ひと騒動終わって
【ダンジョン街 療養所にて】
「・・・・で、龍を下層に強制転移させてもどってきた、と?」
「そういうことだねー。いやー、死ぬかと思った、あっはっはっは」
ベッドの上の『依頼主』へ顛末をを語るマギ。
『深層』ダンジョンでの龍遭遇戦のあくる日。マギたちは、救助依頼された彼女のもとへ報告に来ていた。
ちなみに、ソルは留守番である。
「もう、こりごりっすわ!懲り懲りっすわ!!!!」と悪態をつきながら、店の二階に間借りしている部屋で引きこもっている。相当昨日の死闘がしんどかったようだ。ごめんて。
「・・・・正直、救助も無理だと思ってたから、驚いてる。やるね、人形のくせに」
「運がよかっただけだよー。結局、問題を先送りにしただけだし。
ダンジョンはしばらく封鎖かなー」
やれやれ、とマギは肩をすくめる。『マギ・クラフト』の収入源であるダンジョンが封鎖というのは痛いが、そこは本当に仕方ないのだ。
今回は、魔力を大量消費するうえ、至近距離でないと効果が薄い『神星爆破(super nova)』と、マギ自身の武装を犠牲にする裏技『魔力炸裂(mana burst)』で何とか生き延びたものの、龍を殺しきる、なんていう技術を持っているのは、この世界でもほんの一握り。龍殺し(ドラゴンスレイヤー)なんて称号は、ほんとうに限られた天才だけに許された栄光なのだ。
魔物、いや世界の中でも異質な存在。・・・・そんな化け物がいるダンジョンに、一般の冒険者なんて入れるわけにはいかないため、封鎖はやむを得ない措置だった。
「僕は汎用・・・・誰にでも使える道具を売る店の店主だからね。龍なんて想定外へ対策するモノは持ってなかったから、今回の侵入者には肝を冷やしたよ」
「フン。きっちりその侵入者相手に生き残ってるくせに、よく言う」
「あはは。まぁ『深層』ダンジョンは僕の故郷だしね。地の利があった、ってことで」
軽口を交わしているが、それも、この依頼が成されたからこそだ。
龍に殺されるか、もしくは、この依頼主に殺されるかだった。
「ま、神殿騎士がしくじるような状況なんだから、相応に準備していったしね」
「!!!!!!」
突然の指摘に、目を見開く依頼主。
「神殿騎士・・・・・教会お抱えの魔法戦士集団ですか?この方が?」
エマが驚いた顔でマギと依頼主を続けて見る。エマも気づいていなかったようだ。
・・・神殿騎士というのは、教会の教えを支持する一団のひとつだ。
元々は信者を守る自警団だったのが、洗礼を受けて『法力』という力に目覚めて以降、その実力と勢力を拡大し続けている。
それこそ、一国に匹敵するほどの勢力となっている騎士団だ。
「そ。事前にフューリーから連絡もらってたから、あー、この子かー、ってわかったけど」
「っ?!団長から連絡・・・・?そんな、あたしたちの行動は、機密事項で・・・・」
「あー、うん。『うちの血気盛んな若手が無茶すると思うから、フォローよろしく』って。いつ来るかも教えてくれって言ったんだけど、『もう向かった』としか答えてくれなくて。
もー、前から思ってたけど、大雑把だよね、フューリー。部下を心配してるなら、もうちょっとちゃんと情報よこしなさいっての」
ぽかんとした顔の依頼主。
そりゃそうだろう。国家規模の戦力を持つ騎士団の団長が、機密事項である出兵を事前に連絡してフォローを頼む人物。
そんなものが、ダンジョン付近とはいえ、街の道具屋で店主をしているなど、誰が想像できようか。
「・・・・・いつから」
「ん?最初から。店に来た時の恰好、あれ、神殿騎士の甲冑の下に着てるインナーでしょ?
動きやすくて丈夫な、っていう依頼を受けて、僕が作ったやつ。
一般的な植物繊維をスライムに浸しただけなんだけど、快適だよねーあれ。涼しくて。
甲冑どうしたのかなーとも思ったけど、たぶん、脱出する途中、重かったから置いてきたんだろうな、って。なにかを守るならともかく、逃げるのにあの鋼の塊は邪魔すぎるし。
あと、救助した彼はその神殿騎士の甲冑まんまだったし」
目を白黒させたあと、神殿騎士の彼女はうつむいてしまった。
・・・・先ほどまで侮っていた人物が、自身が所属する騎士団の団長が頼りにしている身内だったのだ。どころか、自分たちが普段使っている快適な装備の開発者。
失敗したら殺す、だの、人形のくせに、だの舐めた口をきいていたのを思い返しているのだろう。目を逸らしてばつが悪そうにしている。
「・・・・・・・姐さん、認めましょう」
隣で寝ていた救助者の彼が、口を開いた。
「俺らは、図に乗ってました。自分たちの力が、世界に通じると。それこそ、国を動かすほどの力を持った精鋭なんだと、うぬぼれてた。
・・・・団長にはわかってたんでしょうね。このままだと、取り返しのつかない失敗をやらかす、って。
だから、「腕試しはどうだ?」なんて言って、ここの攻略を勧めたんだと思います」
あきらめたような、諭すような、優しい口調だった。
「ゲルド、貴様・・・・・!!」
対し、姐さんと呼ばれた彼女は、まるで射殺すように相手を睨みつける。
わたしを愚弄する気か、とでも言わんばかりの気迫だった。だが、ゲルドと呼ばれた彼は、ひるむことなく続ける。
「事実、おれらは失敗して、団長の心配通りこうして救助されてる。たかだか、中級程度のダンジョンで、です。
慢心していた、と言われても仕方ない結果だ。なにか間違いがありますか?」
「くっ・・・・・!」
冷静に話す彼は、素直に自身の慢心を認め、どこかすっきりとした顔だった。
死にかけた状況で救助され、錯乱し、助けに来た相手を攻撃してしまい、状況を悪化させた――――
その負い目もあったのかもしれない。病室にマギたちが入ってきた時、ホッとした表情の後、終始申し訳なさそうにしていた様子からも、反省していたのが見て取れた。
「いや、あの・・・さすがに龍は想定外というか、中級どころじゃねぇっていうか、その、運が悪かっただけというか、ね?
『深層』の専門家、とか言われてる僕も死にかけたし、そんな気に病むことも・・・・・」
だんだん申し訳なくかんじてきたマギが、やんわりとフォローをいれてみる。団長の思惑通りとはいえ、痛い目を見る相手がドラゴンはやりすぎだ。
だが。
「人形殿。気遣いは不要です」
マギのフォローを、ゲルドが遮る。
「我々は失敗した。それが単純にして明確な事実。
たとえ想定外の龍が原因だったとしても、そうなるよう神が仕組んだのでしょう。我々には、いま、失敗が必要だ、と。
その神意を察した団長がここへ向かわせたのも、必然といえます。
・・・・人形殿が死にかけたのも、おれ・・・・いえ、わたしの心の未熟さ故。
その節は、本当に申し訳なく!奥方様ともども、我々の試練に巻き込んでしまった形で、ご迷惑をおかけしました!!」
「「は、はぁ・・・・」」
マギとエマが困惑し、返答に窮する。
どうやら、彼らの中であの騒動は「神の試練」なるものだったらしい。『マギ・クラフト』の面々は、それに巻き込まれてしまった一般人、という認識の様だ。
・・・あと、件の団長だが。
「あいつら、血気盛ん過ぎてかなわん。ガス抜きのために『深層』に向かわせた。暴れさせてやってくれ」
とかため息交じりに言ってたはずですけど、それが、神意?え?なにこわい。
教会の信徒であり騎士。その心理構造をあらためて目の前にして、二人が困惑していると・・・
「・・・・・わかった。うぬぼれを、認める」
悔しそうに、うらめしそうに、姐さんは今回の失敗の原因(?)を認めた。
「でも。あきらめたわけじゃない。あたしはかならず戻ってきて、龍もろとも、このダンジョンを攻略する!
きっと、きっとだ!この身、朽ち果てようとも、神の与えたもうた試練に打ち勝ち、いずれ……」
胸に手をあて、力いっぱい拳を握り宣誓する。
目には涙を浮かべ、悔しさをにじませながら。先ほどまでのクールな雰囲気はどこへやらだが、それほど今回のことが堪えたのだろう。
彼女の決意の宣誓は、途中でトマスが「うるさいぞー」と注意しにくるまで続いたのだった。
妙な流れにはなってしまったが、一応、依頼主への報告は終わり。少々疲れた顔で病室をあとにする。
店へ向かう帰り道、エマが心配そうに話しかけてきた
「マギ。依頼は済みましたけど、これからどうするんです?ダンジョンはしばらく入れませんよ?」
そうなのだ。いくら普段から危険があるといっても、ドラゴンがいるダンジョンに潜るような冒険者はまずいない。
強い上に死なない相手と戦うかもしれない、なんてデメリットには、どんな財宝も霞んでしまう。
マギはそーね、と一度言葉を切り少し考えてから。
「うちの店も、売上が見込めないからお休みにしよっか。長いことお休みしてなかったし」
至極全うな決断を下した。が、続けて
「んで。そのぶん、普段できないことをやろうか」
にやり、と笑いながら。そんな提案をしたのだった。