ソル君、地獄のはじまり
【商業ギルド『黄金の果実』応接室】
「・・・・・・だいたいの事情は把握しましたが・・・・・・・ソルよ。おまえ、なぁ・・・・・」
アトラが青筋を立てて、怒りでぶるぶると震えている。ソルは顔を青くしてうつむき、恐怖でぶるぶると震えている。
さきほどのやりとりから数分後。アトラの商業ギルド『黄金の果実』の応接室にて、マギはソルを雇った経緯を話していた。
「こっちでやらかして借金こさえてトンズラしたとおもったら、今度は向こう(ダンジョン)で死にかけて借金のカタに働かされてる、だぁ?戦闘でも普段の生活でも考えなしに突っ込む癖、いい加減考えろっつってたろうがテメコラボケナスコラぁ?!?!」
「わあああああああ親方ごめんごめんごめんごめーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
胸倉をつかまれ硬い手で往復ビンタをかまされながら泣き叫ぶソルと、先ほどまでの穏やかな雰囲気はどこへやら、見た目通りの強面の鬼と化してしまったギルド長、アトラ。
そして、二人のやりとり(一方的な説教と暴力)にポカンとするマギとエマであった。
「・・・・・一瞬で関係性がわかったねー」
「ですね。あとソルさんが興奮すると口が悪いの、出所が分かりました」
「だねー。普段穏やかだから僕らも知らなかったけど、アトラさん怒るとあんな感じなんだー・・・わー見た目通り―。あ、お腹にイイの入った」
「おごぉおおおおおおおおお・・・・・・」
あわれにも床へと沈むソル。残念ながら、いまの話を聞く限り同情の余地はないので放っておこう。
「フゥー・・・・・・・たいへん・・・・お見苦しいところをお見せしました。
なにより、不肖の弟子の面倒をみていただいていたこと、ほんとうに申し訳ありません」
『弟子』であるソルをしばき倒した後、息を整えてこちらへ深々と謝罪してくるアトラ。
「いえいえ、救助の末の成り行きですし。救助料が払えなくてうちで働いてもらうのは、なんというか、ダンジョン街初心者の通過儀礼みたいなところもありますし」
「というか、その、弟子というのは?」
エマが、気になっていたことにさらっと切り込む。アトラは気まずそうに
「え~、その・・・・・こいつがガキの頃に、突然うちに転がり込んできまして。
『行く当てがない、助けてくれ。なんでもする』とか言うもんですから、ひとまず当時の自分の手伝いなんかをさせてたんです。仕入れの荷物持ちとか、雑用係で。
で、せっかくだから戦えた方がいいだろう、といろいろ教えているうちに、冒険者として独り立ちできるくらいには戦えるようになった、といった所で・・・・」
「ははぁ・・・・」
押しかけ弟子、というところか。危険な土地にも自ら乗り込んで『仕入れ』を行う商業ギルド『黄金の果実』で働いて更に指導まで受けていたのなら、そりゃ戦闘技術も状況判断力もつく、ってのも納得である。
「・・・・それで、しばらく首都で冒険者をここでやってたんですが・・・・・とある依頼で、高額な運搬物を全部ダンジョンの谷底にぶちまける、なんてことをやらかして、賠償としてなかなかの借金をこさえてしまったんです。で、それが払いきれずに逃亡を・・・・・」
「「うわぁ・・・・・・・・・・」」
マギと、特にエマとが青ざめる。だいたい冒険者に頼む運搬依頼なんてものは、重要人物か宝石・希少物資だ。話しぶりからするに、おそらく後者。
それを(おそらく)不注意ですべて台無しにしたとなると、かなりの額だろう。
「一応、親代わりしてたうちが支払いを立て替えて、しばらく冒険者としての報酬を8割もらうことで少しずつ返済を続けてたんですが・・・・・・・突然行方をくらましまして」
「だって!!多くないすか8割?!手元に飯代くらいしか残んないじゃないすか!!!命がけで冒険者やってて報酬が飯代程度って、やってらんないっすよそんなん!」
がばっ、と復活して反論するソル・・・アトラさんの平手、結構な打撃だったと思うんだけど、タフだね君。
「えー?でも・・・・ねぇ?」
そんなソルに、マギが決まずそうにエマに話を振る。
「妥当、ですかねぇ・・・・・・ご飯代残してくれるだけ良心的かと。寝床はおそらくギルド内に確保されてますし、労働環境は奴隷よりずっと楽かと・・・・」
「だよねー。やらかして尻拭いまでしてもらったのに体売られずに済んだんだから、むしろ感謝しないと」
「ええええええええ嘘そっち側なんすか二人ともぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・」
二人の返答に、なかなかのショックを受け、がっくりと倒れこむソル。
そりゃそうだろう。こっちだって経営者だ。
負債を抱えたら、できるだけ早く補填したい。そのための手段としては、奴隷商人に負債者の身を売るのが手っ取り早い。
なにより、奴隷といっても、いわいる契約社員だ。決まった期間―――金額によるが半年~5年程度――雇い主から強制労働させられて、終わったら次の仕事に就くための賃金をもらって解放される。
そのための契約書だって(無理やりだが)双方同意を得て作成されるのだ。言うほど悪い環境ではない。
そういう処置をされず、借金を立て替えて返済を待ってくれたのだから、むしろ感謝すべき待遇だった。・・・・・ソルは不満そうだが。
「・・・・・借金を早く返してもらいたいのはもちろんですが」
ソルが撃沈したあと、アトラさんが話を切り出し始めた。
「いまはマギさんのところでお世話になっている、ということもあります。
そちらでの返済が優先で構いません。なにより、命を救ってもらったことへのお返しだ、重要なのはそちらの返済でしょう。
そのあとで構いませんから、こちらの返済へ充てる仕送りをしていただければと思います。
・・・・お手間をおかけして申し訳ありませんが・・・・・」
「あ、そのことなんですけど」
アトラの提案について、マギが遮る。
今回の目的と、ソルを連れてきた理由。それが、そのまま活かせそうな状況だったので、
「今回こちらに来たのは、うちの商品の仕入れ・開発のためです。
いつものように工房は使わせていただきたいのでお借りするんですが、今回『黄金の果実』さんの冒険者さん・職人さんにはお休みいただこうかと。いつもうちの依頼で苦労していただいてますしね。ご褒美ということで」
「休み・・・・ですか?しかし、彼らには生活が・・・・・」
「もちろんです。働いた分だけ報酬になる冒険者には、休むというのはリスクというのはわかっています。
うちが提案しているのは、ただ休んでいただくのではありません」
「・・・?というと?」
アトラが首をかしげている。
「普段稼いでらっしゃる程度の資金を支払われる状態で、休んでいただこうと思っています。
有給休暇というものなんですが」
「なっ・・・・・休んでいるのに、金が貰えると?!」
ガタッ、とアトラが驚いて前のめりになる。歩合制の冒険者という業種においては、おそらくはじめての制度だろう。
「ええ。ただ残念ながら、報酬をお支払いする財力が、うちのような小さい店にはありません。
ですので、本来『黄金の果実』へ申請されている依頼――――仕入れ作業を、
ソル君ひとりにやってもらい、その支払いを、ソル君への報酬ではなく『黄金の果実』さんのみなさんへの支払いに充てていただきたい。その働きによって、ソル君の借金のご相談をさせていただければと。
元々、素材集めのために連れてきていますし、好きに使ってやってください」
「・・・・・・・なにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?!?!?!!??」
マギのとんでもない宣言に、ソルの大絶叫が響き渡った・・・・・・・・・・・・