の施術を行う』
「え、でもわたし、もう魔力が・・・・・もが?!」
キョトンとした様子で受け答えする彼女の口へ、突き刺さる瓶。
『ポーションだ。尽きた分だけ飲ませる。すぐに摂取しろ。
必要なら、ライフポーションも併用して飲ませるから、そのつもりで』
「がぼ、ぇほっんぐぐ!!」
『もがくな、抵抗するな。患者の命は待ってくれんぞ、早く飲め』
「んむぅ~~~~~~!!!」
抵抗むなしく、苦しむ彼女へポーションが流し込まれていく。
―――――――――トマスの対処に周囲が引き、アトラが止めに入る一幕があったものの。
『術式終了。お疲れ様』
無事ウィズの傷の処置も完了し、万雷の喝采と共に、この騒動は幕を下ろした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・あくま・・・・・やっぱり、あくま、だ・・・・・」
限界を超えて治癒を使い続け、うわごとをつぶやく、少女を犠牲にして。




